二次創作

□合鍵
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一人夜の闇を歩きながら、間桐雁夜は夕飯をどうするか考えていた。
ルポライターの仕事は毎日不規則な睡眠生活と食生活の繰り返しの為、元々あまり頑丈ではない雁夜にはかなりの疲労を強いていた。
そのせいで、彼はあまり夕飯に重いものを食べたりはしない。

(たしか、レトルトのリゾットがまだあったはず。賞味期限はまだ大丈夫だろう)

疲労と寝不足で思考回路が上手く働かないままアパートへ到着し、ズボンのポケットに入れている家の鍵を取り出す。
鍵穴に差し込んで開錠し、ドアノブを握りゆっくりと回す。
そして、ドアを開ける、はずだった。

ガチャ、ガッ。

「…あれ?」

雁夜は首を捻った。ドアが開かない。しかし、そんなはずはない。今ドアの施錠を解いたはずだ。

「…あ、もしかして俺鍵掛けないで出て行ったのかな」

恐ろしい考えに辿りつく。今開錠したと思ったのは、実は朝から鍵を掛け忘れていたようで、開いていたドアを施錠してしまったようだ。

「空き巣とか入ってなきゃ良いけど…」

疲れてるな、とこめかみを片手で押えて、再び鍵穴に鍵を捻じ込んで捻る。
ドアノブを回すと、今度は何事もなかったかのようにドアが開いた。
重たい溜息を吐いて、家に入り、玄関にカバンを置いた。

「お帰りなさい」

「はぁ、ただいま………、ん?」

聞こえるはずのない声に、一瞬鼓動が大きく跳ねて声のする正面を見つめる。

「………さ、桜ちゃん…?」

「お帰りなさい、雁夜おじさん」

部屋の中にいたのは桜だった。
何故、桜がここにいるのだろう、疲労と睡眠不足の上に混乱までが雁夜の脳を掻き乱す。

「な、な、何してるの、そこで」

絞り出すようにして桜に尋ねると、頬を少し染めながら愛らしい唇で答えが返ってきた。

「雁夜おじさん、最近ろくな食事が摂れてないって聞いて、暇だから来ちゃいました。いけませんでしたか?」

ニッコリと笑って雁夜のカバンを取ろうとする桜。

「い、いや、桜ちゃん!嬉しいけど、どうやって入ったんだ!?俺、鍵を掛け忘れて出て行ってたのかな…?」

「いいえ、鍵は掛っていました」

「そうなんだ、良かった…、え?じゃあどうやって桜ちゃんは家の中に入ったの?」

「ご心配なく、私合鍵持ってますから」

「何で合鍵持ってんの!?」

悪びれた様子もなく微笑む彼女の手の中に、確かに鍵が覗いていた。

「桜ちゃんソレ犯罪だから!!」

いくら可愛い姪っ子(義理だが)といえど、自分の与り知らぬところで合鍵を生産されていたとなるとやはりこれは簡単に許してはいけない。
雁夜が合鍵を取り上げようと桜の方へ手を伸ばすと、彼女は慌てて両手に鍵を握りしめてとても悲しそうな瞳でこちらを見つめてきた。
両の眼に涙を湛えて唇を軽く結び、上目づかいで雁夜を見つめる。

「ご、ごめんなさい、雁夜さん…。でも、私、ちゃんとご飯食べてるか心配で………。ごめんなさい、本当に」

敢えて雁夜さんと呼んで雁夜の感情を揺さぶる。
雁夜が桜にただの姪としての感情以上のものを持て余しているという弱みに付け込む。

「あ、いや、いいんだよ、桜ちゃん。あ、ありがとう…」

思った通り、雁夜は慌ててフォローに入る。桜はこの男のこういう純情さがとても好ましい、と思っている。

ただの叔父として以上に。

「ご飯、作ったんです」

ジィっと雁夜の眼を見つめる。雁夜は嬉しいのと困惑しているのとで顔が赤く染まり、口をパクパクさせている。

「食べて、くれますよね…?」

「も、もちろんだよ!すごくうれしいって言うか、もう、俺、どうしていいか」

桜は肯定の意を把握した瞬間、自身で表現できるいっぱいいっぱいの笑顔を彼に向けた。

「じゃあ、いっぱい食べてくださいね!!」

雁夜のカバンを右手に、更に左手で雁夜自信の手を握って家の中に引っ張る。

「さ、桜ちゃん…」

桜の可愛らしい笑みに目眩を覚えつつ、雁夜は一歩踏み出した。



続く
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