小説:ジュンス片想い編
□Try my love
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「じゃ、読みますね。ムカシムカシ、アルトコロニ…」
「アルトコロニ?」
「アル、トコロ、です。つまりsomewhere、特定できない場所ってことですね」
なーるほど。アルっていうのがつまり…someってこと?
ムカシムカシはすごーく昔って意味だよね、たぶん。
ふぅん。それでそれで?
「オジイサン、ト、オバアサン、ガ、オリマシタ」
「オリマシタ?下りた?舞い降りたって意味?お爺さんとお婆さんが、空からあるところに…」
ぶはっと笑うチャンミン。顔がくしゃっと崩れて可愛い…んだろうなぁ。見れないけど。
「どんな突拍子もないはじまりかたですか、それ!オリマシタ、は、イタ、っていう言葉の丁寧な言いかただそうです。あるところにお爺さんとお婆さんがいましたって意味ですね」
「何それ、随分漠然としてない?」
「物語のはじまりってそういうものでしょう?間違っても急に人が空から舞い降りてきたりしませんよ」
ホントだよ、もうジェジュンはド天然なんだから。人が舞い降りてくるわけないじゃん。(ぼくも意味がわからなかったけど)
ふむふむ。それでそれで?
「アル日、イツモノヨウニ、オジイサン、ハ、山へ、芝刈リニ」
「山へ、芝刈リニ?ヤマは何、ヤマは」
身を乗り出して夢中でその絵本を覗くジェジュン。
ぼくの視界の隅で動くふたりの顔がすごく近いのは、直接見なくてもわかる。
「ヤマは山ですよ、mountain。芝刈リはなんでしょうね?」
「チャンミンでもわかんないことあるんだ〜」
ふふっと笑うジェジュンに、当たり前じゃないですかと言いながらチャンミンは横に置いてある辞書を捲る。
ジェジュンは…チャンミンの髪をそっと、その綺麗な手で撫でた。
「偉いなぁ、ちゃんと調べるんだ?」
「そりゃ、わからないまま読んだって勉強にならないですからね」
なんで、なんで髪をさわる必要があるの?どうしてそんなに近づくの?
ぼくはあれから、チャンミンのキスについて考えないように努力してきた。
ジェジュンが憎かったわけじゃない。チャンミンにとんでもなくひどいことしたならともかく、別にふたりとも気にしてないみたいだし。羨ましいとは今でも思うけどね。
そういうことは、一回納得したら忘れる。それがぼくのルール。
まぁあれ以来チャンミンも平気そうなのであのキスのことをたびたび思い返すこともなかった。
それと、メンバーである以上チャンミンのことイヤラシイ目で見るのはダメだろうとも思ったから、チャンミンとキスを繋げて考えないようにしようと自分でも気をつけることにした。あの口元を、柔らかそうなくちびるを、できるだけ見ないように。まぁそう思えば思うほど逆効果だってこともわかったけど…勉強になりました、はい。
この一ヶ月そんな感じで特に落ち込んだりすることもなく、仕事が忙しいおかげでチャンミンのそばにいられるからしあわせだった。
チャンミンもあれから何か気にするような素振りを見せることも、夜中に泣くこともなかった(別に毎晩気にしてたわけじゃないよ、最初の三日くらいだけ。だってチャンミン寝るの遅いんだもん、起きてらんなくって)。
チャンミンがすきだということも、別になんの弊害も齎してはいなかった。ぼくはフツーにしてる(つもりだ)し、なんだかわからずにモヤモヤしてた頃より寧ろ楽になった気がする。きゅっとするのも、ドキッとするのも、チャンミンがすきだからだと思えばなんだかいやじゃない。
つまりフツーに忙しく、なんの問題もなくぼくは暮らしていた。
チャンミンのどこが自分にとってこんなに特別なんだろう、不思議だなぁなんて思いながら。
「みつかった?」
ジェジュンの邪気のない、透き通る声。
ぼくはゲームに集中できなくなってきた。まぁどっちにしてもユチョンが弱いから負けそうだけど…。
「芝刈リ、って単語は載ってませんけど、シバは芝、カリは刈るって漢字ですから、芝を刈ることじゃないですかね?日本の山に芝が生えてるかは知りませんけど」
ふぅん。芝を刈りにね…お爺さんには結構な重労働に思えるけど。
「それって何、仕事なの?趣味?お爺さんの持ってる山なわけ?」
「わかりませんよ、そんなこと。えー、オバアサン、ハ、川へ、洗濯二、出カケマシタ」
となりではユチョンがヤッとかホッとか奇声をあげて闘っているが、どうやら限界は近そうだ。
チャンミンの髪を撫でていたジェジュンの手は、いつの間にか背中にそっとまわされていた。
「カワは川だよね、ハンガンみたいな。センタクは何?遊びに行くこと?」
お婆さんが川遊びするかねぇ。水着着てバーベキュー、なんて…ファンキーなお婆さんだなぁ。
「いえ、洗濯です。川に洗濯に…」
「川で洗濯?!えっ洗濯機とかないの、貧乏なの?もしかして芝も食べるために刈るのかな」
オイオイ。
「ヒョン、ムカシムカシですよ。機械なんてあるわけないじゃないですか」
あ、それもそうだね、と笑うジェジュン。相変わらず手はチャンミンの背中にふれている。
いいなぁ、あんなふうに自然にさわれて。ぼくはふざけ合ってるときでさえ、チャンミンにはさわれない。だってなんか、やっぱり違うんだもん。みんなと違う、なんか特別。
チャンミンが続きを読みはじめる前に、リビングのドアが開いた。
ひとりライブが終わって活き活きとした表情のユノが顔を覗かせる。
「お待たせ、出たよー。次、誰?」
「あ、じゃあぼく。ユチョンが死んだから」
画面にはゲームオーバーの文字。残念ながらユチョンにはこのゲームの才能はなさそうだ。
「ジュンス行っちゃうの?おれコレひとりじゃ無理だよ〜」
「よし、じゃあおれに任せろ」
ユノがぼくと交代してコントローラーを握る。ま、このふたりじゃ余計に無理だろうな…と横目で見ながら、そっとチャンミンの横顔を盗み見て、リビングを出た。