Dream3
□流れない星
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子供の頃は暗闇が怖かった。
何故、と問われても困ってしまうのは今も昔も変わらない。夜空を照らす月明かりは心強い味方だったけれど、周期、あるいは雲に邪魔されてしまえば弱々しいランプに頼るほかなかった。組織が光を受け取れないという、ただそれだけのことにどうして感情を支配されなければならなかったのだろう。
「不思議です、実に不思議なのです」
「お前、呑み過ぎじゃねェのか」
「失礼な!まだ酔ってなんかいませんよ!」
口にするも自覚はあった。わたしは酔っている。その証拠が、アルコールによって呼び覚まされるぼんやりとした記憶とそれにそぐわぬ鮮明な感覚。
眠れないこの夜、偶然にも出会って以後わたしの隣で酒を呷っていたイゾウ隊長は、あからさまに面倒くさそうな顔をした。一体なんだっていうの。部下、もとい仲間の言葉を無下に扱うなんてこの船に限らず誉められたことではないでしょうに。
「だって、あんなに恐れていたものでも今となってはそこにあって当たり前、だなんておかしいです」
「そりゃあ毎日、朝昼晩の繰り返しでしかねェんだ。いちいち気にしてたら疲れちまうよ」
苛立ちを抑える術だとか、困難に立ち向かう力だとか、色々なものを身につけて人は成長する。隊長曰く、受け流すこともその過程で覚えるものらしい。そしてそれを披露してのこの態度、というわけだ。
「じゃああなたは、幼き日暗さに不安を煽られた思い出がないとでも言うのですか。どうなんですかイゾウさん」
「過去の経験がどうであれ、今更それを気にして意味はあるのか?」
夜の闇の中にあっても、くっきりと浮かぶ隊長の白い肌。するどい光を放つ両の眼は一等星のようで、わたしはその瞬きに答えを返すことができなかった。わからない。二人の間に満ちるお酒の匂いは、相変わらず海馬を直接刺激してくる。意味なんてわからない。
ただ、わたしは今と未来ばかり見つめて生きられるほど確かな自分を持ってはいなかった。
「思うところはあるがな」
「え?」
胡坐をかいていた隊長が足を投げ出す。俯いて瞼を下ろした横顔はゆっくりと微笑んだ。
これで頬に赤みがさしていたのなら最高に美しいのに、隊長は酔わなさすぎる。
でも、それ以上にもったいないことは、今彼と会話をしているのがわたしであるという事実。
「…それだけ、強くなったってことだろう。大事なものを手放したり、傷つけさせたりはしねェって、言ってみれば自信の表れだ」
目を瞑るだけですぐに姿を見せる無の領域。波の音だけは変わらず響き続けていたが、他に感じることができたのはモビーディック号の甲板の固さくらいだった。
ここには、大好きな父さんも、陽気だけどいざというとき頼りになる仲間たちも、色っぽいナースのお姉さんたちも、そして悔しい程綺麗なイゾウ隊長も、誰もいない。