新作部屋
□そばにある熱
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剥き出しの顔に吹き付ける風は冷たく、ジャージのポケットに手を突っ込んで私は妹子の家に向かっていた。
「あー…寒っ」
厚い雲が空を覆っている。この寒さだと雨じゃなくて雪になりそうだ。おお、寒い寒い。雪は綺麗だから好きだけど、寒いのはなんとかならないかなぁ。
ぶるぶると身を震わせ、歩を早めた。早く妹子ん家のおこたであったまらないと凍死しちゃうよ私。
ああ、それにしても寒いなぁ。なんだか妙に寒気がするし、身体もだるいし…。
ちら、ちら、と視界に白いものが映る。
「あ、雪だ…」
積もったら妹子を誘って雪合戦しよう。そんで雪だるまもたくさん作るんだ。
「……」
妹子の家の玄関が見えた。あと少しだというのに、身体がふらついて上手く前に進めない。
「…さむい、いや……暑い…?」
呟いたところで立っていられなくなり、ずるずると地面にくずおれた。
(意識が…混濁していく…一歩も動けない……妹子…)
その時、扉が開けられる音がした。
「…っ、太子!?」
(あ…)
「太子、しっかり…しっかりしてください!」
「…い、もこ……」
「太子、どうしたんですか!?」
「さ…む、い」
おでこに妹子の手が当てられる。いつもは私の体温が低いせいでとても温かく感じるその手が、少し冷たく感じた。あれ、こいつの手…こんなに冷たかったっけ。いや、違うな…私が熱出してるんだ。
「と、とにかく運びます!」
勢い良く持ち上げられ、立場的には癪だが素直に身体を預けることにした。
布団と毛布に包まれてもまだ寒気がして、がたがた身体が震える。
「太子…大丈夫ですか?」
「だい、じょうぶ、じゃない」
寒さの余り歯がカチカチ鳴って発音が阻害される。こんなにひどい風邪を引くなんていつぶりだろうか。襲われてケガさえしても、病気はしない方だから余計ひどいのかもしれない。
「とりあえず解熱剤飲んでください、少しは楽になるはずですから」
「…ん」
口に錠剤が放り込まれ、注がれる水をごくりと飲み干した。熱で乾いた喉に心地よく染み渡っていく。
「まったくもう…真冬にジャージ一枚なんて格好だから風邪引くんですよ」
(…心配かけてごめん)
「辛いですか、太子」
(うん)
「…あ、汗ひどいですね。ちょっとタオル取って……」
立ち上がろうとした妹子の袖を掴む。
「太子?」
「…いか、ない、で」
「大丈夫ですよ、すぐ戻ってきます」
「い、やだ、そば…に、いて」
「太子…」
掴んだ手が、妹子の手に握られた。良かった、いてくれるんだ。今一人になったら心細くて死んじゃいそうだったから。
「今は眠ってください、それまでずっとついていますからね」
「うん…」
握りしめられる手の感触を感じながら、眠りの中へと沈み込んでいった。
*
目の前には扉があった。微妙にいびつな形をしていて、周りの風景――といっても壁しか見えないが、それも歪んでいたり人の顔のようなものが浮き出ていた。
(夢の中…?)
扉を開ければ長い廊下らしき場所に出た。建物の中だということは分かるが、窓も他の部屋に続く扉もない。薄汚れた灰色の壁が時折意思を持っているかのように蠢く。
(なんだ、ここ。気持ち悪い)
早く抜けてしまおうと歩みを早める。しかし、足が妙に重い。見えない何かに足を掴まれているような感じがして下に目線を落とすけど床が広がるだけだった。
(早く、早く!)
やっとのことで次の扉にたどり着き、終わりを願って扉を開けた。だけど、そこには――
(……何も、ない)
そこは闇だった。闇だというのに、自分の姿ははっきり見える。振り向くと扉は最初からなかったかのように消え失せていた。
(どうしよう、どっちへ行ったらいいんだろう。いつになったらこの夢は覚めるんだ)
足取りが水の中を走っているように重くなっていく。行けども行けども闇ばかりで、このまま果てがないのかもと思えてきた。
(…もう、歩けない)
がくりと膝をつき、黒の中にうずくまる。どんなに目をこらしてみても黒の彼方に色を見つけることはできず、早く覚めてくれと目を閉じる。
(いつまで続くんだろう、この悪夢。恐ろしいものに追いかけられたり殺される夢はまだいいよ、さっさと終わってくれるから。でも…ここまで夢が続くなんて)
もしかしたらここは夢じゃなくて現実なのかもしれない、と思い始めて目を開けたその時。
(…!)
かすかに。そう、ほんの微かに光が見えた。遙か遠くに、目をこらさないと見えないくらいの小さな光。
(まだ、歩けるよ)
立ち上がり、光を目指して歩く。そのうちに走り出す。
(きっと、あの向こうにあの子がいる)
光が目の前に迫る。手を伸ばして勢い良くそこに飛び込んだ。
(妹子!)
*