壱.

□痕
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ある夜、野郎の部屋で

「ほうほう、来週から三ヶ月」

「あぁ」

「何しに?」

「・・・お前、俺の話聞いてた?」

「よく分かんねぇけど、来週から三ヶ月間あんたの職場はここじゃなくて、役所になるんでしょ?」

「そうだ。っつーことで、暫く副長不在だ。てめぇさぼんなよ。近藤さんちゃんとサポートしろよ」

「いやー、口煩いあんたがいなくて、俺ぁのびのび仕事が出来まさ。俄然ヤル気出てきやした」

「・・・・・・。」



どういう流れでそうなったのかは知らねぇが、来週から野郎は役所勤めになった。というより『先生』だそうだ。役所の奴等に剣技や護身術やらの指南役を頼まれたらしい。真選組副長・土方十四郎殿に是非とのこと。この時代、どうやら学だけでなく武にも長けるお役人が必要らしい。


「ったく、三ヶ月間指導なんてかったりぃ。しかも素人ばっかだろ。向こうが来いっつーんだ」

「全くでさ。三ヶ月なんて言わず、この際副長は俺に譲って、あんたは一生役所で素人相手に指導してなせぇ」

「ぬかせ。いいよな、てめぇは他人事で。まぁいい、腕のたつ奴がいたら引き抜いてくるか」


野郎の言葉に覇気が無い。余程憂鬱なのだろう。そりゃそうだ。うちの隊士達ならまだしも、全く関係ない奴らの面倒見るくらいなら、自分自身が稽古している方が断然マシだし有益というもの。

野郎が二本目の煙草を手にした。

「あ、ねぇ、もしかして三ヶ月泊まり込み?」

「いや、屯所から通う。屯所の自家用車使って。そんな遠くねぇし」

「あ、そ」

「何だ、ホッとしたか」

野郎は煙草を咥え、ニヤッと笑う。何だか見透かされているようで悔しい。

「うるせぇ、土方のくせに」

俺は野郎の口にから煙草を奪うと、ぐしっと灰皿に押し付けた。

「なっ・・・てめっ、」

代わりに俺の唇を宛がえば野郎は静かになる。舌を入れて口内を掻き回せば野郎は俺の腰に手を回し、舌を絡めてくる。

三ヶ月。当たり前のことだけど、市中見回りも一緒じゃなければ、休憩中あんたの部屋を訪れても勿論いない。まぁ、毎日帰ってくるだけでもマシか。そんな事を考えながら、俺は野郎のヤニ臭いキスに酔う。


野郎にとっては憂鬱な、
俺にとっては少しだけ憂鬱な三ヶ月が始まる。

 
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