Dream4

□わたしと上手に息をする
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「良い所に連れていってやろう」


なんて、ひと昔前の誘拐犯みたいな物言いをするものだからどこへ行くのかと不思議に思えば、到着したのはどうってことないリゾート地・サザナミタウンだった。
―なるほど、良い所だわ。
青い海、白い砂浜、輝く太陽。楽しいバカンスには打って付けのシーサイドだと思う。ただし、今が真冬でなければ。


「さむい」


さっきから何度目になるか分からない呟きをまた繰り返す。北西からびゅうびゅう吹く風は冷たいを通り越して痛い。しかも砂を巻き上げて、それをわたしの目や口に撒き散らしていくのが非常に鬱陶しかった。


「一体何が目的でここに来たんですか?」


風向きのせいで潮の匂いすらわからないのだから、どうせなら古代の城の探索にでも行ったほうが収穫があったはずだ。あそこも結局砂だらけではあるが、一年中砂嵐が吹き荒れていることを考えれば、ここよりは我慢のしようがある。

苛立ちを隠しきれないわたしとは対照的に、アデクさんは涼しい顔で海を見つめていた。


「なかなか良いと思わんか、人影のない海辺というのも」


思わない。そう口を開こうとしたとき、少しだけ風がやさしくなった。
ほんの一瞬の出来事。けれどその一瞬のうちに太陽の光は確かに届いて、わたしを暖かくしていった。こんなことで、冬の海もいいかも、と思うのは軽薄だろうか。
アデクさんは依然として海を見つめている。それも、水平線よりずっと遠くを。


「人なら、わたしがいます」


もう、わたしのことなんか目に入らないんじゃないか、と不吉な予感が過ったが、袖を引っ張ればすぐに振り向いてくれた。


「―そうだな、すまん。では言い直そう。
良いものだな!二人きりの海というのは!」


二人きり。その言葉にひどく動揺してしまう自分自身をとても幼く感じる。
大人、子供。そんな次元で語れないくらい大きなひとと、このわたし。どんなに近くに感じていても、その距離を縮めることはかなわない。


「世界の広さも、己の小ささも、ここならば知ることができる。それゆえに、目の前にあるものがいかに大切かも気付けるのだ」


アデクさんの声は、低く重く、心に響く。そしていつも、とんでもない影響力でわたしの宇宙を変えてしまう。さっきだってそう。魔法みたいに風を止めて、暖かな光を与えてくれた。


(…母なる海、か)


波打ち際まで歩いていって、海の一部に触れてみる。想像したより随分ぬるい。それは全てを包み込んでくれるような優しさに満ちていた。
ここから生まれて、陸に上がって息をして。立って、大事なもの見つけて、それから―


「今度はネジ山にでも行くか。冬の鉱山、これもまたオツだぞ!」


アデクさんはわたしに歩み寄ると、その場に座り込んだ。砂浜には二人ぶんの足跡がくっきり残っている。
強く唸る潮風。傾き始めた日が冬空と海を照らして、眩しかった。


「雪も、楽しみです」


この浜辺と同じ足跡が、雪の上にもできるんだろうなぁ。
海も山も寒いのも、好きになれる気がした。

わたしと上手に息をする

あなたと一緒なら、きっと。








企画『純情は海の彼方に消えていった』に参加させて頂きました。
主催の前川さま、ありがとうございました!



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