小説:Bigeastation編31~
□34:Bigeastation 34.
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宇宙語を話すこいつらからの返事はあきらめて、頼れるA型リーダーへ視線を投げると、彼も意味がわからないのか眉を下げて肩を竦めた。
「さ、そろそろお風呂入って、寝るぞ。誰から行く?」
ユノは笑いすぎ警報が出そうなふたりの背中をポンポンと叩いて、落ちつくように促す。
ユチョンは目尻の涙を拭いながらぜーぜー音を立てる息を整えた。
「はーぁ。おれ、後でいいやぁ。ちょっと音つくってくる」
「今から?じゃ、おれもつき合おうかな。何か淹れるよ。何がいい?」
ジェジュンも一頻り笑い終えたようで、足取り軽くキッチンへ歩いていく。
ぼくはソファの背に置かれたチャンミンの服の裾を掴んで、ユノに向きなおった。
「ぼくたちも後からにする。先行ってきて、ヒョン」
「ん?いいの?」
「うん。ゲームするから」
勝手にこの後の予定を決められたチャンミンは、目をまるくしてぼくを見下ろす。
「ぼくたちって、巻き込まれる意味がわかんないんですけど。またですか?一日に何時間やったら気が済むんです?」
「違うやつだからいいじゃん。ほら、ほら」
捕まえたままの袖口をぴんぴん引っ張ると、深ーい溜め息を零しつつ彼はこちら側へまわってくる。
「お熱いねぇー」
「ほどほどにね〜」
くすくす笑いながら、同部屋のジェジュンとユチョンはハーブティの香りとともにリビングを出ていく。
ユノはふたりを追っていく途中、ぼくの頭を撫でて、ちょっとだけ寂しそうにほほえんだ。
「じゃ、お先に。喧嘩するなよ」
なんだろ、今の顔。
デビューが決まったので宿舎で暮らします、って報告したときの、うちのお父さんみたい。
「で、何がしたいんですか、ヒョン」
チャンミンはなんだかんだ言ってやる気満々に、テレビの前に散らかっているソフトをいくつか手に取って見ている。
ぼくはユノの後ろ姿を見守りながら彼の声に耳を澄ませる。
「これ?それとも…あ、これこないだ買ったやつですか?どこまで進みました?」
パタン、と廊下へのドアが閉まった瞬間、ぼくは立ち上がって彼の背中に抱きついた。
「わっ。ちょ、あぶな…」
「ホントは、なんでなの?」
驚きを隠せないチャンミンを、肩の上からまわした両手でぎゅっと閉じ込めて、首の付け根に鼻を押しつけながら呟く。
ぼくにしか許されない場所。
他の誰にも知ってほしくない場所。
この人を抱きしめるこの景色は、ぼくのもの。
この人に抱きしめられる権利も、ぼくだけのもの。
「はい?なんですか?」
「なんでピアス開けないの?」
右の耳を擽るように訊いてみると、彼はぼくの腕のなかでちいさく身動いだ。
「いや、だから。たいして意味はないんですけど」
「髪は?なんで切ったの?」
「はい?なんですか、いったい」
鬱陶しそうに返事をしながら、その体勢のまま彼は右手を伸ばしてぼくの髪にふれた。
「何が言いたいの、ジュンス?長い髪のほうがよかったですか?」
ふたりきりのときだけに聞ける、名前を呼ぶその甘い声。
不思議だね、ぼくだけが知ってることもたくさんあるのに…
知りつくしたいという欲は、どこからくるんだろう。
足りないという思いはいつ満たされるんだろう?
「そうじゃなくて…こんなにいっしょにいても、知らないことっていっぱいあるな、と思ってさ」
横を向いたチャンミンと、至近距離で目が合う。
長い睫毛と綺麗な二重、高い鼻、細い顎、肌理細かい肌…
何層にも重なる茶色の瞳。
ぼくがそこに導かれる一瞬前に、体ごと彼が覆い被さってきた。
「チャンミ…ん…」
抱きしめたままごろんと転がされ、押し倒されたカーペットの上で、キスをする。
不安を感じてると思ったのかな。
そういうことじゃないんだけど…
あんなに苛めてくるのに、結局ぼくを思いやりたくてしょうがないんじゃん。
まーったくもう、可愛い奴。
愛しさと気持ちよさに委せて舌を絡ませていると、彼は窘めるように途中でそれを切り上げて、満足げに湿ったくちびるを笑みに歪ませた。
「うまくなりましたね、ヒョン」
「…え?何?」
「キスですよ。上手です、今の」
かーっと顔のほうに血が昇ってくる。
揶揄うように親指でなぞった後、彼は柔らかくそこに口づけた。
「髪を切ったのは、邪魔だからです。こういうときに」
…何その理由。ホントに?
冗談なの?
真顔でジョーク言うのやめてくれないかなぁ。
ただでさえ何言ってるのかよくわかんないときあるのに。
「日本語も上達しましたよね。最初はひどいものでしたけど…知らないうちに成長してるんですね、あなたも」
ひどいもの、というその言いかたは気に食わないけど、感慨深げにほほえむ瞳に見下ろされていると、自分と同じ気持ちでいてくれてるんだな、と感じられて、うれしくなる。
どれだけいっしょにいても、時を積むごとに増えていく、見たことのない新しい顔。
ぜんぶほしくて、だけど手に入らなくて。
そんなもどかしさも含めて、チャンミンと生きる時間がすき。
見慣れたところも、知らない部分も、チャンミンがチャンミンであるそのすべてがすき。
だからこそ、ぜんぶほしいのかな。
きみも同じようにほしがってくれるのかな。
だいすきって思ったぶんだけ、受け取ってくれる?
チャンミン、だいすき。
だいすき。だいすき。だいすき。
急にそれを伝えたくなって彼の瞳を仰ぎ見ると、思いがけずまっすぐな光が返ってきて、きゅっと心が締めつけられた。
「今の感情が重要、と言ってくれて、うれしかったです」
そう言って彼は照れくさそうに目を逸らし、ばふっとぼくの胸に顔を沈める。
首の上でふわふわ踊るその髪を混ぜて、めずらしく甘えてくる彼を愛おしむ。
「ん?」
「気持ちは変わらない、っていう言葉よりずっと、心強いじゃないですか。あなたらしいっていうか。それでいい未来が拓けるって言えちゃうポジティブさが、ぼくにとってはすごく、救いで…だから、その、うれしかったんです」
もごもご可愛いことを言って、誤魔化すためにもう一度ぼくのくちびるに優しく噛みついてくる。
ネガティブだもんね、チャンミンは。
いいよ、ぼくがぜんぶ埋めてあげる。
不安な心まで余すことなく、こんなふうにいつだって、抱きしめてあげる。
だから、ずーっとぼくのそばにいて。
甘え合って、支え合って。
みつけ合って、生きていこう。
ぼくたちは若いけど、どんなに歳を取ってもちゃんと、すきでいること、その時間を生きられること、大切にしよう。
愛に年齢は関係ない。性別も、時間も関係ない。
知れば知るほど、生きれば生きるほど、きっとその謎は深まっていく。
お祖父ちゃんになってもたぶん、こうしてほしがって、知りたがって、きみをみつめるだろう。
そのときは、ねぇ、チャンミン。
今日と同じように、照れたり揶揄ったりしながら、ぼくにキスをして。
「…ピアスって」
ちゅ、とくちびるを離した後、彼はおおきな手で髪を掻き上げながら、呟いた。
「んー?」
「やっぱり、痛いですか。開けるとき」
………?
「ううん、別にそこまで………えっ、何?もしかして、怖いの?」
「いや!そういうんじゃないですけど!炎症とかなるって言うし、どうなのかなと思って」
チャンミンはこたえるなり勢いよくガバッと起き上がって、そっぽを向いてしまう。
その背中を追うようにぼくも身を起こして、込み上げるクフクフ笑いとともに彼を覗き込んだ。
「なんだ、結局怖いのかぁ。子どもだね、まだまだ。あ、ねぇ、じゃあぼくが開けてあげるよ!それなら平気でしょ」
「どこが平気なんですか。いやですよ、素人に針を刺されるのなんて。いいです、やっぱりぼくは開けないでおきます」
「えー、いいじゃーん!ピアス似合うよ、絶対!もっとかっこよくなるって。それでさ、ヒョンたちみたいにこっそりお揃いのやつつけてさ。トゥゲザーしようぜ!」
彼はおおきく息をつきつつ、首を横に振り振り白けた目でぼくを見る。
「それ煩いからやめてください。これ以上かっこよくなったら人気爆発しちゃうじゃないですか。ぼくがもっとモテてもいいんですか?」
おーい。
普段の謙虚さはどこ行った?
昔はあんなに自信なさそうにしてたのに。
いつからこんな顔をするようになったんだろう。
時間は過ぎるから、誰だって変わり続けている。
チャンミンも、ぼくもきっと、気づかないうちにすこしずつ、強くなってるんだね。
いっしょにいるからこそわからないこともある。
わからないからこそ、発見するよろこびがある。
だから飽きずにすきでいられるのかも。
知り続けること、望み続けること、そんななんでもないようなしあわせが、いっしょに生きる時を彩っていく。
ね、チャンミン。
その連なりでできた未来が、きみとなら当たり前に続いていく気がするんだよ。
だから、いっしょにいよう。
そのしあわせをたくさん、たくさんみつけ合おう。
「いーよぉ、別に。モテてもモテなくてもぼくのだもん。さ、ゲームしよ…あ、間違った。ゲームトゥゲザーしようぜ!」
見慣れた呆れ顔も、うんざりという溜め息も。
それでも時間を割いてつき合ってくれちゃう憎めないところも。
あのね、チャンミン。
だーいすきだよ。
It has finished,
at 23:30 February 27,2013
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