新作部屋

□恋愛急性不整脈
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今日も真面目に筆を走らせる僕は、女という点を除けば普通の役人。他の人と違う点を挙げれば、


「いーもこっ!」


この倭国の皇子で摂政である聖徳太子の「お気に入り」であること。


「嫌っ、太子…また来たんですか」


「開口一番嫌って言われた!」


本気でショックを受けている太子には悪いけど、実は嫌じゃない。むしろ会えて嬉しいはずなのに、天の邪鬼な性格が災いしていかにも嫌がっている顔を作ってしまう。


「で、太子。何の用ですか。僕はこの通り忙しいんでちゃっちゃと言ってください」


「部下のくせに生意気だ…。そんな妹子にはカレー作りの罰を与えるからな!」


「なんですかその罰は…というか太子が食べたいだけでしょう」


「ふーんだ、摂政命令だもんね!言うこと聞かない奴はジャージをブルマにしてやるからな!」


うわぁ、この人ならやりそうで怖い。ブルマなんてパンツとそう変わらないじゃないか!セクハラだ!


「それだけは止めろ!作ってあげますから早く出てけ!」


「押すなコノォ〜!」


嵐が過ぎ去った後のように静かになった部屋で、僕は海の底より深いため息をついた。


「ああ…また可愛くない態度を取っちゃった…。嫌ってなんだよもうぅ…」


そう、僕は太子に恋をしている。だから会いに来てくれるのが毎回楽しみなんだけど、この有様。自分でも思ってるけど言動が可愛くないし生意気だし、世の男性が求める貞淑さなんて欠片もありゃしない。いったいどこに置いてきてしまったんだろう。


「もっと上手く話せるようになりたいなぁ」


そうすれば、ちょっとは僕のこと見てくれるかな。でも僕は男で通してるんだし、恋愛対象には見てもらえないかも…。


「太子…」


好きだと気づいたのは少し前。


仕事絡みのことで落ち込んでいた時、いつのまにか太子が横に座っていて、何も言わずにそばにいてくれた。聞いたってちっとも楽しくないだろうに、辛抱強く愚痴を聞いてくれた。


「妹子、少しは楽になったか?」


「…はい」


「あっ、そうだ。これあげる」


ポケットから取り出したのはキャラメルだった。受け取って包みを剥いで口に放り込めば、甘さに口元が綻んだ。


「美味しい?」


太子と目を合わせてこくりと頷いた。


「そっか、良かったな」


そう言って、微笑む太子は眩しくて。じわりじわりと心が色づいていって。染まりきった頃にはもう、好きだった。


あの人といるとドキドキする。職場にかっこいいと思う人はそれなりにいるけれど、心は全然動かない。


名前を呼ばれるだけで心臓が跳ねて、笑いかけられるそのたびに好きな気持ちが溜まっていく。小瓶に溜まった気持ちを、渡すのはいったいいつだろう?



「ふぅ〜、今日も無事に終わった」


伸びをして帰り支度を終え、戸を開けたら、


「よっ、おつかれー」


「太子…ストーカーみたいに出待ちするのは止めてください」


「ストーカー違うもん。これから妹子ん家にカレー食べに行くんだもん」


「う、うげえぇ〜…ついてくるんですか…」


「嫌と言ってもついてくからな!」


「悪いんですけど、材料を切らしてたのを思い出したので買い物に行かなきゃいけないんですよ」


「ついてくったらついてく!」


「分かりましたよ…まったく」


そんなわけで人が賑わう市場にやってきたのだった。


「えーと、にんじんとじゃがいもがなかったっけ。ついでに色々買っとこうかな」


「ねー妹子、このおまんじゅう買って」


「ダメです」


「ぶ〜、ケチんぼ」


「アンタのわがままに付き合ってたら荷物増えるでしょうが」


買い物を済ませたらけっこうな重さになってしまった。両手で持ってもずしりとくる。


「重いの?持ったげるよ」


「え、あ…」


力がないと記憶していたけど、太子は軽々と片手で荷物を持ってくれた。


「だ、大丈夫ですから返してください」


「いつも妹子にわがまま聞いてもらってるからな、このくらいはしないと。素直に甘えとけ、ひ弱妹子」


「ひ弱は余計です」


……なんだかんだ言って優しいんだよなぁ、この人。


「ねぇねぇ、今日は何のカレー?」


「ポークカレーですよ」


「わーい!」


子供みたいに無邪気に笑う太子。この笑顔が見たくてついついわがままを聞いてしまうのは惚れた弱みってやつ。
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