新作部屋

□猛暑注意報
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ギラギラと照りつける太陽は身を焦がすように僕たちの頭の上に日光をこれでもかと照射してくる。帽子を被って防御したら多少はマシになるけれど、やっぱり日差しは厳しい。


八月、真夏だ。


「今日は採って採りまくるぞー!」


「いや、太子…少しだけにしないと可哀想ですよ、そんないっぱいカブトムシ採って面倒見切れるんですか?」


「大丈夫、ちゃんと森に逃がすから!」


僕の数歩前を歩く太子はお馴染みのジャージを肘が見えるまでまくり上げ、虫カゴと虫取り網、それとリュックを背負って虫取り少年スタイルだ。三十路過ぎのオッサンがこんな格好をしているのがシュールで仕方ない。


(…暑いなぁ)


こんな日は家の日陰でずっとごろごろしていたい。スイカなりかき氷でも食べて厳しい日中を凌いでいたい。


でもそんな僕の小さな望みは、カラッと晴れた時点で水泡に帰すのだけど。


僕の家からさほど離れていない林に着き、いざ虫取りと太子は喜び勇んで奥へと入っていく。木々で少しは遮られるとはいえ、やっぱり暑い。おまけに今日は風があまり吹かず、それが余計に暑さを助長している。


「いないなー」


「蜜を塗ってみたらいいかもしれませんね」


「こんなこともあろうかと持ってきたんだ」


太子が取り出したのは何故かタッパー…そしてその中身はカレー。


「何を塗る気だよ!ていうかカレーは蜜の代わりになりません、大人しく普通の蜜塗ってください!カレー早くしまってください、こんな暑さじゃ傷んじゃいますよ!」


「大丈夫、ちゃんと保冷剤あるから」


「そういうことじゃねえ!」


などと虫取りと若干離れた会話をして、蜜を木に塗って十分後。離れた木の陰から様子を窺っていたら狙い通りに虫たちが集まってきた。


「よーし採るぞー、やー!」


太子は意気揚々とどこからともなく取り出したヤリをカブトムシに突き刺した。


「何やってんだー!!網の意味ないじゃないですか!普通に採ってください頼むから!」


「死んじゃった…」


「当たり前だ!」


せめて安らかに眠れと哀れなカブトムシを埋めて手を合わせた。


「ごめんよあのアホのせいで…」


「妹子ー、ヘラクレスオオカブトとかいない?」


「倭国にはいません!普通のカブトムシかクワガタで我慢してください!」


はー、やれやれ。太子のツッコミが忙しくて喉が渇くよ。水筒のお茶を二口飲み、肺に溜まった空気を吐き出した。


一人でハッスルしてるオッサンは放っておいて、とりあえず木陰で休もう。気が済んだら戻ってくるだろ。


……と思っていたんだけど。しばらく経っても戻ってこない。おまけにはしゃいでいた声も聞こえてこなかった。


「…まさか」


太子が最後に向かった方角へ走り、大声で呼んだ。


「太子、たいしー!」


この暑さで、多分動き回っただろうから熱中症になっている可能性が高い。あの人は自分の身体にはまるで無頓着だ。


網が落ちていた先で、ぐったりと木にもたれかかる太子を見つけ、肩を軽く揺さぶった。


「太子、しっかり…!」


「……うう」


どうやら意識はまだあるようだ。僕は太子を背負い、全速力で家へと駆けた。早く処置をしないと危険だ、早くしないと!


どうにか汗だくになりながらも家に着き、太子を日陰に寝かせて冷凍庫から氷を取り出して袋に詰めた。上のジャージを脱がせて首と脇の下、それと足の付け根に袋を乗せて冷却する。目が覚めたらすぐ水分と塩分も与えなくてはならない。


「…僕のせいだ。僕がちゃんと見ていれば」


太子がやたらと自分の身体を気にかけないのは分かっていたはずなのに。


「……ん、うーん…」


「太子!大丈夫ですか!」


「あー…妹子?」


「熱中症になってたんですよ、ほら水飲んで」


コップに並々注がれた水をゆっくりと飲ませてやる。


「生き返ったぁー……まさか熱中症になるなんてな、ってしょっぱ!」


喋った隙を見て塩をつけた指先を太子の口に突っ込んで、面食らう太子に失笑した。


「水分もそうですけど、塩分も摂った方がいいんですよ。こんな暑いのにはしゃぐからですよ、少しは自分の身体を気遣ってください」


「はは、自分の身体となるとなんか鈍くってさ」


「やめてくださいよ…どれだけ僕の肝を冷やせば気が済むんですか。まあ、目を離した僕が一番悪いんですけど。今度やったら鼻をクワガタに挟んでもらいますから」


「それめっちゃ痛くない!?」


虫カゴにはちょうどオスのカブトムシとクワガタ。なんなら今実行してもいいが、病人にそれは酷だろう。


日はまだまだ高くて、夕暮れにはまだ遠い。アブラゼミがしきりに鳴いて一層暑くなるようだった。


「太子、もうちょっと回復したらかき氷食べましょうか。シロップと練乳好きなだけかけていいですよ」


「わーい!」


カチ、と袋の中の氷がぶつかる音がした。

→あとがき
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