小説:拍手用番外編
□クリゴ…Holding back the tears
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キッ、と音を立てて車がとまった。
おれが寝ていると思ったのか、マネージャーがすこしおおきな声で呼び掛ける。
「ユチョン?着いたよ」
気怠く感じながら体を起こし、荷物を持って彼に頭を下げた。
「ありがと、ヒョン。お疲れさま」
「お疲れさま。明日12時に迎えにくるからね、みんなにそう伝えておいて。ゆっくり寝なよ、ユチョン。おやすみ」
「ん。おやすみ」
車を降りて、おれが疲れていることを気遣ってくれたマネージャーに手を振って、仲間が待つ部屋へゆっくり歩いていく。
みんなもうご飯食べちゃっただろうな。
風呂も入って…もしかしたら寝てるかも。
そうじゃなくたって、おれがいないほうが都合がいいよな…
歌でも書こう。
そう思いながら静かに玄関のドアを開け、なかに入る。
リビングから漏れる光に、すこし切なくなる。
覗き込むと、見慣れた四つの背中が見えた。
寄り添うようにソファに座るユノとジェジュン。
床に胡座をかいてゲームをしているジュンスとチャンミン。
押しとどめておけない寂しさが、心をじわじわ侵食していく。
おれは、孤独には慣れてるつもりでいた。
今までだってずっとひとりでやってきたし、充分おとなになったから。
だけどきっと、この四人と出逢って、特別な存在になって、気づかないうちにもうずっと、孤独じゃなくなっていたんだ。
そばにいてくれて、守ってくれて、頼ってくれて、必要としてくれて、愛してくれて…
当たり前におれの孤独を消してくれていたんだ。
込み上げるものを感じて、ぐっと息を飲んだ。
また舞い戻ってくる涙を抑える。
その輪に踏み込めずにいる足が疼く。
ひとりでいたくない。
ここにいてもいいんだって感じたい。
これからも何も変わらないんだって…
たぶん、おれの足が音を立てたんだろう。
ソファに座っていたジェジュンがふいに振り返って、こちらを見た。
「おー、ユチョーン。お帰りぃ」
その声にみんなが自分のやってることを一旦やめて振り返る。
まずジュンスの眩しい笑顔が見えた。
「お帰り、ユチョン!待ってたんだよぉ。早くお風呂入っておいでよ、ゲームしよ!これさぁ、チャンミンがさぁ」
次にチャンミンの呆れたような見慣れた表情が目に入る。
「ジュンスヒョン、ユチョンヒョンは疲れて帰ってきてるんですよ?ゆっくりさせてあげようって気持ちはないんですか?ところでユチョンヒョン、不本意ですけど晩ご飯残してありますから」
ユノも労うようにほほえんでくれる。
「疲れただろ、ユチョン。がんばったな!うまくいった?しんどくなかったか?どうする、先に飯?風呂?それとも…」
「ちょっと、ユノ!それじゃ奥さんみたいだよ」
しょうもない妬きもちを妬いたジェジュンに肘打ちを喰らいながら、ユノは笑う。
「あは、奥さんっぽかった?ユチョン、とりあえず荷物置いておいでよ。ご飯の用意しとくから」
「待て待てユノ、わかった、おれがするから。お願いだから台所にさわるな。ユチョン、お風呂からにする?お湯張ってきてあげようか?今日は一日撮影だったから足浮腫んだでしょ」
「ヒョン、ご飯残しても大丈夫ですからね。任せてください」
「チャンミンはさっき四杯食べたでしょ!それよりさユチョン、このゲームチャンミンが…ユチョン?」
いつまでも四人の顔を見ていたいと思ったけど、顔を上げていられなかった。
さっきまで目を閉じれば我慢できた涙が、ボタボタと床に吸い込まれるように落ちていく。
「ねぇ。ユチョン、泣いてる」
「えっ?!どうした、何があった?!」
パタパタと寄ってくるふたつの足音。
前からジュンス、後ろからユノに抱きしめられ、その暖かさにまた涙が込み上げた。
「ごめ…なんでもない。なんでも…」
「なんでもないことないだろ。仕事でいやなことがあったのか?」
「なんだよぉ、ユチョン。どうしたの?」
頬を伝う涙のぬるい温度を感じながら、目を閉じた。
髪を優しく撫でるジュンスの手、宥めるように背中に置かれたユノの手の感触。
すぐそばで、ジェジュンの声も聴こえる。
「寂しかったんじゃないの?おれたちが先に帰っちゃったからさ」
「ああ…やっぱり待っててやればよかったなぁ。大丈夫か、ユチョン?つらいことあったらなんでも言えよ?」
「もーバカだなぁ、家に帰ればみんないるのにさぁ。何泣いてるのユチョン、子どもみたいだよ?」
ジュンスの細い腕に抱かれながら、チャンミンの声がしないのでもしかして嫉妬させてしまったかと思って、ちいさく顔を上げる。
彼はひとりキッチンに立っていて、おれと目が合うとふっとほほえんだ。
困ったように眉を下げて。
おれを気遣う柔らかな眼差しで。
こんなに愛されてるのに、どうして孤独だなんて思ったんだろう。
変わらないでいてくれるのに。
おれをいつも見ていてくれるのに。
ずっと怖かった。
誰かを信じることで生まれるリスクが、それに伴う痛みが、幼い頃からずっと。
誰も信じなければ深い哀しみもないと、心を閉ざしてきた。
だけど、今はこんなに信じられる仲間がいる。
信じさせてくれる親友たちが。
たとえそこに痛みや哀しみが生まれようが、もう怖くはないよ。
信じていきたいと心から思う。
この気持ちが決して軽くならないように、嘘にならないように、消えてしまわないように。
いつだって繋いで走っていく。
ねぇユファン、おれの帰る場所はここにもあるみたいだ。
寂しくないよ。しあわせだよ。
おまえの帰る場所もそこにあるよな?
今日もしあわせでいてくれることを祈ってる。
おれの帰る場所になってくれてありがとう。
「苛められたとかじゃないか?ユチョンは可愛いし、おとなしいし…」
「こいつはやられたらやり返すよ。それにユノ、可愛いってどういう意味で言ってるの?」
「えっ?いや、単純に褒め言葉として…」
頭の上でユノとジェジュンの話し声がする。
このふたりはつき合いはじめてからこういう会話ばっかりだ。
ジェジュンはやたらめったら妬きもちを妬き、ユノはそれにまったく気づかない。
「女子じゃあるまいし、同性に可愛いなんて褒め言葉ふつう使わないんだよ?大体、ユノはいっつも…」
「そうかなぁ、そういうもの?でも、ジェジュンも可愛いよ?」
「…そう?」
そして大概こんな感じで終わる。
あまりに当たり前で、毎日ここにあるしあわせが愛しくて、おれは笑った。
ジュンスがひょこっと顔を覗き込んでくる。
「今度は笑ってるの?なんだよ、心配してるのに。どういうこと〜?」
「ごめん、ありがと。もう大丈夫」
涙を拭ってジュンスからそっと離れると、テーブルについてコーヒーを飲んでいるチャンミンがひょいひょいっと手招きしてきた。
「コーヒー淹れましたから。どうぞ」
となりでジュンスが跳ねる。
「おっ、コーヒー!ぼくのは?」
「ないですよ、勿論。自分で淹れてください」
「ええー!何でユチョンのは淹れてぼくのは淹れてくれないの?ぼくだってヒョンなんだよ、チャンミン!贔屓はよくないよっ」
ぷりぷり怒りながら自分に詰め寄ってくるジュンスを、チャンミンは笑いながら押し退けた。
「ヒョンとしての出来の違いを考えれば贔屓もしたくなりますよ」
「何ぃ?!ユチョンのどこがそんなにヒョンらしいんだよ、ぼくのが面倒見てあげてるでしょ?ユチョンなんて、すぐ泣くし…」
「あなたがいつぼくの面倒を見てくれたんです?」
ここもいつもこんな感じ。
よっぽど調子がよくない限りジュンスが言い負けて、拗ねる。それをチャンミンはうれしそうに見ている。
ユノとジェジュンも、ジュンスとチャンミンも、くっつこうが離れようが騒がしいのは同じなんだな。
そこにおれがいても、変わらない。
ふたりの間に恋が挟まって、関係がより複雑で特別なものになっていこうとも、五人でいることの意味は揺るがない。
おれにとってみんなが特別な存在であるのと同じように、きっと彼らにとってのおれも大切な仲間なんだろう。
それが、なんだかうれしくて…そしてそんな単純なことをくよくよ悩んでいた自分が馬鹿らしくて、またすこし笑った。
この目の前に拓けた、高くもなく、低くもないその場所に、きっとまた違う自分が立っている。
満たされた、しあわせそうな、ちいさなほほえみで…
そこまで続く道程がどれほど長く、つらくても、となりを見ればいつだってほほえみ返してくれる人がいるから。
肩を叩き合える大切な仲間がいるから。
歩き続けていける。
夢を追い続けていける。
そばにいて、支え合って。
おれはいつも笑顔でいられるよ。
It has finished,
at 12:00 June 27,2012
With my all thanks for your reading