小説:Bigeastation編1~30
□7:Bigeastation 7.
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Bigeastation 7. 2007/5/13~19
「ラ〜ビニュ〜」
浮かれた声で歌いながら、ジュンスはぼくの前を通過していった。
話しかけもせず、目が合うこともなく。
なぜ無視されたのかわからないが、おもしろくなかったのでぼくも彼を無視することにした。
「つまり、理屈的には音を追わずに歌うことは可能ってことですね」
ラジオの収録が終わるのを待っている間ぐだぐだ続けていた、ユノとの最早趣旨のわからない話を掘り返す。
となりで長い足を組んでジェジュンが出てくるのを待つユノは、ぼくを見て神妙に頷いてみせた。
「そう、やりかたさえ体がわかればね。ジュンスはそういう歌いかたができるタイプらしいよ、昔講師の先生が言ってた」
「はぁ、そうなんですか」
何も考えないのがいいんですかね。
天才気質なのかもしれないな、閃きの王様だし。
勿論ぼくは、彼があの能天気な顔の裏でどれほど努力を重ねてきているか、知ってるつもりですけどね。
「でもそれって、ふつうにレッスンを受けていればできるようになるものなんですか?」
「それはわからないけど、たぶん…」
「ユノーぉ!」
ブースから顔を覗かせて恋人を呼ぶ、ジェジュンの甲高い声がした。
めずらしいな、いつもならぼくとの仲を引き裂くように突進してくるのに、今日は遠くから声を張り上げるだけなんて。
ぼくとユノは揃って顔を上げた。
ジェジュンは腕をぶんぶん振って手招きをする。
「もう一本録るって!打ち合わせるからこっちきてー」
「あ、わかった。チャンミンは?」
「チャンミンはもう一本待ち。早くぅ〜ユノ〜」
ユノは素直に立ち上がって駆け足で収録ブースへ向かう。
こんな距離を急がせたところで打ち合わせが早く済むとも思えないんですがね。
収録を聞きながら座って待てるそのスペースにひとり残され、本でも読むかと鞄を弄る。
それを妨げるように上から影が下りてきた。
「チャンミン!お兄さまがジュースを買ってきてあげたよぉ」
視線を上げると、なぜかぼくに対して偉そうに仁王立ちしているジュンスに勝ち誇ったような顔で見下ろされた。
なんでそんなにテンション高いの?
今の収録が余程楽しかったんだろうか?
「はぁ、ありがとうございます…」
「うむうむ。お兄さまと呼べよ、今日からは」
「ジュースを奢ったくらいで随分恩着せがましいですね、ジュンスお兄さま」
彼はうははと笑いながらぼくのとなりに腰を下ろす。
なぜかとても近い。
時々ジュンスは距離感を測れないのではないかと思うときがある。
「収録聞いてた?今回は真面目だったでしょ、親父ギャグも言わなかったし」
「真面目ねぇ…相も変わらず意味不明でしたけどね。フォローするジェジュンヒョンとユチョンヒョンに心から同情してました」
「えー、何がぁ?しっかり喋れてたじゃん。日本語あんまり間違えてなかったよね?」
満足げに頷いて自分のジュースを開け、零しはしないかと心配になるようなおおきな動作でごっくんごっくんそれを飲む。
ハラハラされられるのと裏腹に、彼の指先や喉の動きに魅せられて視線が固まっていることに気づく。
意識的にその視線を別の場所に動かした後、ぼくもジュンスに渡された冷たい缶の口を開けた。
「日本語はできてましたよ、それは認めますけどね。トイレで半身浴するっていうのはいったいどういう発想なんです?何が言いたかったんですか?」
「んぁ、あれはぁ!お風呂にラジオがあったら濡れちゃって壊れるから、どうなってるのかなっていろいろ考えてたの!そしたらトイレって単語が出ちゃったんだよぉ!」
「開きなおらないでくださいよ、やっぱり意味不明じゃないですか。なんでそんなところで急にトイレなんて出てくるんです?ユニットバスってことを言いたいんですか?まぁそれはともかく、今防水のステレオとかフツーに売ってますからね」
ジュンスはちょっとブーたれた顔をした。
自分が可愛くない弟だということは重々承知しているが、どうしてもこの人の一挙一動に突っ込みを入れたくなってしまう。
あのまったく意味不明なトイレ発言のときも、ユチョンは大笑いしながら優しくジュンスをフォローしていた。
あんなふうにできないのは、ぼくが天の邪鬼なせいなんでしょうかね。
こんなにすきなのに、大切にしたいと思いながら苛めまくってるなんて、まるで幼稚園児の初恋みたい。(まさか今「あ、自覚あったんだ」って思ったりしなかったでしょうね?)
それでもこんな関係がぼくには心地よくて、拗ねた顔も怒った顔も可愛くて愛おしいから、ついつい繰り返してしまう。
「そしてまた大嘘をつきましたね」
「ついてないよ!なんだよ、大嘘って」
「ついたじゃないですかぁ。なんて言いました?他のメンバーがレコーディングしてるときに本を読んだり?ニュースを観たり?」
ぼくの言葉に楽しそうに手を叩き、反り返って笑うジュンス。
その手のなかで横になった缶から中身が零れなかったことに心底安堵しながら、空になったその缶をさりげなく受け取った。
「ジョークじゃぁん!冗談通じないな、チャンミ〜ン」
「経済を感じたり、文化を感じたり?有意義だなぁ、ヒョン。これからはいっしょに読書の時間でもつくりましょうか」
「つまんないよぉ、そんなの!ふたりでいるときは、もっと…」
めずらしく話の途中で言葉を切り、みつめ合ったままちょっと固まる。
その頬が、ほんのり赤くなる。
純粋で素直な彼がぼくに見せる、如何わしいことを考えてるときのサイン。(どのくらいの如何わしさなのかは神のみぞ知るところです)
スタッフがみんな収録を控えた三人のほうへ注目していることを確認した後、ぼくは飲み終えた缶をとなりの椅子に並べてジュンスの頬に手を添え、その視線がぼくから逃げられないように捕まえた。
「もっと、なんですか?」
指先にふれる艶やかな肌が、かっと熱くなる。
こんな照れかたをされては、あまりに思惑どおりで心が浮き立ってしまう。
できない、してはいけないとわかっていても、この場でぼくのものだという烙印を押したくなってしまう。
ああ、こんなにすきなのにどうして、留まるところを知らず一瞬ごとに強く、深く、もっと尊いところで惹かれていくのだろう?
「ヒョン?」
「あ、う、あの…」
ふむ、吃りますねぇ。
そんな表情がどれほどぼくを煽っているか、今もホントに気づいてないのなら、あなたになんの自覚もないのなら、ぼくはこれからどうすればいいんですか?
ジュンス…
こんなに愛しくて。
誰よりしあわせにしたいから。
あなたが笑うとき、泣くとき、怒るとき、しあわせを感じるとき…
その心にいつも、ぼくの存在を思い描いていてほしいから。
親指の腹で優しく顎のラインをなぞると、彼は体をびくっと跳ねさせて身を引いた。
「なっ、あ、あれだよ!だから、もっと…ゲーム!ゲームしよう、ふたりのときはもっと!ね!」
わお、信じられない。
この状況でもゲームなんて言葉が口から出てくるなんて。
ぼくはいつか世の中にゲーム排除命令を出さなきゃいけなくなるんじゃないだろうか…撲滅運動とかを煽動して………
でも、とりあえず今はゲームとも仲よくしておいてあげますよ。
そのうち必ずこんな子どもっぽい遊びじゃ足りないと思わせて差し上げますからね、ジュンス?
覚悟しておいてください。
「ほらっ、こないだみんなでやったやつやろ。チャンミン弱いから鍛えてやるよ〜」
ぼくの手から離れて、ジュンスは足元に置いた鞄からゲームを取り出した。
それ以上攻め込むのはあきらめて背凭れに体を預けたぼくにそれを渡し、誤魔化せてよかった!という笑顔を向けてくる。
「別にぼくは負けませんでしたけどね、あのとき…いいですよ、ヒョンが負けたいっていうなら。おつき合いしましょう」
「ぼくが負けるわけないだろー!チャンミンなんて敵じゃないぜぇ〜」
どこからくるのか自信に満ち溢れているその横顔を、ちょっと笑いながらみつめた。
なんでこんなに単純なんだろう。
こういうところが堪らなくすきだなんて、ぼくも相当キてますね。
まぁいいんです、あなたとなら…
どんなことも越えていくつもりだから。
自分がどんどんオカシクなっていくことも、受け容れていかなくちゃね。
それでも、こんなふうに変わっていく自分のことも、すきになっていけそうだよ。
あなたがぼくを受け容れてくれるから。
こうやってずっとすきになっていくことを楽しめるから。
ずっとあなたといさせてください。
いつか、あなたが子どもっぽい遊びに飽きたときには、ぼくも…
ちゃんとあなたといっしょにおとなになっていきますからね。
可愛い可愛いぼくのジュンス。
It has finished,
at 18:00 August 13,2012
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