ZZZ

□金の時間
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「……あ、相楽サン?」

『え……あ、山口くん……久しぶり、だね。』

「アンタが全然予備校に来なかったからな。」

『あははー…めんどくさくなっちゃって。』

「ふぅん。そ。ああ、隣とっといて。」

『え?』

「えって、席だよ席。」

『あ、うん…』


いつからだろう。私が、山口くんのことを避けるようになったのは。正確に言うと、好きになったのは、だが。
とても怖かった。山口くんに溺れるのが。非の打ち所のない人で、少し意地っ張りなところもあるけれど、優しさがあって、ブレーキのかけようがなかった。
でも、私が山口くんに溺れたからといって、彼もそうなわけではなかった。彼は、違う人にずるずる惹かれていった。
いつも模試で一番の、水谷雫さん。私も同じ松楊に通っているけど、全然レベルが違うし、いつも二つ縛りにしている髪をおろせば、とても綺麗な人だと思う。
つまり、私に勝ち目はないのだ。勝負すら始まらない。

だから、気持ちを葬り去ろうと思った。想っていていも、ただ辛いだけだと気付いた。こんな虚しいことはない。でも、私は辛さに負けたのだ。
辛いからやめるなんて、大して好きじゃなかったんじゃないの?と友人に言われたけど、そういう訳じゃない。私は山口くんが本当に好きだった。
――――正確に言うと、今も、だ。会いたくないから随分予備校に来ていなかった。予備校に来なければ、滅多なことがない限り会うことはないから。
まあ、勿論両親には予備校に行っていないことがバレ、理由もまともに言えるわけなく、こっ酷く叱られまた来ることになってしまった。
もう、大丈夫かなと思っていた。一ヶ月も経ったし、これだけ好きになるのをやめようと思ったから、好きじゃなくなっただろうと。

―――大きな勘違いだ。

失敗した。ダメだった。毎日やめようと思い続けた結果、それに反発する心が勝ち、もっと山口くんを好きになっていた。会わないうちに。
バカみたいだ。なにが好きじゃなくなっただろうだ。彼を視界に入れた瞬間、そう思った。
今までよりもいっそう彼が輝いて見えた。もっともっと溺れていた。これ以上深い場所はないんじゃないかと思うほどに。彼の金の髪が、私の心の全てを一瞬で埋め尽くした。

そして痛んだ。彼が、水谷さんと話すところを見て。やはり、彼は水谷さんが好きなんだと。

―――で、なぜ私の隣にきたんだろう。


「…相楽サン。」

『え、あ。』

「なにボーっとしてんの。」

『あ、ごめん…』

「別にいいけど。…ココア、いる?」

『え、あ、え?うん、いる』

「…アンタさあ、前からだけど“え”と“あ”が多い。どもらないで喋れないの。」

『あ、ごめん。』

「また。俺と話すの嫌なら別のとこ行くけど。」

『そっ、そんなことない!』


咄嗟に大きな声がでた。自分でもビックリなくらいの大きな声。滅多に大きな声なんて出さないのに…。みんなの視線が集まる…うあ、水谷さんもこっち見てる…。


『し…失礼しました…』

「…アンタってでかい声出せるんだな。」

『…私もビックリ…』

「…」


うわあ、絶対顔赤いよ…山口くんも目が真ん丸くなってるし…恥ずかしすぎる…


これって脈アリ…?

『…脈?』

「っなんでもない。」

『そ、そう…』

「…なんで全然こなかったの」

『え?』

「ココに。一ヶ月近く来てなかっただろ。」

『…なんでっていわれても…』


そんな理由話せるわけないじゃないですか…。


『…やっぱ、めんどくさかったからかな。』

「…ふうん。」

『…ね、ねえ、山口くん。』

「なに。」

『…水谷さんのとなり空いてるけど、いかないの?』

「…は?」

『え?』


え、どうしよう。山口くんの眉間に皺がよってる。あああ、綺麗なお顔にしわが…、っじゃない。え、どうしてそんな何いってんだコイツって顔をされてるんだろう私。


「…ちょっとこっちこいバカ。」

『え?』


立ち上がった山口くんに左手で手を引かれる。私は呆然としている。その間に山口くんはあいてる右手でパパッと買ってきたココアを自分のバッグに仕舞う。
終わったところで出口に向かって歩き出した。勿論私は腕を引かれてるもんだからついていくことに。


途中、水谷さんとすれ違った。私の見間違いじゃなければ、水谷さんは薄っすら微笑んでいたと思う。


 
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