小説:ジュンス片想い編
□Eternal...
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すこし曲がった道の先に、彼は座っていた。そこで道は終わっていて、開けた景色を見渡せるようにベンチが備えつけてある。
樹木が途切れて空間ができているせいか、強く風が吹き抜ける。両脇に壁のように聳えるたくさんの樹から、琥珀色の葉が舞い上がり、風に浚われていった。
寒そうに縮こまって見える、ちいさな背中。ぼくは静かに忍び寄って、その愛しい撫で肩にそっと上着をかけた。
「わ!びっくりした」
「寒くないの?こんなところに座り込んで…ここ風すごくない?」
チャンミンは最近大人びてきた可愛い顔で、ふふっと笑う。
「すごい吹いてきますね。呼びにきてくれたんですか?」
「ううん、まだちょっと時間あると思うよ。マネージャーさんが、上着持ってってって」
彼は自分の肩にかけられた上着を見て、なるほどというように袖を通しながら頷いた。
「わざわざ持ってきてくれたんですね。すいません、寒いのに」
そう言いながら振り向いてぼくを見るチャンミン。青空は秋の淡い色で、彼の綺麗な顔によく映えている。
彼はベンチの右側に寄って、空けた左側をポンポンと叩いた。
「ここに座ってみてください、ヒョン」
ぼくは言われるがままにそこに座った。
そこからは、生い茂る樹木に隠されていた富士山が、とても近くに見えた。
「わぁ!すごい綺麗に見えるじゃん」
「でしょう?それでここに道がつくってあるんだな〜と思って」
なんていうか、壮観だった。日本でいちばん高い山は、とても美しいかたちをしている。澄んだ空気と柔らかい日射しがそれをより際立たせて、まっすぐ空へ伸びる山は荘厳さを纏っていた。
だけど、この景色を特別なものにしているのは、この美しい山だけではない。チャンミンがとなりにいて、うれしそうにそれを眺めていることが、この素晴らしい景色をぼくの目により一層輝かしく見せているのだった。
すぐそばで聴こえる優しい声、同じ景色を眺める無邪気な顔。樹木を抜けたベンチの上に落ちる陽だまりのような、ぼくの心に広がる暖かい光。
すきな人のそばにいられる時間は、どんなときだって特別なものになる。
「ヒョン、写真撮りましょうよ」
「へ?」
チャンミンは立ち上がって、ポケットからデジカメを取り出した。
「折角だし。ね、ほら」
手摺のほうへ向かいながら、チャンミンはデジカメの設定をしている。
ぼくは躊躇っていた。
そりゃすきな人とふたりで写真撮れるなんてうれしいよ、夢みたいだよ!
でもなんか恥ずかしいじゃん、どんな顔していいのかわかんないし…
「ヒョン!」
準備の整ったチャンミンは眩しいほどの笑顔でぼくを呼ぶ。ぼくはのっそり立ち上がって、チャンミンの手招くほうへ歩いた。
これは神さまからのプレゼントだと思って、快く受け取ろう。チャンミンのほうから提案してくれたんだし、何も後ろめたく思うことなんてないよね。
「うわっ、高い!」
手摺からの景色は圧巻だった。山と山の間にある谷から、冷たい風が吹き上げてくる。
下には川がありそうだと思ってもうすこし踏み込もうとすると、チャンミンがぼくの腕を掴んで自分のほうへ引き寄せた。
「あんまり覗き込むと危ないですよ。ほら、こっち向いて」
キャー!顔がっ、顔がふれ合いそうに近いんですけど!チャンミンの髪の匂いがわかるほど近いんですけどっ!(まぁぼくと同じシャンプーなんだけど)
チャンミンの左手はピンと伸びてデジカメをかまえ、右手はぼくの背中をまわって肩に優しく置かれている。
チャンミ〜ン、心臓が壊れちゃうよぉ。
「この辺なら入るかな。さぁヒョン、撮りますよ!3、2、1」
撮り終わるとすこし体が離れて、ぼくは残念ながらもすこしほっとした。
チャンミンは写真をチェックして、満足そうによしよしと頷く。
「ヒョンは持ってきてないですか?」
「え、何?」
「デジカメですよ。置いてきちゃいました?」
ああ、デジカメね!
ぼくはポケットに入っていた自分のデジカメを取り出す。
「あるよ」
「じゃあヒョンのでも撮っときましょうよ。はい、貸して」
チャンミンが手を差し伸べる。
ぼくのでも撮ってくれるのか…。毎日それを見てニヤニヤしそうで怖ろしい。
「ぼくのほうが背が高いですからね」
ぼくから渡されたカメラをかまえながら言うチャンミン。すこし高いところにあるその顔を見上げる。
「そんな変わんないじゃん」
「いえいえ、この差はおおきいですよ。背が高いということはつまり、手も長いということですし」
そう言ってまた顔を近づける。確かに彼のほうが数センチ高いので、並んだ顔の位置がすこし違う。ぼくの目線からは彼の鼻の先あたりが見えている。
「はいっヒョン、笑って!3、2、1」
チャンミンが返してくれたデジカメを見る勇気はなかった。恥ずかしくて赤面してしまうか、うれしくてニヤついてしまうに決まってる。どちらにしてもかなりアヤシイ。
そのまま何枚か風景の写真を撮ってみる。空と山、雲と樹。いろんな方向にレンズを向けていると、画面の端にチャンミンの姿を捉えた。
ぼくがカメラを向けていることに気づいていない。風に乱される髪を撫でつけながら、腕時計を覗き込む横顔。
ないしょでそっとシャッターを切った。