小説:拍手用番外編

□Hi ya ya ヨルムナル
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 仕度をして外に出ると、朝の冷たい風がぼくらを包むように吹き抜けた。

 「おー、涼しいですね」

 凝った体を解すようにおおきく伸びをしてから、海のほうへゆっくり歩き出す。

 ジュンスは何も言わずに黙々と歩を進めていた。
 いつもなら怒っていることを態度に出すのに、拗ねた顔すら見せないのが逆に不気味だ。

 何考えてるんだろ。もしかしてなんにも考えてなかったりして…

 「ヒョン?」

 「何?」

 「怒ってます?」

 ぼくの言葉に振り返ったジュンスは、きょとんとした目をしていた。

 風が彼の髪を靡かせて、朝日に照らされたその輪郭を鮮やかに映し出す。

 「え?何を?」

 あっさりしたこたえが返ってきて、ぼくは思わず含み笑いを漏らした。

 気にしてないな、これは…
 心配して損した。

 「何をって。昨日約束してたのに、寝ちゃったじゃないですか」

 「ああ!怒ってないよぉ、見ればわかるでしょ。調子よくなった?」

 「ええ、お陰さまで。まぁ疲れてただけですしね。ホントにすいませんでした」

 見てもわからなかったから訊いたんですけどね…
 まぁまぁ、怒ってるんじゃなくてよかったですよ。逆に全然気にしてないっていうのはこの人らしいかもな。

 ただ、約束を守れなかったのは完全にぼくに非があることなので、反省の意を込めて頭を下げた。

 ジュンスは焦ったような声でこたえる。

 「謝らなくていいって!ぼくも調子が悪いこと全然気づいてあげれてなかったし…」

 「そういう問題じゃないですから。今日は一日、ジュンスヒョンの言うこと何でも聞きますよ」

 気づいてなかったなら、ぼくの調子が悪かったことを誰に聞いたんだろう?
 ユノはたぶん知らなかっただろうし、昨日ぼくはジェジュンとはあんまり話す機会がなかったから…

 ユチョンめ。何が"そのまま放置して帰ってきたら寝てた"だ!確信犯だな、おもしろがって…
 このぶんじゃユノに"うまいこと言っておいた"のも、何をどう伝えてくれたのかわかったものじゃない。

 ぼくがそんなことを考えている間、ジュンスはひとりで百面相をしていた。

 そんな赤くなるようなこと言いましたっけ?
 昨日のお詫びに言うことなんでも聞くって言っただけで、別に…

 「ヒョン、まさか如何わしいこと考えてませんよね?」

 赤みの差していた頬が完全に赤くなる。

 あらら、顔に出ちゃってますよ、ジュンス。
 自分でわからないものですかね?

 「なっ、かっ、考えるワケないだろ!」

 そんな必死になることないのに。声も裏返ってるし。
 まぁ、この可愛い顔に免じて、深く掘り下げるのはやめてあげましょうか。

 たぶん、大した如何わしさじゃないんでしょうし…

 「よかった。今日起きたとき、ぼくはついに夜這いされたのかと思いましたよ」

 ぼくを見て固まるジュンスの瞳。

 有り得ない、と思ってるんだろうか。
 そんなこと考えてもみなかったのかな。

 いつまでも彼がポカンとしているので、なんだか可笑しくなって笑ってしまった。

 「何でいっしょに寝てたんですか?」

 「えっ?さ、さぁ?よくわかんないけど、いつの間にか…」

 「いつの間にかって何ですか。そもそもジュンスヒョンの部屋じゃないでしょう」

 ぼくが寝てるのを見て部屋に帰ればよかったのに。
 よくわかんないって…そんなあやふやな誤魔化しかたされても…

 「チャンミンのこと迎えに行ったらユチョンが出てくところでさ、チャンミンが調子悪くて寝てるから見ててって頼まれたんだよ。それで見てたんだけど、いつの間にか…」

 寝てるから見ててってどういうことだよ、病気の子どもじゃあるまいし。
 完全にユチョンに遊ばれてるな、この人…

 その期待に応えるようにそのままぼくのとなりで寝ちゃったのか。
 そう思ったら堪らなく可笑しくて、思わず笑い声をあげた。
 
 「いつの間にか布団に潜り込んでいっしょに寝てたんですか。さすがですね、ヒョン」

 「何がさすがなんだよっ」

 「いやいや、ヒョンらしいっていうか、なんていうか」

 なんて能天気なんだろう。
 いつの間にか眠れるものなんだ、ぼくのとなりで。あんな天使みたいな顔して。

 ふつう寝るかな、そういうとき。眠いって感じたら部屋に戻るものじゃないのか?
 しかも布団に潜り込むなんて。どんだけ自由なんですか、ホントにもう。

 ぼくのことすきなんだったらもうちょっと、緊張感とかないのかな?

 「なんか、こんなことぼくが訊くのもどうかと思うんですけど」

 その言葉に、ジュンスがまっすぐな眼差しを向けてくる。
 彼の無邪気な表情がぼくのなかの嗜虐的な部分を煽っていることに、この人はいつになったら気づくんだろう?

 「そういうときって、ちょっとくらいムラムラしたりしないもんなんですか?」

 「………は?」

 あまりに思い通りのこたえが返ってきたので、笑いがとまらなくなった。

 なんでこんなにおもしろいんだろ。
 なんかもう、反応のひとつひとつが、堪らなくって…

 ワケわからんという表情から、徐々に何を言われたのかわかっていく様子も。
 すべてを理解できたときに耳まで真っ赤にして動揺を見せる仕種も。

 何もかもが可笑しくて、可愛くて、いつまでも揶揄っていたいと思ってしまう。

 ジュンスがようやくまた口を開けるようになる頃には、ぼくは笑いすぎて乱れた息を整えていた。

 「な、ばっ、何言って…そ、そんな、おまえっ、む、むら…」

 ああ、今苦労して抑えてたのに…
 あまりに露骨な態度を見せるジュンスの支離滅裂な言葉に、また笑いが込み上げる。

 これが揶揄わずにいられるか!
 据え膳食わぬは男の恥ですよ!(ちょっと意味不明ですね、すいません)

 「だってぼくのことすきなんですよね?ふつう、すきな人と同じベッドの上にいたら、やっぱり多少は」

 「だぁー!やめろっ!そんっ、そんなこと、考えたりしないよっ」

 「ふぅーん。そういうものですか?」

 ホントに全然考えないのかなぁ。別に考えてほしいわけじゃないけど…
 なんだか純粋すぎて、逆に心配にさえ思えてくる。

 ぼくとつき合いたいとか思ってるのかなぁ。がんばりたいとは言うけど、さてはて何をどうがんばるつもりなのか…
 ジュンスはほんとうに、ぼくに恋をしてるんだろうか?

 彼はあからさまにぼくから目を逸らし、舗道の脇を固める石壁の向こうを半ば必死の形相でみつめている。

 そんなに海がすきですか。
 さっきまではあんまり興味なさそうだったのに。

 ぼくがすぐとなりに立ってもこちらを見ようとしないので、彼に聴こえるようにはっきりと、でも穏やかな声で話しかけてみる。

 「ヒョンはぼくのどこがすきなんです?」

 一心に海をみつめるジュンスの目が、青いその線の上で泳いだ。

 テキトーにすきなところを挙げてくれれば、それでいいんですけど。
 どこまで本気なのかなって思っただけだから。

 勿論、これまで彼が苦しんできたのも、真剣に悩んできたのも知ってる。
 ジュンスがぼくをすきだって言うなら、確かにそうなんだろう。

 だけど、なんだなんだ言って直接そう言葉にされたわけじゃないし…

 「どこもすきじゃないっ」

 ジュンスは意地を張った子どものように上擦った声を上げた。

 そんなムキになることだろうか?
 もうバレてるんだから、今更照れることないのでは?

 本気じゃなければいい、と思うこともあった。
 ジュンスの気持ちが冷めてしまえばいいと。
 そうすれば傷つけなくても済むから。

 それでも、こういう顔をされると心が浮き立つような気がするのは…

 すきじゃないと言われてすこし切なくなるのは、どうしてなんだろう。

 「何で黙るの」

 ジュンスはすこし焦れたように訊いてくる。

 「ホントなのかな、と思って」

 「ホントなのかなって…」

 冗談にしてしまえるようなことならよかったのに。
 それがあなたのことを傷つけるってわかってなければ、ぼくはそうしたでしょうね。

 でもぼくは今でも、傷つけたくないと思ってしまう。
 ジュンスが大切で、とても愛しいから…
 メンバーとして、この人のことがすきだから。

 「どうしてぼくなんですか?」

 ジュンスの瞳が混乱に歪む。

 ぼくは彼の目をじっとみつめていた。
 ジュンスがぼくの言葉から逃げないように。
 自分がジュンスの気持ちから逃げないように。

 「どうしてって…」

 「だってジュンスヒョンって、ユチョンヒョンとかウニョクヒョンとのほうがよっぽど仲いいし、ぼくとはあんまりいっしょに遊んだりしないじゃないですか」

 「それは、だって…そんなの………」

 自分の気持ちに説明がつかないのか、悩み込むように声を萎ませるジュンスを、ぼくはただ待った。

 ぼくの何がそんなに特別だっていうんだろう。
 ジュンスのまわりにはもっと個性的で魅力に溢れた人がたくさんいる。
 何もこんな平凡な、なんのおもしろみもない男を選ばなくても、もっと楽に、もっとしあわせになれる道がいくらでもあるのに。

 しあわせになってほしい、と心から思っている。
 だけどそれでも、自分勝手なぼくの心は、ジュンスがぼくをすきでいてくれることが、うれしかった。

 ぼくを見る純真な瞳、揶揄うたびに赤くなる頬。
 ぼくの言葉にすぐ反応して表情を変える様が、堪らなく愛しい。

 こんなわがままが彼を苦しめるかもしれないのに。

 まだ困った顔をして考え込んでいるジュンスがさすがに気の毒に思えて、ぼくは冗談めかして笑った。

 「顔が特別カッコいいから、とか言ってくれないんですか?」

 「はっ?!」

 「褒めちぎってくれると思ったのにな。性格が素晴らしいとか、頭が切れて素敵とか。いろいろあるでしょう?」

 それでも、この人を取り巻く環境のことを思えば、至ってふつうですけど。
 ジュンスのまわりの人はとにかくすごいからなぁ。いろんな意味で。ジュンスも含めて。

 自分はこんなに取り柄がなくてこれから先やっていけるんだろうか、と訝った。

 「ちゃ、チャンミンに褒めるとこなんてないよ!性格は悪いし、態度はおおきいし、顔だって老けてきたし、せ、背も伸びすぎだし、あと、あと声もなんかやたら高いし…」

 はぁー?!

 ちょっと待って、ちょっと待って、これって悪口を言われてるんですよね?!

 ぼくはどうしようもなく押し寄せる波に襲われて、冷たい石壁に頭をつけて笑った。

 もっとあるでしょうよ、悪いところくらい。
 背が伸びすぎ?声が高すぎ?!
 なんか褒められてるみたいに聴こえるんですけど?

 乱れた息をなんとか整えながら、笑いすぎて潤んだ目でジュンスを見る。

 「苦しいなぁ、もう。あなたってホントに…それでぼくの短所を言ってるつもりなんですか?褒めるところがないなら何でぼくのことすきなんです?」

 「な、うっ…あ、それは…」

 変な吃りかたをするジュンスに込み上げる笑いを抑えておくことができなくて、可愛い顔で睨まれながら肩を震わせる。

 言葉にされなくたって、こんな反応をされたら自惚れてしまうじゃないか。
 もう一回、すきじゃないって言えばいいだけのことなのに。
 どこまでも素直な人。

 彼の気持ちは、混乱とともに救いを、ぼくに齎した。

 チームを組んで三年が過ぎ、五人でいることが当たり前になった今でも、ぼくはずっと孤独を感じていた。
 誰にも言えない、理解してもらえるようなものではない不安。優しくて明るいヒョンたちに囲まれていても消えない疎外感。

 ジェジュンとユノ、ユチョンとジュンスという絶対的な親友二組の下で、どこか自分は余っているような、必要とされていないような寂しさを、いつも心に抱いていた。

 経験も浅く、夢を見はじめたのも遅かった自分が、個性も実力も格の違う四人のヒョンの足を引っ張る存在になっていないかと、邪魔になっていないかと…
 
 いつも、ずっと、怖かった。

 
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