小説:ジュンス片想い編
□My destiny
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Chapter 5. My destiny
暗く湿った道の上にぼくは立っている。
そこは寒くて、誰もいない。何かが動き出す気配さえない。
帰りたい…。
空は果てしない闇を湛え、雲もないのに星も見えなかった。いつ明けるともわからない、長い夜。ぼくは自分の心に漠然とした不安を抱えていて、それはあまりに重く哀しいものに思われた。
どこにいるのかもわからないのに、帰りたい。なんでこんなところにいるのだろう?
だけど帰れない。
ぼくは自分が帰りたい場所に帰れないことを知っていた。
それは遠い約束…街に淡い光が落ちる静かな朝に誓った哀しい約束。
守らなければいけない。それを嘘にしまいたくないから。
誰かとても大切な人との約束だったんだ。だから…でも、それが誰だったか思い出せない。
ぼくはゆっくり歩き出した。どこかへ行かなくちゃいけない気がする。地面が絡みついてくるような、重い一歩。
でも、こっちへ歩いていっていいのか?
すこし行って立ちどまり、振り返る。闇に覆われているはずの道の上に、長い自分の影が落ちていた。
光もないのに、なぜ影ができるんだろう?暗いと感じるだけで、闇ではないのかもしれない。それは孤独な空間のなかでは救いだったが、同時に恐怖も感じられた。
影は動いている。ゆらゆら風に吹かれているかのように。ぼくは動いていないのだから、影をつくっている光が揺れているのだろう。
自分の頭が冴え、冷静な思考が血管を冷水が通っていくように表れるのを感じた。
それにしても光のもとが辿れないだけに不気味な光景だ。影はますます揺れ、蠢き、激しく波打って…
やがて地面から剥がれ、起き上がった。
そして頭からふたつに割れ、ふたりぶんの影になる。
ひとつは自分の影だとすぐにわかった。ふたつの影は向かい合って立っている。もうひとつの影は…
「チャンミン」
ぼくの名前を呼ぶ、聴き慣れた声。うるさくて鬱陶しい、だけどいつまでも聴いていられる不思議な掠れ声。
ヒョン、と名前を呼ぼうとして、口から空気が漏れていくことに気づく。
話しかけられないのか…。影は影としか会話できないのかもしれない。
「ごめんね」
いつになく盬らしいなぁ…何がごめんなの?
しかし影とはいえ他の存在がいてくれることに、なんだかほっとした。
いつもあなたはそばにいてくれるんですね。ぼくが不安なときは…
ふっと世界が開ける。ぼくは眩しさに目を細める。刺すような照明、悲鳴みたいな歓声、夥しい数のペンライト。
ああ、ぼくらが夢見る未来ですよ。眩しいですね…ヒョン?
ぼくは影を見失ったかと思って横を見た。ふたつの影は袖の裏で寄り添って、手を繋いでいる。さっきみたいに動く気配はなく、まるでひとつの絵のように、とまってしまった。
そういえばここは時間がとまっているみたいだ。手を伸ばせば届きそうに近い、ぼくらが夢見る未来。
さっきの盬らしい声が頭に残って、静かなライブ会場に響き渡る。
ごめんね。
あの影はぼくよりちいさくて、頼りなく揺れていた。
チャンミン。ごめんね。
あの人の細い肩が震える。
何が言いたいの?はっきり言ってよ。
わけのわからない苛立ちが頭を襲う。
こんなの、どうせいつものことだ。すぐ終わるんだ。今だけ…こんなにつらいのも、哀しいのも、切ないのも今だけ。