新作部屋

□ひとつまみの優しさ
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よく晴れたある日、僕は運動がてら散歩をしていた。頬を撫でる風は心地好く、たまにはこんな穏やかな天気の下でゆっくり昼寝をするのも悪くないな、と思った時だった。向こうから見覚えがありすぎる青いジャージの人物が走ってきた。


「ハッハッハ」


「太子が笑いながら走ってる」


今日は何か嬉しいことでもあったのだろうか、声をかけようとして太子と目が合った。明るい笑い声とは裏腹にその目は涙で潤んでいて、僕は話すべき言葉を失ってしまった。


「ハッハッハッハッハ」


そのまま太子は僕の横を通り過ぎ、どこかへ行こうとしているようだった。一瞬逡巡して、僕はその背中を追いかけた。


「太子!」


走って追いついた肩に手をかける。振り向いた顔は引きつった笑みを浮かべていた。


「な、なに?」


「ちょっとこっち来てください」


太子の手を引っ張って河川敷の芝生の上に座るように促し、僕は太子の右横に腰を下ろした。三角座りをした太子は膝に顔を埋め、僕の方を見ようともしない。


「太子、さっき泣いてたでしょう」


「……泣いてない」


「何かあったんですか?」


「何もない」


「バレバレの嘘つかないでください」


「嘘ついてないもん」


……なんだこのでっかい子供は。下手すれば僕より意固地なんじゃないだろうか。僕は小さくため息をついた。


「妹子には関係ないだろ、あっち行けよ」


「嫌です」


この分じゃ泣いてる理由は聞き出せそうもないな。かといって放ってはおけず、このまま横にいることに決めた。


「……」


「………」


太子が頑として何も言わないものだから、手持無沙汰になってその辺の石を川に向かって放り投げた。石は数回水面を跳ねて見えなくなった。


「太子…」


膝を抱える手に自分の左手を重ねる。びく、とその手が震えた。


「どうして何も言わないんです」


「……」


「…貴方はいつも僕が辛い時にそばにいてくれるのに、随分と都合がいいんですね」


重ねた手に力がこもる。


「太子が辛いと、僕も辛いんですよ。素直に泣けばいいのに、どうして笑ってごまかしていたんですか」


「………」


「ねぇ、太子」


「…………」


「僕は貴方のそばにいますから。だから、少しくらい寄りかかってもいいんですよ。ちっとも恥ずかしいことじゃないんです。……それとも、僕はそんなに頼りないですか?」


「………いもこ」


小さな声。ようやく太子の顔が上げられる。その顔はやっぱり涙でぐしょぐしょだった。僕は胸に太子を抱き寄せ、背中をゆっくり優しく撫でてやった。


「――っ、う…」


震えと、嗚咽。服がだんだんと湿っていくのに構わず僕はただ太子を抱きしめた。


「太子…」


誰が貴方をこんなに傷つけたんですか?何が貴方をこんなに悲しませたんですか?


子供じみた理由ですぐ泣く貴方が、こんな風に声を詰まらせて泣くなんて。「泣いてはいけない」と自らに言い聞かせているようで、僕もなんだか泣きたくなってしまった。


「大丈夫です、太子」


根拠はなかったけど、そう言いたかった。


結局太子は日が暮れるまで泣き続け、今は僕と手を繋ぎながら鼻を啜っている。気恥ずかしいのだろうか、さっきから一言も発しない。


「……妹子」


「はい?」


「…ありがと」


「どういたしまして」


帰ったらこの服着替えないとなぁ、太子の涙やら鼻水やらでびしょびしょだし。あ、そうだ。どうせだからカレーも作ろう。きっと泣き疲れてお腹空いてるだろうし。カレー食べたら、笑ってくれるかな。泣き腫らした顔を見上げながらそう思った。


家に帰って大盛りカレーを食べた後にやっと笑ってくれたから、僕はほっと胸を撫で下ろしたのだった。


→あとがき
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