Dream3

□天職を見つけました
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顔回りの髪の毛を弄ってみる。ぱさぱさ、ちりちり。どうにも痛みがひどいようだ。特に毛先は色も薄く、枝毛が目立つ。
必要物資は一通り揃っているここLV5.5といえど、贅沢品までは手が届かないわけで。高級トリートメントが欲しい。そう願ったって無駄だった。
思わずこぼれたため息。ちら、と隣を見れば、彼は片手をハサミにしていた。例えではなく、本当に、言葉のとおり。
手入れをしようか。そう声に出せばいいのに、無言なところがイナズマさんらしかった。お願いします、とわたしが頼めば、お安い御用だ、の返事とともにワインが揺れる。


頭全体が映るくらい。少し大きめの鏡の中、わたしは手櫛で髪を梳かれていた。緩やかなリズムは眠気を誘う。そして時折、がくんと落ちるような感覚にハッとする。


「動くと切りすぎるぞ」

「わかってまぁす…」


毛先を整えるだけ、という約束。それに忠実な忠告にもあくび混じりで返す。しかし切りすぎはご容赦願いたい。まぶたを擦って睡魔と戦う。勝算は五分五分―なんて、ちょっと真剣に。なんとか打破する手立てはないものかと模索していると、ここで思いがけない提案が出た。


「せっかくだ、もっと短くしてみてもいいんじゃないか?」


それは切りすぎることに等しい。わたしが今必死になっている理由を辿れば、首を縦に振ることなどできなかった。ふたつの意味で。


「イヤです」


鏡越しのイナズマさんは、いつものクールな雰囲気と一転してどこか楽しそう。


「あんまり、似合いませんから」

「それは君の思い込みだろう」


後ろ髪をまとめて持ち上げられると、顔回りの短い部分だけが残り、まるでショート・ヘアなわたしが現れる。
思ったよりはいいかも、というのが素直な感想だけれど、やっぱり少し、落ち着かない。


「どうだ」

「んー…」


ばさっ、という音を立てて髪が下ろされた。心なしか乱暴に感じたのはわたしの答え方が曖昧だったせいかもしれない。
それにしても、とふいに不思議に思う。彼は何故、こんなにわたしの髪型を気にするんだろう。普段の印象では、他人に興味も関心もなさそうなのに。


「イナズマさんは」


でも、もしも。例えこれが気まぐれだとしても、もっと素敵なわたしを見つけてくれるなら、その姿でありたい。鏡の中の、さらに色眼鏡の向こう側に問い掛けた。


「イナズマさんは、どっちが似合うと思いますか?」


頭のてっぺんから、優しい手つきでひと撫でしたあと左右の頬を包み込む。
その指先が冷たいんじゃなくて、わたしの熱との差。ああ、なんだか緊張してる。そう気付いたらいっそう鼓動が早くなった。


「別に、どちらでも」


淡白なことば、と一瞬だけ冷めた気持ちが駆け巡る。
ただ、それはほんの一瞬。鏡越しに見つめていた瞳が柔らかくほころんだのを、わたしは見逃さなかった。


「…好きにして下さい」


口にされなくてもわかるんですよ。髪が長くても短くても、痛んでいても綺麗でも、あなたが想っていてくれる“わたし”であることに変わりはないのだから。




















ちなみにヒロインは(個人的な理由で)政府の機密情報を盗んだ罪で投獄されたといういらん設定



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