新作部屋

□桜色の約束
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厳しい冬は終わり、草花も動物も人も待ちわびた季節がやってきた。寂しげだった飛鳥の景色は瑞々しい緑に覆われ、様々な花が次々と蕾を綻ばせている。


そんな身も躍るような季節にやることはひとつ。


「花見するぞ、妹子!」


「えぇ〜…竹中さんと行けばいいでしょう」


仕事を抱え、目の前の妹子はうんざりした顔を私に向けた。


「お前とじゃなきゃ嫌なの!綺麗な景色は妹子と一緒に見たいんだよ!」


いわゆる特別な人と見た景色はトクベツ、ってやつ。こいつは恋人のイロハを何も分かってない。


「ねっ、いいものあげるから」


「どうせ石とか草とかそんなんでしょう」


「あげないよ、お前じゃあるまいし!とにかく早く行かないと散っちゃうから、明日の十一時に迎えに行くからな!」


というやり取りを昨日にして、おてて繋いでお花見デート。春眠暁を覚えずとはよく言ったもので、思わず昼寝してしまいそうな陽気だった。


冬が終わって暖かくなったせいか、寒がりな妹子は心なしか機嫌がいい。着膨れ妹子も可愛らしいが、私があげたノースリジャージを律儀に着る姿もまた愛おしい。なんてことを思いながら妹子を見つめていたら、キモいとばかりに睨まれた。でもそのくらいで見るのを止める私じゃない。


ふわり、と春風が妹子の栗色の髪を揺らす。髪を撫でたいな、と思ったけど今は手を繋いでいるから最短距離で撫でることはできない。一瞬動きかけた右手を戻して、左手にわずかに力をこめる。


「うわっ、手汗キモッ」


日差しはこんなに暖かいというのに、お前の言動は今日も氷点下。ちょっぴりブルーな気持ちになって、手汗を嫌がるくせに決して自分からは振り払おうとしない妹子の気持ちに気づいてほっこりした。


「嫌なら放せばいいのに」


「…別に、嫌とは言ってませんよ」


あ、今目を逸らした。照れ隠しする時の癖。ずっと一緒にいるから分かる。私の癖も、多分妹子は分かってる。


「そっかぁ」


「ヘラヘラすんな」


今日も妹子が可愛いと思う私の頭はまさに常春なのかもしれない。


ゆっくりゆったり歩いて、目的地の桜並木の道に着いた。道のそこら中に花びらが舞い散って、まるで桃色の絨毯を敷いたみたいだった。


「見事なものですね」


「ああ、見られる期間は短いけれど、綺麗だよな」


「でも、散ってしまうのは寂しいものです」


「葉桜も私は好きだな。それに、散るからまた咲けるんだ。別に寂しいことじゃないだろ、来年もきっと咲くんだからさ」


木から少し離れた場所にシートを敷いて、桜を眺めながら私たちはお弁当を食べ始めた。ひらりひらりと風に舞う花びらは宙を旅し、やがて力をなくして地面へと落ちる。またひとつ、またひとつと数え切れない花びらが風にさらわれていく。


「そういえば、アンタが持ってきたそれ、なんですか?」


「よくぞ聞いたな、妹子」


手提げの袋の中から酒瓶と二つ杯を取り出す。


「花見といったらやっぱこれだろ!」


「昼間っから飲酒ですか…」


「いいだろ、休みくらい飲んだって!いいから飲んでみって飲んでみって!」


とぷとぷと透明な酒を杯に半分くらい注いで、ずいと妹子に押しつけた。顔をしかめたまま妹子はそれを受け取って口に含み、やがて表情が和んだ。


「…おいしい」


「だろう?私の秘蔵コレクションから選んだんだ。妹子、あんまり強いお酒飲めないからさ、おいしくて飲みやすいのなら喜んでくれると思って」


「それは、どうも」


短く言葉を切って、また喉に流し込む。私も注いでこくりと飲み干せば身体の真ん中が熱くなった。桜を見て、私の持ってきた酒で喜ぶ妹子を見て、おつまみ代わりにおかずをつついて。


風はそんな私たちをからかうように、ひゅうひゅうと笑いながら駆けるのだ。
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