二次創作

□釣り
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「あー、あちーなー、おい」

麦わら帽子を被った青年が、穏やかな海面に釣り糸を垂らしてぼやいた。
青年は、釣りを好んでいた。
そよそよと撫でるような海風に、抜けるように青い空、絶好の釣り日和である。
カウカウ、となくカモメの声も心を安らがせる良いBGMだ。
青年の真名はクー・フーリン。
聖杯戦争においてランサーの位を得て限界したサーヴァントである。

「何をしているのですか、ランサー」

気配なく近づいたのは彼のマスターであるバゼットだった。
中性的な魅力の女性で、この春の陽気の下なのにスーツをかっちりと着こなしている。

「ここは歩きにくいですね」

「…革靴で来るような場所じゃねえことは確かだな」

このマスターは真面目で実直だが、どうも常識が欠けているところがある。
ランサーのいる場所は浜辺から離れたテトラポットの上で、足場があまり良くない。
そんな歩きにくい場所で、しかも動きにくい服装に身を包み、気配を消して近づく、というのはなかなか素人芸でできるものではない。

「釣りだよ、見て分かんだろ」

垂らした釣り糸を軽く揺らしてやる。
バゼットは、はぁ、と感心したんだか驚いたんだか理解していないのかよく分からないような生半可な返事をして糸の先を覗きこんだ。

「あんま前に出すぎっと落ちるぞー」

「…糸の先に生き物のいる気配がしません。ここは場所が悪いのでは?」

困惑したような声に、少しカチンときつつも丁寧に応えてやる。

「釣りってのはな、こうやって、待つものなんだよ。魚のいるとこにむやみやたらに針を投げるんじゃなくて、魚がくるまでのんびり待つんだよ。で、その待ち時間を楽しむんだよ」

「気の長い遊びですね」

「あんたみたいな気の短い奴にゃ、ちょっと向かない遊びかもな!」

「失礼な、私のどこが短気だというのです」

ランサーが笑いながら言うと、唇を尖らせてバゼットが抗議する。

「馬鹿にしていますね、私の気の長いところを見せて差し上げましょう」

フ、と勝ち誇ったような笑みを浮かべる目の前の女に、青年は嫌な予感がした。

「釣竿を渡しなさい、ランサー」

捨て身のギャグなのか真面目な発言なのか分からないフレーズでバゼットが呟き、そのまま左手を差し出したのであった。



半刻が経った。
ランサーがあまりポイントを変えないのに対して、バゼットは移動を繰り返しては当たりのないこの遊戯に焦れていた。
何より、日差しが強いのにスーツを着込んでいては焼けるような熱さに焦げるようだった。

「限界です…」

持っていた釣り竿を、まるで小枝でも手折るかのような軽さで二つに折るバゼットを見たランサーは、やはりこの女は人間的にも女性としてもアウトだな、と再認識した。

「…あんた、結局何しに来たんだよ」

「ランサーが何をしているのか見に来たのです」

「…ふぅん、俺に興味があって来たってことか」

からかいの意味を存分に含めた声音に、バゼットの顔は見る間に赤くなる。

「ち、違います!私は貴方のマスターとして、己のサーヴァントがどこで何をしているか把握する必要があったため…」

「はいはい、分かった分かった」

「分かってません!私は断じて他意なくただ貴方の動向を視るために来たのです!」

「おー、そういう可愛い顔も出来るんじゃねえか」

「〜〜〜っ!!もう、知りません!!」

くるりと踵を返した瞬間、テトラポットの隙間に足を取られてガクリとバゼットの体が揺れた。
次に来るであろう衝撃に体が強張ったが、揺れた体が岩に打ち付けられることはなかった。

「やっぱり、あんたに釣りは向いてないな」

すぐ耳の後ろで聞こえる声に、バゼットは瞑った目をゆっくりと開けた。
崩れた体制は、己の腹に回された逞しい腕によって支えられており、その背後から回された腕の持ち主はもしかしなくてもランサーのものだ。
密着した自身とランサーの体を意識した瞬間、男性に耐性のない彼女の理性はあっけなく崩壊した。

「いやぁーーーーーーー!!」

絶叫と同時にランサーの視界に飛び込んできたのは、バゼットの硬化のルーンが刻まれた手袋とその拳だった。
戦闘に特化した高スペックのバゼットの攻撃力を理解しているランサーは、首を後ろに倒してその破壊的な攻撃から逃れようとしたが、時速80キロのスピードは回避不可能確実である。
ランサーの体は空中に美しい弧を描き、そしてそのまま静かに波に呑まれていった。

海中に沈んだランサーの周りには、たくさんの魚が寄って来たという。

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