小説:ジュンス片想い編

□Stay with me tonight
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 チャンミンは最初、いちばん練習生期間が短いことをすごく気に病んで、自信がなさそうにしていた。
 見ていても、練習についていくのが精いっぱいって感じで、つらそうだった。
 家の事情もいろいろあるみたいで、練習と練習の間にも勉強したり。学校帰りには夜中近くまでスタジオ入りしてる姿も見た。

 「ヒョン。ジュンスヒョン」

 くすぐったい呼びかたをされ、戸惑いながら振り返る。
 ぼくは練習生のなかでは歳が下のほうで、同じ歳くらいの奴もみんな名前で呼び合うし、兄弟は双子の兄しかいないから、ヒョンなんて呼びかたされたことがなかった。

 ぼくをヒョンと呼ぶのはチャンミンしかいない。
 なんか誇らしいような、恥ずかしいような妙な気持ちにさせられる。

 「チャンミン。お疲れぇ」

 汗びっしょりの姿を見てそう言った。
 今日も一生懸命練習に励んでいる様子。
 この新しい後輩の生真面目さが、ぼくはちょっとだけ心配だった。

 「お疲れさまです。あの、今時間いいですか。もし、よければなんですけど」

 「あるよぉ、時間なんて掃いて捨てるほどある。何、飯でも行く?」

 チャンミンは困ったようにほほえんだ。
 そういうとき眉が下がるのが彼の癖。
 飼ってる犬みたいで可愛い。

 ぼくのうちの犬はこんなにおとなしくないけど。

 「あの、今日のダンスレッスンの復習につき合っていただけたらな、って…もしかしてお腹空いてます?それなら…」

 「や、いいよぉ全然。でもめずらしいね、いつもはユノヒョンとかに訊きに行くんじゃない?」

 ユノは友だち多いから、先帰っちゃったのかな?

 「あ、そうですね、ユノヒョンはホント上手で…教わると勉強になりますし。でも今日後ろで踊ってみて、ジュンスヒョンのダンス綺麗だなって。それで…」

 おや、褒められた。
 これは悪い気はしない。後輩に褒められるなんて素敵だ。
 いつもチャンミンに何かしら質問を受けているユノヒョンやジェジュニヒョンを、心のどこかでほんのすこし、羨んでいたことは否めない。
 ま、いつもユチョンとかとじゃれてばっかりいるぼくには話しかけづらいのかもしれないけど。

 因みに今日はユチョンはレッスンのない日だったので、どこかへ出かけたみたいだ。

 「ありがと。じゃいっしょにやろ」

 鏡張りの部屋で、ぼくらは踊った。
 彼の細い肢体が、時にぎこちなく、時にしなやかに動くのを、ぼくは鏡越しに見ていた。

 一生懸命音を追う体を。

 なんて美しいんだろう。

 音が終わって自分の体がとまるまで、いっしょに踊っていることを忘れていた。

 「ジュンスヒョン、気になったとこありますか」

 「え?うーん、サビ前のリズム取りにくそうだね?」

 ステップが、特に左足の二歩目からがずれてた、と言おうとしてやめた。
 観察しすぎな気がして。

 「やっぱりわかります?どう取ったらいいんでしょうか、うまくいかなくて。ヒョンはどうしてます?」

 「あー?ぼくはね、どうやってるんだろ、リズムが変わるじゃん、それを…噛み砕くっていうか…」

 チャンミンが小首を傾げる。
 わかんないよね。ぼくもわかんないもん。

 「細かく取るってことですか?」

 「あ〜そうそう、そんな感じ!それでさ、やっぱりダンスって曲のイメージに合わせてるじゃん?だから、なんとなーくこんな感じかな、みたいな…」

 テキトーな説明。
 でもチャンミンは真剣に聞いて、時折眉を顰めたり、頷いてみせたりしてくれる。

 できた後輩だ。

 「でも、洋楽だとやっぱりイメージしにくくないですか?ぼく英語わかりませんし、ニュアンスとか…英語勉強したほうがいいですかね?」

 「あ、そうか!チャンミンこのCD持ってないんだね。貸してあげるよ、訳もついてるから。そうだ、ついでに他にもレッスンで使いそうなやつも!聴けばきっとわかるよ、筋はいいもん」

 チャンミンが笑う。うれしそうに、照れたように、眉を下げて。

 「ホントですか、うれしいな。すごく助かります」

 「明日レッスンあるんだったら持ってきてその時渡すね」

 「ありがとうございます。あの、何かお礼させてください、ヒョン。今日つき合っていただいたぶんも含めて」

 ユノヒョンが以前、チャンミンは恐ろしく礼儀正しいと言ってたけど、確かに間違いない。
 ふつうCD貸すくらいでお礼とかするかな。するのか?ぼくが礼儀正しくないの?

 でもそんな謙虚で遠慮がちなところも、可愛いと思える彼の魅力だった。

 「いいよぉそんな気ぃ遣わなくて。友だちなんだし。ね、チャンミン?飯食って帰ろ」

 ぼくの言葉にチャンミンの瞳がうれしそうに光る。悪戯な光。ちょっとこどもっぽく笑う顔。

 「やっぱりお腹空いてたんですね」

 それがぼくに最初に見せた素の顔だったかもしれない。
 これからもっと小悪魔な表情を頻繁に目にすることになるとは思いもしない頃の話。

 
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