新作部屋
□ずっと共に
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もしもやり直せるのならば、最初から君と恋がしたかった。
*
遣隋使を正式に派遣することが決まって、私はそいつを選べと馬子さんに言われた。ぶっちゃけ面倒くさい。候補者の中から選べばいいか、と思うがけっこう人数がいる、やはり面倒くさい。
候補者の名前を斜め読みしていると、ある名前が目についた。「小野妹子」。その人物はどんな奴だったろうかと思い返して、朝廷内唯一の女性役人だと思い出した。確か、冠位は五位。
「…こいつにしよう」
もしかしたら面白いことになるかもしれない。異例である女性役人が一石を投じてくれるかもしれない。その時の私はそんな期待を抱いたのだった。
そして、出発を控えたある日。馬子さんも立ち会って小野妹子と顔合わせをすることになった。正装を着ろと周りからしつこく言われたが、正直着るのが嫌なのでジャージのまま、しかも寝そべった状態で小野妹子を迎えたのだった。
「はじめまして、この度遣隋使に任命された小野妹子です」
ひざまずく彼女は、およそ女性らしからぬ短髪で、倭国人には珍しく茶色の髪をしていた。美しい、というよりは可愛らしい方の顔立ちで、聞いていた年齢よりも少し幼く見えた。
まあ、悪くはないな。真っ先に浮かんだ感想がそれだった。
「人が真面目に挨拶しているのに太子…なに昼間っからジャージでくつろいでんですかアンタ!」
んっ?今この娘私のことアンタ呼ばわりした?
「アンタ…本当に聖徳太子なんですか?」
「ほ、本当だよ!ほら冠!君よりもずっと偉いんだぞ!」
「へぇ…どうも信用できませんね」
「なんだとー!?」
さっきからなんなんだこの小娘は!礼儀のれの字も知らないような奴だな!
「小野、残念だがその男は正真正銘太子だ」
「そうなんですか、失礼しました」
「残念だがってどういう意味ですか馬子さーん!」
ぐぬぬぬ…明らかに馬子さんより下に見られてるじゃないか私。摂政だぞ!偉いんだぞ!
「で、他に用件はありますかジャージ野郎」
「せめて太子って呼んで!はい、これ君のジャージ。制服だから着なかったら許さんぞ」
嫌がらせ同然の袖がないノースリーブの真っ赤なジャージ。女の子に着せる色とか分からなかったんで冠の色から取ったのは内緒だ。
「ええ〜…僕までこれ着るんですか…全力で返してもいいですか」
「返さんといて!ていうか出発の時には絶対これ着てこいよ、でないと冠位下げるからなー!」
そんな感じで顔合わせが終わり、私は憂鬱さを隠そうともせずため息を吐いた。
「あーあ…まさかあんな強気な女子だったなんて…」
「君にしては随分と口数が多かったようだが?意外と合うかもしれんぞ」
「冗談じゃありませんよ、私は清楚な美人が好きなんです」
「そう言って見合いをしては断るのはどこの誰だ」
「うっ…」
出会いは最悪だった。できれば二度と会いたくないとさえ思っていたのに、馬子さんに共に隋に行けと言われてしまった。
わざと時間をずらして船着き場に行ったけれど、そこにはジャージを着てじっと私を待つ妹子の姿があった。
(…さっさと行けばよかったのに)
もしかしたら正直なバカなのかもしれないと思って、わざとらしく声を上げて登場してみた。すると妹子はほっとした表情を一瞬浮かべて、次には「太子を待っている間に船が行っちゃったんですよ」と怒ってきた。
……やっぱり、ナマイキな女だ。
*
ごうごうと、音を立てて船が燃えている。乗組員も他の遣隋使も皆倭国に帰ってしまった。海に飛び込んで見捨てられた私は途方に暮れ、こんなところで死ぬのかと絶望に駆られた。
「やっぱり断っておけばよかった…」
「太子!」
「え?」
振り返ればイカダに乗ったままの妹子が手を差し伸べていた。
「大丈夫ですか、早くあがって!」
「……何を企んでいる」
「はぁ?いいから早く手を掴んでください、このままだと死んじゃいますよ!」
そう訴えてくる妹子の瞳は真剣で、心の裏は読めなかった。私は散々迷ったあげく、その手を取ることに決めた。
「よいしょっと!」
妹子は両腕で私を引っ張り上げ、ようやく安心する場所に落ち着いた。イカダの上で安心するというのも変な話だが。
「…船、燃えちゃいましたね」
「ああ…」
「仕方ないからイカダで行きましょう、着けるかどうか分かりませんが」
「え、君…帰らないのか?皆帰ったのに」
「僕たちしか遣隋使の役目を果たせないでしょう?さあ、もう少し腹ごしらえしますか。太子もスイカ食べます?」
「あ、うん…」
不格好に砕かれたスイカは妙に温かくて、そして何故か美味しく感じられた。