小説:Bigeastation編1~30

□5:Bigeastation 5.
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Bigeastation 5. 2007/4/29~5/5


 「また出た」

 ふたり並んで椅子に座り、あとの三人のラジオ収録の様子を眺めながらいっしょに待っているジェジュンが、何やらおもしろくなさそうに呟いた。

 心なしか睨むようにブースのなかで笑うユノを見ている。

 「何が?」

 「おまえの名前だよ。さっきから三人ともそればっかり。ことあるごとに、ジュンスジュンスって」

 ため息混じりにそう言うジェジュンの横顔に向かって、ぼくはすこしだけ眉を上げてみせた。

 ああ、なるほど。妬きもちね。
 ユノが、とは言わなくても、そうであることは明らかだ。
 どちらかというと、ぼくの名前を出してるのはユチョンとチャンミンだと思うんだけど。

 「おれの名前は全然出てこないのに」

 「でも別に褒めてくれてるわけじゃないしねぇ」

 「それだけ愛されてるってことなの!ユノにとっておれってなんなんだろう…」

 またはじまっちゃった。
 ジェジュンのネガティブポイントってわからない。
 ラジオで自分の名前が呼ばれないからってそんなに思いつめること?

 おおきなヘッドフォンを被って台本を指でなぞりながらマイクに向かっているチャンミンに、さりげなく視線を持っていく。

 確かに、自分のいないところで名前が出るのはうれしいことだけど。
 でも明らかにバカにされてるのはどうなんだろう。ほら、またユチョンのこと褒めて。ぼくのことは貶すばっかりなのに。

 チャンミンがバカにするのはぼくだけ。(こんな特別さ全然うれしくない)
 もともと他人に対して褒め言葉を口にすることはすくないけど、ジェジュンやユノへの態度は先輩だからという敬意を感じるし、特にユチョンのことは評価してるような印象を受ける。

 チャンミンはよくぼくにユチョンとベタベタしすぎだって言うけど、チャンミンの態度はどうなんだよ?
 なんでいつもぼくだけヒョン扱いしてくれないの?

 そんなこと気にしてるって言ったらまた揶揄われるんだろうけど。

 「ジュンスはいいよねぇ。疑いようがないもん、チャンミンのあの態度」

 わお。
 ユノの態度だって相当だと思うけど。(ただでさえユンジェユンジェって騒がれてるほどなのに、何が不満なの?)

 疑いようがないかなぁ。確かに、そこまで不安にさせられることはないかも。
 まぁまだつき合いはじめてからそんなに時間も経ってないし、未だに実感湧かない部分があるからなのかな。

 ついこの間まで、すきなのは自分ばっかりのはずだったのにね。
 なんかちょっと、不思議な感じ。

 「はい、いいですよ。お疲れさまでしたー」

 ディレクターさんのカットの声にいち早く反応し、ぴょんと立ち上がるジェジュン。
 ぼくもつられて立ち上がったけど、彼のように堂々と恋人のもとへ走っていくことはできなかった。

 「ユノぉ、お疲れさま〜」

 彼の王子さまは満面の笑みでそれを受けとめる。

 「ジェジュン、ありがとう。今日の三人どうだった?」

 「ちょっと落ちついた感じですごくよかったよ。カッコよかった〜ユノ」

 「ジェジュンに言われると自信つくなぁ」

 やってろ!という目で後ろからふたりを睨みつけながら、チャンミンがユチョンを従えてブースから出てくる。
 無意識なのか台本をくるくるまるめている手元がなんかちょっとカッコいい。

 ユチョンと何話してるんだろ。
 なんだかんだ、ユチョンってチャンミンのことすごい可愛がってるんだよね。
 それがわかるのか、チャンミンもユチョンには甘えてる気がする。

 ぼくだってチャンミンのこと甘やかしたいのにな。
 それがスマートにできるユチョンが羨ましい。

 「ジュンスヒョン、ぼくにお出迎えはないんですか?」

 楽しそうにニマニマしながら、チャンミンとユチョンがぼくに近づいてきた。

 「ジュンス、聞いてた〜?チャンミン笑えるくらいおまえの話ばっかりだったよ」

 「そうだった?」

 「聞いててくださいよ、ヒョン。折角ぼくが電波に乗せて思いを伝えたのに」

 ユチョンは仰け反って笑う。

 「結構大胆だよねぇ、そういうところ」

 「そうですか?変に隠したりするほうがぎこちなくて怪しいじゃないですか。ユスを覆すくらいの衝撃を世間に与えたいですね、ぼくは」

 何それ?
 チャンミンの考えることって時々わからない。
 ユスって言われといたほうが安全なんじゃないの?バレたらどうするのさ?

 「どんなにチャンミンがぼくの話ばっかりしたって、ユチョンのほうが優しいもん」

 「お!どうしたのジュンスぅ、チャンミンに妬きもち妬いてほしいの〜?」

 「ぬぁっ、違う!チャンミンはぼくのことバカにしすぎなの、弟のくせに。ぼくはヒョンなのに!」

 うひゃひゃと笑うユチョンのとなりで、チャンミンはちょっとおもしろくなさそうな顔をした。

 「別にバカになんてしてないでしょう。ねぇ、ユチョンヒョン?」

 「してるよぉ!明らかに違うじゃん、ぼくに対する態度だけ!ねぇ、ユチョン?」

 彼はぼくたちふたりの言葉に首を横に振りながら、呆れたような声で言う。

 「惚気にしか聞こえないよ。ふたりでやりなさい、おれトイレ行ってくる」

 惚気ぇ?どこがだよ。
 バカにされてるって言ってるのに!

 ユチョンが去っていくのを見守って、チャンミンはぼくを見下ろしてきた。

 なんて威圧的な目!絶対ぜぇぇったいぼくのこと兄って思ってない。
 負けるもんか!ぼくはヒョンだぞ!

 「ヒョン」

 「なっ、なんだよ」

 呼びかけておいてこたえもせずに、彼はスタッフの行き交う廊下をぐんぐん歩いていってしまう。
 置いていかれまいと小走りになるのがまた悔しかった。

 言いたいことがあるなら言えばいいのに。
 受けて立つぞ!ぼくはヒョンなんだから!

 チャンミンはいつも通り抜ける開けたロビーで急に立ちどまり、自販機の前に設置されたソファベンチに腰を下ろして、となりをポンポンと叩いた。

 「座ってください」

 「なんで?」

 「ゆっくり話せる場所がないからです。ほら、早く」

 なんとなく主導権を握られているようでおもしろくなかったけど、とりあえず言われるがままにとなりに座る。

 チャンミンは長い脚の上に肘をついて、ちょっと見上げるような感じでぼくを見てきた。

 「あなたは何もわかってません」

 「はぁっ?ぼくが何を…」

 「何もわかってない、って言ってるんです。ぼくがあなたをヒョンだと思えると思うんですか?」

 上目遣いといえば可愛いものだと相場は決まっているが、この人の場合違う意味でドキッとさせてくる。

 整った綺麗な横顔と、意志の強そうな瞳。
 男らしくてどことなくセクシーな、ぼくに首を傾げてみせるその表情。

 怒ってるのにドキドキさせてくるなんて卑怯だ。
 ぜんぶわかっててやってるんだろうか。
 チャンミンならそのくらいのこと平気でやりそう。

 「あなたはぼくを弟だと思ってるんですか」

 「それは、だって…歳下だし…」

 「他の後輩と同じだと?」

 真面目な目をして、責めるような口調で畳み掛けてくる。

 「違っ、違うけど。そういうことじゃないじゃん、仕事のときはさぁ。もっとこう…ユチョンみたいに、尊敬されたいっていうか…」

 おかしいな、言ってて恥ずかしくなってきた。

 チャンミンは、ぼくが特別だって言ってくれてるのに。
 恋人だからヒョンとは思えない、ってことだよね?

 「正直、人前でジュンスヒョンのことを尊敬してるとは言いにくいですよ」

 「な、なんでだよ」

 「なんかバレちゃいそうじゃないですか、すきだって。揶揄ってたほうが誤魔化せるし、楽なんです」

 すきだなんて、よくそんなさらっと言うよね。
 その一言でどれだけぼくの心が舞い上がるか、それもたぶんわかってるんだろう。

 チャンミンは姿勢を正し、脚を組んで背凭れに体を預けた。

 「さっきの収録、聞いてました?歌うのに緊張するのは、っていう質問の」

 「え?ああ、うん。聞いてたよ」

 「ぼくが最初からあの曲に苦労してたのをヒョンは知ってたでしょう?踊っても踊っても、うまくできない気がしてました。綺麗に踊るヒョンたちに、置いていかれていくようで怖かった」

 すぐ横で静かに話すその声が、体に満ちていく。
 それが心に届くたび、何度も繰り返しすきだという感情が生まれる。

 強い瞳も、弱い言葉も、愛しい。
 そのすべてをぼくだけに見せてほしい。

 「ある夜、もう無理だと思って、練習をあきらめてスタジオから出たんです。ぼくの技量じゃ駄目なんだと言うつもりでした。長い間レッスンを受けてきたヒョンたちと同じレベルにはなれない、と」

 「うん…」

 どんな言葉をかければいいのかわからず口ごもるぼくに、チャンミンはほほえんだ。
 それはもう、カメラには向けてほしくないと思うくらいに、美しく。

 「その通り道にあった別のスタジオから、同じ曲が聴こえたんです」

 柔らかな表情、穏やかな声。
 ぼくの目をまっすぐみつめてくる、逃げることを知らない男。

 その道程がどれほど険しいものだったか、きみが悩んできたその時間もぼくは、見守ってきた。

 今なら、守れるのかな。
 いっしょに受けとめられるのかな。

 「あなたでした。びっくりしましたよ、あんまり練習しない人だと思ってたので。誰も連れずひとりで黙々と練習してるのを見て、わかったんです。できないんじゃなくて、やってなかったんだって。才能じゃなくて努力が足りなかったんだって」

 彼の右手が、子どもにするようにくしゃくしゃっと髪を撫でてくる。
 ヒョンなのに、と思うよりも先に、大切に思われてるといううれしさ、誇らしさが心の底から湧き出て、頬が緩む。

 「覚えてないな」

 「声かけませんでしたから。でもあのとき、この人の背中を追いかけていけば間違いないと思えたんです。あなたをすきになるずっと前から、そういう姿勢はぼくの憧れでした。それがぼくなりの、あなたへの敬意です」

 敬意。
 チャンミンの話す、凛とした言葉。

 ねぇ、あの頃のぼくも、きみに何かを与えられてたのかな。
 すこしでも、支えになれてた?
 それがもしも今に繋がってるなら、人知れず努力する時間もあながち無駄じゃないんだなって思う。

 この世にどれほど報われない思いがあるのか、それを思えば今ぼくがいるこの状況はすごく恵まれてるんだろうね。
 夢も、恋も、想像を遥かに凌ぐかたちで叶っていく。
 しあわせという確かな充実に変わっていく。

 そこにいつも、きみがいるよ、チャンミン。
 だからぼくのしあわせは途絶えないんだよ。

 「機嫌なおりましたか、ヒョン?」

 今度は可愛らしい表情で覗き込まれて、頷かずにはいられなかった。

 だって可愛いんだもん!
 そんないろんな顔できるなんて狡い!

 「うん」

 「よし!じゃあ行きましょう、ユチョンヒョン」

 「うん…えっ?」

 ユチョン?

 ぼくは立ち上がってその人に手招きをするチャンミンを仰ぎ見た。

 いつからそこにいたのか、ぼくの真後ろに立っているユチョン。
 ふたりはガッチリ握手をして、肩を組んで歩いていく。

 「意外と早かったね」

 「まぁ、ジュンスヒョン相手ならこんなものでしょう」

 「ちょろいな〜ジュンスぅ」

 いまいち飲み込めないまま後をついていくぼくをチラチラ見ながら喋る、ふたつのいけすかないニヤニヤ顔。

 「ちょろいのがこの人の可愛いところですよ。そうでなくちゃ楽しくありません」

 ちょろい?
 楽しくない?

 頭にゆっくり染み込んでくる言葉。
 ぼくを見る悪魔のようなふたつの目。

 「…騙したな、チャンミン」

 「とんでもないです、心外だなぁ。ぜんぶの言葉が本気ですよ、ぼくは。いつでもね」

 くそぅ!
 いつだってこうやって揶揄われるんだ、ぼくは。
 金輪際信じないぞ、チャンミンの言うことなんて!

 怒りを込めて大股でふたりを追い越していくぼくの背中に、追い討ちをかけるようにチャンミンの声が飛んでくる。

 「ヒョン!明日の朝、ハニーイ、朝だよ。起・き・て、って起こしてくださいよ」

 人が怒ってるのに何言ってんだ!
 今日という今日は許さないんだから!

 「ユチョンにやってもらえ!バーカ!」

 そう言い捨ててふたりのヒョンたちが待つバンへ走っていく。
 後ろからはまたふたつの楽しそうな笑い声が聴こえてくる。

 ユノに言いつけてやる!
 ジェジュンはいつも知らん顔するけど、ユノなら絶対怒ってくれるもん!
 チャンミンなんかご飯抜きにされちゃえばいいんだ。一週間納豆にされちゃえ!
 バカ、バカ、バーカ!

 それでも、憧れていたという彼の言葉がいつまでも頭に残って、強張らせておきたい頬の筋肉を緩ませる。

 すきになるずっと前から、だって。
 揶揄われていたことはわかっていても、ああいう言葉はうれしい。
 勿論憧れっていうのもうれしいんだけど、すきになるずっと前からっていうその言いかたが。

 今はすき、って言われてるみたいで。
 今は憧れだけじゃない。
 今はただの兄と弟ってだけじゃない。
 特別だよって言ってくれてるみたいで。

 ぼくも同じ気持ちだよ、なんて絶対言ってあげないけど。
 怒ってるんだから。半日は口利いてやらないし。
 でも…

 明日の朝は起こしてあげてもいいよ。
 おい、時間だぞ。起きろ!ってね。

 ぼくをバカにしくさって態度もおおきい弟だけど、自分のことには意外なほど自信がなくて弱気にもなるメンバーだけど。

 きみは今日も男らしくて可愛い、憎たらしくて愛おしい、ぼくの恋人。


         It has finished,
     at 00:00 August 2,2012
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