二次創作

□過去作A
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「梓さん、嫌なら嫌だと言っていいのよ?」

気遣わしげにそう諭す叔母。今更後には引けないと分かっていてそう声を掛けてくるところが、わざとらしくてとても煩わしい。どの道私にはもう選択肢などないのだ。

「いいえ、とんでもありません。こんな良縁はきっとこの先には巡ってなどきませんもの」

私はニッコリと微笑んで力強く頷いた。実の母が他界して2カ月目のことだった。父親は既に3歳のころに癌で死亡。助け合うように寄り添うように生きてきた母も2か月前に交通事故で死亡した。
あまりに突然のことで悲しむ間もなくお通夜も葬式も終わり、私はしばらく母と暮らしていたアパートにいたのだが、大学生の身分で今まで通りの生活など出来るわけもなく母方の親戚の家に厄介になることになった。
母は生前あまり親族との連絡は取り合っておらず、いきなり親戚として居候する私を叔母家族があまり良く思わないというのは推測するに易しい。
持ち前の内気な性格が災いして、新しい家族と上手く会話ができなかったのも良くなかった。
そのうち私は居場所を失い、用意してもらった狭い自室に籠りがちになり、更に叔母家族が私を持て余しているのがよく分かった。

叔母が私に結婚を勧めてきたのは、私が家に入って3週間目のことだった。
色々な大物に顔が利く、と良く話すのを聞いてはいたがその大物のなかのとある企業の社長の次男に良い人はいないか相談されたらしい。
私はその縁談を勧められたときのことをあまり覚えていない。ただ、しとしとと雨が降っていたのだけは覚えている。雨の匂いの中、私は薄暗い自室の中で朧げに話を聞き、心半ばに頷いたのであった。
今でもひどく混乱している。まだ一カ月も経たないうちに、私はこの家族から厄介払いされるという事実が何故か重石のように心に圧し掛かった。

そして、私は一度も相手と会うことも無く、今日の日を迎えたのであった。相手の名は間宮亮治というらしい。年は26歳で、20歳になった私と6つ離れている。
私が間宮さんに対して知っていることはそれだけだった。
それでも、私は叔母の家をとりあえず出たいという気持ちで縁談を受けた。いや、現実から逃げたかっただけかも知れない。
母の死。幼いころの父の死。慣れない叔母家族との生活。心も気力も疲れ果てて、今までの生活を全て捨ててもう一度別の場所からスタートしたい、ただその一心から縁談を受けたというのが正しい気がする。

相手の顔や見た目などは如何でも良く、ただただ優しい人であるように祈っていた。今度こそ、平凡な幸せが欲しい。そう強く願った。

「本当に一度も顔を見ずに結婚だなんて、良かったの?」

「ええ、これ以上叔母さま方にご迷惑をお掛けしたくないですし、一度決めたらすぐに行動に移さないと気持ちが揺らいでしまいそうですので」

「あたしたちの家が、もう少し広かったら良かったんだけど、うちもいい加減家計が苦しくてね…」

それは事実だった。叔母家族の家は少し傾きつつある。そのため、余計に私は荷物になっていたのだ。全盛期の叔母の家だったら、もしかしたら待遇も少しは違ったかもしれない。
なにもかもがタイミングが悪すぎたのだ。

「いいえ、今までお世話してくださっただけでも十分助かりました。何も出来なかったのは私の方です。これまで疎遠にしていたのに、ここまでご面倒見て下さって本当にありがとうございました」

「無理しないでね。頼りないかもしれないけど、出来る限りあなたの力になれたら、とは思っているのよ」

出来る限り、という言葉を少し強めに言われる。私はまた頷いて、そして少ない荷物をまとめたバッグを手にした。
迎えの車は間宮さんのお抱え運転手が運転してきていた。間宮亮治さんは仕事で今日は帰らないらしく、私はとりあえず彼の家に先に荷物を運ぶことになっていた。
恐らく彼にとっては本当に名前だけの結婚になっているようだ。それなら私は彼の家に入らなくてもいいのだろうが、叔母の家にはいられなかったし、何より向こうから先に家に入っていて良いという話が来ていたのでその言葉に甘えることにする。
話を聞くだけでも相手は高所得者のようだった。社長の息子というのだからもちろん当然なのだろうが、本来なら叔母夫婦の子供こそ縁談を望んだことだろう。
しかし、叔母夫婦の子供は二人いるのだがどちらも男であった。一人は家を出ており、もう一人は実家住まいだが滅多に家に戻ってこない。私も3週間厄介になったがその間会えたのは2回、すれ違うくらいのものだった。

間宮亮治さんは一人暮らしをしているということで、私は車でそのマンションまで連れてこられた。運転手は初老の男性で、口数少なく車内は静寂で包まれていた。私もまた何か言葉を掛ける気にならず沈黙を守っていた。信号が赤になって、更に沈黙が深くなったときに一言運転手の方が話しかけてきた。

「亮治さまは…」

「え?」

「亮治さまは、少し無愛想なところがありますが、根は優しい坊ちゃんですよ…」

まるで、安心させるかのように呟かれた。私の緊張を労わるかのような、優しい声色だった。

「…そう、ですか…」

私も少し緊張が解れ、そのあとは再び沈黙が車内を優しく包んだ。
マンションに着いた後は、部屋まで運転手さんが荷物を運んでくれて家の中を案内してくれた。間宮さん一人で住んでいるそのマンションは、部屋が4つもあり、更にリビングとキッチンが広くとってあるファミリー向けのものだった。

「亮治さまは恐らく今日は戻らないでしょう。しかし、梓さまは好きに部屋を使っていて良いとのことですので、遠慮なくご利用ください。ただ、亮治さまの自室にはカギが掛っておりますので入ったりは出来ません」

「わかりました。間宮さまは見ず知らずの私がいきなりいて、驚いたりしないでしょうか」

ずっと気になっていたことを尋ねてみた。まだ会ったこともない人間を、どうして家にまで上げる気になれるのだろうか。

「大丈夫ですよ。亮治さまはあなたのお姿や素性をご存じですから」

興信所とかいうところでこちらの情報を既に調べた、ということかしら。私にとっては都合の良すぎる展開に、何となく気後れも感じるが兎にも角にもここ数日の疲れがピークに達して早く眠りたいと体が悲鳴を上げていたので、こちらも無理に納得することにした。
運転手の方は、少し遅くの自己紹介で三須と名乗った。三須さんは部屋の中の家具の置き場やらゴミの日やらを教えてくれて静かに出て行った。
私は荷物もそのままに、自室と案内された部屋のソファにゆったりと体を預け、そのまま意識を手放した。
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