新作部屋

□摂政様のお戯れ
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出勤早々僕を待ち受けていたのは、一枚の紙切れだった。「今日の昼の休憩に私室へ来ること」


差出人の名前は書いていなかったが、こんな真似をするのは朝廷中を探しても一人しかいない。きっとまたろくでもないことでもやらかすか、遊びにでも誘われるのだろう。


(ああ、僕の貴重な休憩時間が削られる…)


仕方ない、とため息をつき、僕は余裕ができるように仕事をいつもより早めにこなし、昼食もそこそこに私室へと足を向けた。


朝廷の離れにある太子の私室の近くまで行くと、決まって人の気配がなくなる。見張りや護衛の姿もなく、不思議とそこは静かなのだ。僕は戸の前に立つと、コンコンと二回ノックをした。


『入れ』


(あれ?)


おかしいな、いつもだったら出迎えるか「入っていいよ」なのに。また何か変なこと企んでたりしないだろうな。


「失礼します」


密やかに戸を開け、そして閉める。部屋の主はずっと奥、どうやら今日はジャージではなく正装らしい。それを自覚すると自然と背筋が伸びた。権力者を象徴する服装だから当たり前だが。


「こちらへ来い、妹子」


「はい」


……やっぱり、なんだかおかしい。雰囲気というか、声の感じも、普段の太子とまるで違う。なんと表せばいいのだろうか、僕の頭では上手く答えを見つけられなかった。


太子の前に用意されたやたらふかふかした座布団に座り、正面の太子をじっと見据える。彼は今桔梗色の衣を身に纏い、色とりどりの宝石があしらわれた首飾りを下げ、アイスの棒ではないちゃんとした尺を持ち、僕を見ていた。


「…太子、その格好をしているということは、外交を控えておられるのですか?」


「いいや、外交自体は既に終わった。今回は実に収穫が多く得られた。いずれまた遣隋使を派遣せねばな、その時にはお前にも行ってもらうことになるだろう」


「そうですか、光栄でございます」


何このすごく「上司と部下」って感じの会話。僕も必要以上に敬語使っちゃってるし、太子は太子で全然違うし!アンタの普段のアホさ加減はどこに置いてきたんだよ!もしかして頭でも打って人格変わったとか…。いやいや落ち着け僕。


まだ太子が仕事モードから切り替わってない可能性があるじゃないか、希望は捨てちゃいけない。


「時に、妹子」


「なんでしょうか」


「私は今少々疲れている」


「布団をお出ししましょうか?」


「いや、それには及ばん。妹子、私の膝の上に来い」


「は、え!?」


太子はぽんぽんと膝を叩いて催促してきた。


「どうした、来ないのか?」


「え、ええっと…」


いかん、太子が妖しい色香を発しながら薄い笑みを浮かべている。どうしよう逆らえる気がしない。


「あ、じゃあ…おじゃまします…」


いくらするのか考えたくもない正装の上に座るなんて、僕はなんてことをしているんだろう。普通だったら厳罰ものだ。


「ふふ、そんなに固くならなくともよい」


「この状況で固くなるなっていう方が無理ですよ…」


うう、ジャージならまだしも正装だから嫌でも身分を意識してしまう。この人がいくらアレでおバカだとしても、倭国の皇子で摂政だってことは変わらないのに。こうして視覚で認識させられると、緊張しちゃうというかなんていうか。


そんな僕の複雑な心情を知ってか知らずか、太子は背中に腕を回して抱きしめてくる。


「相も変わらず抱き心地が良いな、妹子。これだけで疲れが抜けていくぞ」


「そ、それは良かったですね…」


近くなったせいで、お香の香りがよく分かる。上品で柔らかい香りは普段のカレー臭をなかったように見事に消し去っていた。


(うーん、でも。なんだか物足りないかも。いや別に臭い方がいいとかそういうんじゃなくて、そりゃいいにおいならそれに越したことはないけれど)


「そんなに嗅ぐな。照れる」


「ぎゃっ、すみません!」


「はは、忙しい奴だ」


そう言って頬を撫でられた。恋人にする行為、というよりは「寵愛」のような気がして、こっそり首を傾げた。


「あ、あの、太子」


「なんだ?」


「着替えないのですか?いつもならすぐに脱ぎたがるのに」


「この格好の私は嫌いか?」


「いっ…いえ!そそ、そんなことはないですけど!」


嫌いじゃなくて、むしろムカつくくらい似合っててかっこいいけど、正直言ってやりづらい。正装でも普段通りの話し方だったらもっと普通に話したりツッコんだりできるのに。
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