二次創作

□見崎鳴は笑わない
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「見崎ってさ、笑わないよね」

夕暮れに染まった空を見上げながら、僕たちは土手を歩いていた。
川の流れが光を反射して、まるでキラキラと星を運んでいるように見える。

僕は隣を歩く見崎鳴を黙って見つめた。
見崎は足元を眺めるようにしながら歩いている。
彼女のサラサラとした髪が隣で揺れているのが、変に鼓動をどぎまぎさせた。

放課後の河川敷はまるで大きな劇場のようにさまざまな人で溢れていた。
集団で笑いながら下校する者、犬の散歩をする主婦、自転車で帰路に急ぐサラリーマン…。
ああ、その一人一人がこの河川敷という劇場で人生の一コマを演じているのだ。

榊原という役者である僕は、そんな通りすがる人々に敬意を払うような視線を投げると、隣を歩いている変人がフフ、と笑った。

「あ、見崎が笑った」

「だって榊原くんがまるで惚けたような顔でさっきのサラリーマンを見てたから」

すぐに彼女の表情は無表情に戻ってしまったようで、笑顔は見られなかった。

「惚けてなんかないさ」

すこし子供っぽかっただろうか、ムッとしたような声が出たのが自分でもわかった。

「そう?」

対して彼女の声はどうしてこんなにも大人っぽいのだろうか。
こんなとき、なんだか胸を締め上げられたような息苦しさを覚えてしまう。

切ない?

恋しい?

「東京って、ここからどれくらい遠いの?」

また、胸が苦しくなった。

「多分、すぐだよ」

嘘を、吐いた。
本当のことを言うと、見崎が会いに来てくれなくなりそうだったから。

「せっかく友達になれたのに、寂しくなるね」

もう、僕から吐き出せる言葉はなかった。ひどく喉が熱くなっていた。
ああ、僕は彼女から離れるのが嫌なんだな、と頭の遠く離れたところで熱くなった喉とは裏腹な感情が渦巻いた。

「手紙、書くね」

嘘だ。これは彼女からの優しい嘘だ。

「うん、待ってるよ」

甘い嘘に、僕は真正面から答えた。
学生である僕たちに、距離というものがどれだけのハードルとなるのだろう。
隣で揺れている華奢な白い手に、そっと自分の手を重ねてみた。
改めて触れる彼女の手は、想像したとおり冷たかった。

「見崎、手、冷たいね」

「榊原くんの手は暖かいね」

理科の授業で、熱は暖かいところから冷たいところへ流れていく、と習った。
ということは僕の熱はつないだ手を通じて彼女に届くのだろうか。

二人で並んで歩く最後の放課後。
東京に戻っても、きっとこんな切ない感情は覚えないだろう。
今、この今日限りの舞台で、僕たちはきっとひとつの物語の主演を演じていたのだ。

「きっと、東京においでよ」

無意味と分かりながらも、僕は声をかけずにはいられなかった。

「気が向いたらね」

河川敷を一歩出たとき、自然と手は離れていた。

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