小説:Bigeastation編1~30

□9:Bigeastation 9.
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Bigeastation 9. 2007/5/27~6/2


 「お疲れさま、ユノぉ。今日もすっごいカッコよかったよ」

 「ジェジュンこそめちゃくちゃカッコよかったじゃん。ファンが増えちゃうかもなー」

 例によってキャッキャはしゃいでいるバカップルを置き去りにして、ぼくはスタッフに頭を下げながら先にブースを出た。

 さっきまでふたり並んで座っていた場所に、ジュンスはいない。

 「お、チャンミン。お疲れぇ〜」

 「お疲れさまです、ユチョンヒョン…ジュンスヒョンは?」

 「拗ねてる。先に行ってるって〜」

 困ったような笑顔を浮かべてぼくを見るユチョン。
 はい、とぼくの荷物を手渡してくれる。

 「拗ねてる?」

 「わかるだろ。行ってやりなよ、ヒョンたちはここで引き留めといてあげるから」

 ポンと背中を押され、裏口のほうへ歩き出した。

 わかるだろ、か。
 ユチョンにはいつだってわかるんでしょうね、ジュンスのこと。
 ぼくは時々あの人が拗ねたり怒ったりする理由を履き違えることがある。

 顔を見て、声を聴きたいな。
 こうしてたまにいっしょに仕事しない時間があると、いつもあんなにうんざりしているのが嘘みたいに、寂しく感じたりするんだよ。ジュンス…

 ただただ、あなたが恋しくなる。

 外へ出るために廊下を急ぎ足で歩いていると、その途中にある喫煙所のなかでパイプ椅子に体操座りしているまるい背中をみつけた。(フツーのおとなはなかなかできない格好だと思うんですが)

 ぼくが静かにガラス戸を開けても、彼は膝の上に突っ伏した顔を上げようとしない。

 そのままぼくに気づいてくれるまで待っていようとちょっと離れた椅子に座ると、ズビッと鼻を啜る音がした。

 え………
 泣いてるの?ジュンス?

 もうすこし様子を見ようか、それとも手を伸ばして髪にふれようかと思いめぐらせながら体を傾けた瞬間、情けなく悄気返った掠れ声が聴こえた。

 「時々さぁ」

 また急に…
 この人の間合いというものは今でもよくわからない。
 あんなにリズム感があるのに、残念ながら日常生活にはうまく活用できていないようだった。

 ぼくは黙って、次の言葉を待つ。

 「ぼくがチャンミンをすきになったことって、すごい悪いことだったんじゃないかって思うときがあるよ」

 ジュンスの声は彼の膝のなかでこもっていて、それがなんだか余計に今の言葉を切なく感じさせた。

 「ぼくがすきにならなかったら、きっとチャンミンはぼくじゃなくて、ふつうに女の人と恋をしたよね。清純そうな、綺麗な人と…それこそ竹内結子さんとだってつき合えたかもしれないのに」

 人妻ですけどね?
 それでも同性愛よりいいのかどうか、ぼくにはわかりかねますけど。

 「それなのに、こんなに嫉妬で心ぐちゃぐちゃになってるなんて、ぼくってわがままだよね」

 ジュンス?傷ついたの?
 ぼくたちの恋がどれほど難しいか、(今やっと)気づいたの?
 あなたは全然気にしてないんじゃないかって思ってた。
 まわりからどう思われるかとか、ぼくや自分の未来を背負うこととか。

 あなたがそれを憂うとき、ぼくも同じように傷ついてること、忘れないで。
 守れないとき、そばで涙を拭えないとき、その心のなかにいていっしょに苦しんでること、わかっていて。

 そういうふうにしか、ぼくにはあなたを思えないから。

 「ねぇ、ヒョンらしくいたいんだよ。せめてチャンミンの前では余裕な顔してたい。でも、でもさ、あんなうれしそうに話してるの見たら、どうしても…」

 ぼくに向けられている彼の旋毛をみつめながら、こんなふうに思われることのできるそのしあわせを、噛みしめていた。

 抱きしめて、キスしたい。
 こんな公な場所じゃなければ。
 ぼくらの恋が、せめてある程度、世に受け容れてもらえるようなものだったなら…

 だけどそれ以上でもそれ以下でもなく、今ここにあるこのかたちがぼくらの恋なんですよね。
 それを変えたいとはぼくは思わないよ。

 あなたも、どうか…

 「妬きもち妬くのってつらいよね。わかってるんだよ、なんだかんだ言ってもチャンミンはぼくを思いやってくれてるし、今から不安になってちゃきりがないってこと。だから…だからこそ、あんなことで嫉妬するのがつらいっていうか」

 ああ、ジュンス、あなたって…

 なんて愛しいんだろう。
 これ以上我慢できないよ。
 せめて、あなたにふれていたい。

 「ねぇユチョン、チャンミンには絶対言わないでね?ぼくがこんなつまんないことでうじうじ悩んでること」

 ………え?ユチョン?

 立ち上がりかけた体をゆっくりと椅子に戻す。

 まさか、ずっとユチョンと話してるつもりで喋ってたの?
 どおりでやたら素直だと…
 いやいや、それは駄目ですよ、ジュンス。
 こんな可愛いところを他人に見せちゃ駄目だ。

 言っておきますけど、あなたよりぼくのほうが数倍妬きもち妬きなんですからね?

 「きっと気にするからさ。これ以上いろんなこと背負ってほしくないんだよ。ただでさえチャンミンは、ぼくのぶんもぜんぶ引き受けてくれてるから。でも、それにしても…」

 わ、うわ、ちょっと!
 こんなところでそんな男らしいこと言わないでほしいなぁ。
 反則ですよ、まったく…

 ぼくだって気づかせようとそっと近づいたその瞬間、ジュンスはガバッと頭を上げた。

 「ねぇ、あれはないよね?!ぼくが聞いてるって知ってて、見てるってわかってて、デレデレした顔してさぁ!あれって絶対…ぼく………」

 結構な間近で目が合って、それでもしばらくは理解できずに喋り続けていたが、ふとぼくがいることに気づいて声のボリュームが落ちていく。

 ぼくをみつめたままの、ポカンとした顔。
 まんまるの可愛い瞳、輝く白い肌、自由に跳ねる髪。
 ぼくの愛しい人、そのすべて。

 キスでもしてしまおうかと思ったが、かろうじて理性が働いて踏みとどまった。

 「絶対?ぼく?」

 「あ、いや…その…」

 「揶揄ったでしょうって?そうですね。こんなにあなたを悩ませるとは思わなかったので。すいません」

 愛おしむように優しく髪にふれると、ジュンスの体がぴくっと跳ねた。

 「それはそうと、いつもこんな感じでユチョンヒョンに相談ごとしてるんですか?まぁ大概あなたの無防備さには慣れましたけどね。喫煙所ではやめたほうがいいんじゃないですか、匂い移りますよ」

 「ちゃ、チャンミナ………なんで?いつから?」

 「最初からですよ。気づいてくれないなんてちょっと傷つきましたけど」

 たぶん今あんまり聴こえてないだろうな、と思いながらも、ぼくは彼の頭を撫で続ける。

 「ユチョンヒョンには素直なんですね。ぼくといるときはいつも、あんなに間抜けな感じなのに。ここは妬いてもいいところですか?それともあなたの新しい顔を見たとよろこぶところなんでしょうかね?」

 「だって…チャンミンは煙草吸わないからここにはこないって。後から行くから待っててって、ユチョンが…」

 ほらね、まったく噛み合わない。
 まぁまぁでもそれはいいとして…

 またユチョンに騙されたのか。
 しかもぼくまで巻き込んで。
 今度の今度はただで済むと思うなよ、あの野郎。

 ていうか、そこまで操られてたなら絶対見てますよね?
 あっぶね、キスしなくてよかったぁ!
 一生弱味を握られ続けるところだった。(既に握られてる気がしないでもないですが)

 さりげなさを装ってまわりを見渡すと、廊下の曲がり角から三つの人影が興味津々にこちらを覗き込んでいるのが見えた。

 あーあ、もう。
 ただでさえプライベートのない生活なのに、メンバーにまでスパイされるなんて。

 「ヒョン。とりあえずここを…」

 「言ってよぉチャンミン!ひとりでペラペラ喋って、ぼくバカみたいじゃんか!」

 というよりバカですよね、完全に…

 「いや、ぼくも途中までは気づかなかったんですよ。それはともかく、ヒョン…」

 「ていうかぁ!チャンミンがいけないんだから、ぜんぶ!ぼくの目の前で竹内結子さん竹内結子さんってデレデレデレデレして!ぼくの親父ギャグがつまらないとかなんとかかんとか言って!挙げ句の果てにやたら可愛い声で相槌打ったりするから!」

 今どき犬だってもうちょっと人の言うこと聞きますよね。
 とりあえずここを出ましょうっていうそのたった一文も言わせてもらえないなんて。

 今の抗議のなかにもたくさん突っ込みたいところはあったが、とにかくまずジュンスの髪から手を下ろすことにした。

 「はぁ?なんですって?可愛い声で相槌?」

 「そうだよ!そのくせユノヒョンのフォローとかするときはやたら男らしい落ちついた声でさっ。絶対女性ファン増やそうとしてるよね、ってユチョンと話してたの」

 ああ、結局またユチョンに揶揄われてたってことなんですね。
 そろそろぼくも勉強しよう。せめて踊らされるのがこの人ひとりになるように。

 「そんなまわりくどいやりかたしませんよ。ところでヒョン、ウルセーヨなんて汚い日本語どこで覚えたんです?変なアニメばっかり観るからそうなるんですよ。たまにはいっしょに映画でも観ましょう」

 「………ヤダ。だってチャンミン絶対女優さんにデレデレするもん。ぼく妬きもち妬きたくないもん」

 どんな綺麗な女優さんよりも、あなたのその拗ねて突き出した下くちびるのほうがぼくを夢中にさせるってこと、どうしたらわかってくれるんでしょうかね。
 ああ、変態みたいだ。
 ていうかもうこれは変態そのものだ。

 「いいじゃないですか、たくさん妬きもち妬いてくださいよ。ぼくばっかりじゃ不公平ですから。それに、どんなことを言っても結局は、ぼくにはあなただけなんですよ。ジュンスヒョン?」

 三人に見えない角度へ動き、ぼくを追ってくるジュンスのその誰よりも清純な瞳から逃れるように柔らかく、彼の額にキスをした。

 「超、だいすきです」

 真っ赤になる彼を放って、ぼくは先に扉の外へ出た。

 こんな言葉じゃ伝わらないかな。
 ぼくがどれほどあなたをすきかってこと。
 今こうしていられてどれほどしあわせかってこと。

 ねぇすこしずつ、埋め合っていこう。
 ぼくの知らないあなたを、あなたの知らないぼくを。
 それがぼくらの恋のかたちだよ。
 どんなに歪だってぼくはかまわない。

 廊下に出るや否や、ユノが何もなかった(と明らかに取り繕った)顔でぼくに寄ってきた。

 「チャンミン!お疲れ。どう、仲なおりできたかぁ?」

 「お疲れさまです、ユノヒョン。ええ、お陰さまで」

 ユノには通じないとわかっていても、つい皮肉を口にしてしまう。
 案の定彼はよかったよかったと頷いて、後ろからくるジェジュンに大丈夫だってとほほえみかけた。

 「はぁー、笑ったぁ。チャンミンが映画の紹介してるときのジュンスの顔ったら…あっは!収録中なのにやめてほしいよねー」

 「それはご迷惑おかけしました」

 「そうかと思えばスタジオに入ってきちゃうしねぇ。自由な奴だよ、ホント」

 ユチョンもくすくす笑いながら、喫煙所で突っ立ったままだったジュンスを引き摺ってきた。

 「あれにはおれも驚いた。ま、ジュンスらしいよ。なんだかんだ、そのくらいチャンミンのことがすきってことなんだよね〜」

 ぼくを照れさせたいのか、ジュンスを恥じらわせたいのか知らないが、ニヤニヤ顔でこちらを見てくるユチョンに、ぼくも同じ笑顔で応えた。

 「そうみたいです。お騒がせしてすいませんでした。さ、次の現場へ行きましょう。まだまだ仕事ですよ!」

 それ以上煩く詮索されないようにきっぱりとした態度で、ぼくは歩き出した。

 どんなぼくも、どんなあなたも、お互いの壁にはならないから。
 ねぇジュンス、そのすべてをすこしずつ、ひとつずついっしょに、紐解いていけたらいいね。
 そのすべてをすこしずつ、ひとつずつ確かに、愛していけたらいい。

 同じ時間を過ごすなかで、一瞬ごとに出逢う新しいあなたに、また一瞬ごとに失う古くなったあなたに、ぼくがかける言葉はいつも変わらないよ。

 何かが間違っていて、どこかで予定が狂ってしまって今こうしているとしても。
 誰かが罪を犯して、いつかはそれも許されると信じながら生きなければならないとしても。

 あなたがすき。
 ぼくはこの気持ちにもう嘘はつかないよ。
 あなたがすき。

 だから、新しい朝を、そして幾度もめぐる夜を、いっしょに過ごそう。
 アンニョン、ジュンス。
 何度でもそう言えるように。


         It has finished,
     at 01:00 August 21,2012
  This material by Bigeastation 9
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