新作部屋

□君を泣かせる方法
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ピンポーン。


手土産を持参してチャイムを鳴らす。しばらく待っても中から音がしないので連打。


「うるさいですよ太子!何の用ですか!」


「カレー作って」


「は?材料ないんで帰ってくれませんかね」


「材料ならあるぞ、ほれ」


持ってきた袋を妹子に渡す。にんじん、じゃがいも、たまねぎ、お肉、それと中辛のルー。上がりこむ口実を作るためにわざわざ買ってきたのだ。


「…分かりましたよ、作りますから上がってください」


「キャッホイ!」


私は居間に上がり込んでこたつに入った。テーブルの上には隋の言葉で書かれた本が広げられており、そのそばには翻訳した紙が置いてある。


「妹子、休みなのに仕事してたのか?」


「違いますよ、勉強です」


と、野菜の皮を剥きながら妹子が答える。


「頑張りやさんだねぇ」


本を手に取ってみれば、そこそこ読み込まれた跡があった。貴重な休日まで仕事を意識しなくてもいいのにな。妹子が人より頑張ることは知ってるけど、しっかり休まなきゃやっていけないだろうに。


「お前さ、頑張らなくてもいいんだぞ」


「…頑張らなくちゃいけないんです」


トントン、と野菜を切る妹子。


「どうして?」


「僕はもっともっと色んなことを学びたいんです。この倭国をよりよい国にするために、僕はもっと上にいかなきゃ…」


「妹子、お前は無理をしすぎてる。その様子じゃ部下にも弱みを見せずにいい上司やってんだろ。私が知ってるよりずっと嫌がらせされてたり、疎まれてるはずなのに、どうしてお前は辛い素振りを見せないんだ」


「………」


包丁の音が止んだ。


「辛い時は辛いって言っていいし、愚痴だっていくらでも聞いてやる」


「……もう、黙ってください、太子」


「妹子?」


肩が震えている気がして、妹子にそっと近づく。顔をのぞきこめば唇を噛んで必死に涙をこらえていた。


「なんで、そういうこと、言うんですか。なんで優しいこと言うんですか。優しくしないでって、言ったじゃないですか…!」


「もう、泣いてもいいよ」


子供をあやすように頭を撫でてやると、みるみるうちに大粒の涙がこぼれてくる。


「…やさしく、するな…っ」


「私は優しくしたいな」


微笑んで、妹子を腕の中に抱き寄せた。妹子は私のジャージに顔を埋め、しゃくり上げながら泣いた。


「…ぅ、っ…ひ、う、うぅ…」


私の前では我慢しなくていい。強がらなくていい。弱いところも、情けないところも全部私に見せてくれ。


「大丈夫だからな、妹子。私がそばにいてあげる」


手のひらで背中をぽんぽんと叩く。握りしめられた妹子の手をそっと開き、爪の痕がついた手のひらに自分の手を重ねた。


泣き顔をなんとしてでも見られたくないのか、目が潰れそうなほど顔を押しつけてくる。その様子があまりに痛々しいので顔を胸から引き剥がした。


「……見ないで…くださいよ」


「ははは、不細工になってる」


「太子のばかぁ…」


嘘だ、ちっとも不細工なんかじゃない。むしろ綺麗だった。でも今そんなこと言うシチュエーションじゃないよな。


「あんまり押しつけるなよ」と言ってもう一度抱きしめる。妹子の声が止むまで、私は辛抱強く付き合った。声が止んだ頃には妹子は泣きつかれて眠っていた。


そんな妹子を敷いた布団に寝かせてやり、腫れた目元を冷やしてやる。我ながら甲斐甲斐しいことだ。


「さて、カレーの続き作っとくか」


妹子よりは上手くできないかもしれないけど、泣いてお腹が空いているだろうから。



「よーし、聖徳特製カレー完成でおま!」


ちょっと焦げたけど…まあいいよな、料理は愛情が命!これを食べれば妹子は元気百倍間違いなしだ!


妹子を起こしに行くと彼はいきなりがばっと起きあがって、きょろきょろと周囲を見渡した。


「た、太子、僕寝てました!?」


「うん、そりゃもう」


「あああ〜…すみません太子、今すぐカレー作りますから…って、このにおいは…」


「あはは、そんなに慌てなくても私が作ったから大丈夫だって。お前より上手くできなかったけどさ、許せよ」


「す、すみません…」


「コラ、そこは『ありがとうございます』だろー」


「う、あ…ありがとうございます……」


寝てしまったことが相当恥ずかしいのか、頬がほんのりピンク色だ。最近はしかめ面しか見てなかったから、私はほっと胸を撫で下ろした。
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