二次創作
□まどろみ
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「なあ、波江、君のつまらなさについて少し考えてみたんだけど」
「考えていただかなくて結構よ」
楽しそうにおしゃべりを始めようとする目の前の男に、その顔も見ることもせず、波江はぴしゃりと言い放った。
両肩を大袈裟に竦めてみせるのは、波江の雇い主である折原臨也である。
「君って本当につまらない女だよねぇ」
ハッと吐き捨てるように笑う臨也はそれでも黙ることをしない。
「そんなんじゃ、誠二君もさぞかしつまらない家庭環境を過ごしたんだろうね」
波江はお喋りな男の言葉から、愛しい弟の名前を見つけ出し、反芻する。その名前の発音以外は全て聞き流して。
「ちょっと、聞いてる?」
うっとりと弟の顔を思い出して、脳が恍惚に浸る準備を始めると同時に楽しそうな臨也の顔が目の前に現れた。
「貴方、つまらないといっていた割に楽しそうね」
「つまらないのは俺じゃない、波江だよ。俺は楽しいよ、すごく、ね」
「ああ、そう。どうでもいいわ」
「君ね、たまには上司に愛想の一つでも振り撒いてみたら?そんなんじゃ社会のコミュニティに入り込めないよ?」
「私が社会のコミュニティに積極的に参加すると思って?」
質問に質問を返すような言い方でこの男の相手を強制終了させようと試みた。
「人として生まれ落ちたからには、否が応でも参加は必須だろう」
どうやらこの上司は持て余している時間を波江へのからかいでつぶすつもりのようだ。
波江はわざとらしく溜息を大きく吐いた。
「今日はもう仕事ないなら、帰るわよ、私」
「おいおい、就業時間分はきっかり働いてくれなくちゃ」
「することないのにいたって意味がないじゃない」
「だから君のことでも話しながら時間を潰そう」
「嫌よ。することがないなら帰って誠二の動向でも観察するわ」
「給料泥棒」
「給料分に見合った仕事はしているつもりだけど」
吐き捨てるように笑う男の声が聞こえた。
ふと、右手を奴の手に包まれる。
「あなたいつからそんな甘えたがりになったのよ。ああ、元々だったのかしら。結局人を愛しているというのと人恋しいというのと、人がいないと生きていけないという点では同じ意味よね」
「波江さん、そういう意地悪な言い方をされると俺も傷つくな」
「今まで傷つけた人間の気持ちが分かって良いでしょう?人間を愛しているならその人間があなたによってどんな気持ちになったかも分かっていた方が愛も深みが増すわよ。良かったわね」
波江は手を振りほどくことはしない。そのまま目を細めて薄く嗤った
「残業代、楽しみにしているわ」
「現金だねぇ…」
呟かれた言葉が少し心細そうだったが、波江の感情に同情すら湧かせることはなかった。