Dream4

□縄張り争いの末に
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わたしたちに普通でない部分があるとすれば、それは職種だ。しかし、ちょっと人に言えない仕事をしているからといって、プライベートにおける人格まで支配される筋合いはない。例え何人の命を奪おうと、わたしはわたしという一個の人間であり、泣いたり笑ったりして生きていかなくてはならないのだ。

ものの考え方と身体は常に柔軟でありたい。そう思っているわたしにとって、唯一の障害がこの部屋の主であるシルクハットの男だった。さらに詳しく言えば、ハトを肩に乗せたシルクハットのネコ男。ややこしい。コピーだけでもややこしいのに、その上、何を考えているのかさっぱり分からないときた。わたしはこの男を含む同僚たちとは別の経歴があり、幼い日を共にしたわけではないため、踏み入らせまいと壁を作られているだけかもしれないが―とにかく、CP9という部隊そのものが服を着ているかのようなこの男に、自分を否定されているような居心地の悪さを感じ、今まさに苛々していた。



「『あなたの彼は仕事人間タイプ!さみしい思いをさせられてくじけそうになるかも…。でも彼はあなたという癒しを必要としています!笑顔を忘れないで』
―だって。これってどっちも可哀想よね。わたしは可哀想なひとになりたくないから絶対そんな男と付き合わないけど」


安っぽい雑誌の安っぽい恋愛診断コーナーを声に出して読み上げる。部屋の中心の大きなソファをわたしに占領されたロブ・ルッチは、窓にもたれて手にした本へと視線を落としていた。


「出ていけと言ったのが聞こえなかったか」


声色は不機嫌。だが、わたしが退室する理由にはならない。聞こえないふりをして、一層大きく大袈裟に、紙面の文字を音読する。


「『異性で一番親しい友人が落ち込んでいたので慰めたら、一度だけでいいからと体を求められた。こんなときあなたならどうする?』
―ふざけてるわ。こんなの虚しいだけじゃない。まぁ男なら色々割り切れるものなのかも。特に相手の女性が美人でスタイルのいい幼なじみなんかだったら」


あなたのようにね、とでも言わんばかりに抑揚をつけたそれには、さすがに反応せずにはいられなかったらしい。いつも通りの無表情に眉間の皺を加えて、無言のままつかつかと詰め寄ってきた。鋭い目で見下ろされても、わたしは少しも怖いと思わない。仮にここでわたしという戦力を潰せばそいつは馬鹿だし、馬鹿に勤まるほどこの仕事は甘くないのだから。


「不愉快だ。出ていけ、今すぐに。さもなくば―」

「わたしに何かしようっていうの?物騒ねぇ。感情に任せて振るう暴力こそ悪なんじゃないかし、ら!」


手にしていた雑誌を顔めがけて投げつける。もちろん背表紙か側面が当たるように。道力500超えのパワーから繰り出されたそれを片手でキャッチとは、なかなか大したものだ。あくまで一般人ならの話だが。


「お兄さん、やるね」

「…馬鹿が」


今度は床に叩きつけられた雑誌は、折り込みのポスターがだらりとはみ出て、どこかくたびれた雰囲気を漂わせている。
寝転ぶわたしから見たこの男はまるで巨人。単なる錯覚とは思えなかった。


「さっきの記事なんだけど、実際どうなのよ?あなたなら容易に想像できるでしょう」

「さぁな…」

「ずるい答え」


大きな手がソファの背もたれへと伸びる。黒に覆われた脚がわたしを跨ぐ。しかめっ面で見下ろしてくるのは相変わらずだが、その距離が決定的に違ってきた。


「じゃあ、もうひとつ聞かせて。もしもその相手がわたしだったら…どうする?」


男の厚い唇に人差し指を添える。隙間から見えた白い歯も、わたしだけを映す瞳も、確かに人間のものだった。


「食ってやろう、お望み通りに」

「馬鹿はあなたよ」


わたしと彼とは、「異性で一番親しい」以前に友人ですらない。体の件は抜きにしても慰め合う関係にだってなりたいとも思わない。ただ、なぜだか今は居心地の悪さを感じなかった。
















「馬鹿」って4回も使ったわたしが一番バカですね(小学生理論)



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