小説:拍手用番外編

□Hi ya ya ヨルムナル
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Extra chapter 10. Hi ya ya ヨルムナル


・Chapter 13.のサイパンでのミンスファーストキスを、Chapter 19.から20.の間のチャンミンの心境を交えながら振り返ります。


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 「はい、オッケーでーす。じゃ次はですね…」

 カットがかかり、現場が一気にざわつきはじめる。

 カメラがとまると同時に、ジュンスの細い肘がぼくの右脇に喰い込んできた。
 ぼくの右側に立つ彼は不機嫌そうな顔でこちらを睨む。

 カメラの前では可愛い顔してたのに。
 何か怒ってる?

 「何ですか、殴らないでください」

 「チャンミンのバカ」

 「は?」

 拗ねた顔がおもしろくて(これ言うといつも怒られるんですけどね)笑いながらジュンスを覗き込むと、寄るなと言わんばかりに腕を振って追い払われた。

 「何怒ってるんですか、ヒョン?」

 「知らないっ」

 あーあ、そんな態度でぼくが凹むとでも思ってるんでしょうかね。
 この人の学習能力は著しく欠陥品だと思いますが、こういうところが可愛くて、いっしょにいてホントに飽きません。

 「自分で怒ってるのに知らないことないでしょう?ぼく何か怒らせるようなこと言いましたっけ?今の撮影中ですか?」

 「もー煩いな、自分で考えてよ」

 ジュンスに歩み寄る気持ちがなさそうなので、ぼくはわざとおおきな溜め息をついて彼から離れた。

 「わかりました。ヒョンがそういうつもりなら、ぼくは向こう行ってますから」

 勿論、これもこちらの作戦なんだけど、何回やってもジュンスはこれに引っ掛かる。
 釣り堀の魚みたいに間抜けで、まぁよく言えば愚直なんだろう。
 ああ、可笑しくてしょうがない。

 歩き出すぼくのシャツを握ってくるちいさな手。
 ほら、きた。ちょっとも我慢することができないんですよね、この人は。
 いったいいつになったらぼくに遊ばれてることに気づくんだろう。

 ぼくは気怠いふうを装ってゆっくり振り返った。
 ジュンスは恥ずかしいのか悔しいのか頑なに下を向いて、黙っている。

 「何ですか」

 冷たい声を出すと、ジュンスの伏せられた瞼がぴくっと震えた。

 「ちゃ、チャンミンがいけないんだよ」

 すぐ吃るし。声震えてるし。
 叱られて言い返せなくなる子どもみたい。
 わかりやすくて、愛しい生き物。

 「何がですか」

 「だって…さっき、………って言ったじゃん」

 聴こえませんけど。
 わざと顔をぐっと近づけて、至近距離で彼と目を合わせる。

 「何ですって?もう一回言ってください」

 「う…あの…」

 近くに寄っただけですぐ真っ赤になる。
 最近ではそれが自分でもわかるらしくて、すこしでも抑えるためにぼくから必死で目を逸らそうとする。

 「チャンミンが…サイパンで…」

 「サイパン?」

 「サイパンでの…いい思い出がないなんて言うから…」

 ぼくたちは今、日本でファンクラブ向けに出るDVDのコメント撮りを順番に行っているところだ。
 この一年を振り返って、イベントやプロモーションの感想を述べていく。
 韓国語ならすらすら言えることも、日本語にするのは難しくて、言葉を選ぶのにも苦労してしまうから、意外と大変な仕事のひとつなのである。

 ジュンスとぼくがふたりで撮っているのはこの一年に出したシングルの思い出で、たった今サイパンでロケをしたPVについて語ったところだった。

 「それはだから、忙しかったし体調も悪くて…そんな怒るようなことですか?スタッフさんも笑ってくれてたし、オッケー出たのに」

 「そういうことじゃ…いや、もういいや。忘れて」

 忘れて?いやにすんなり引き下がったな。

 なんでもかんでも楽しかった、素晴らしかったってこたえるより、正直な気持ちを言ったほうがファンのみなさんも楽しめると思うんですけどね。
 それに後からちゃんとフォローしたじゃないですか、結果的にはおもしろかったって…

 つまり、それも気に入らなかったってこと?
 ジュンスは何てコメントしてたっけ。楽しかった?うれしかった?
 忘れられない思い出、とか言ってたな。

 忘れられない…サイパンでの…
 あ。そうか。

 「キスのことですか?」

 ボンッと赤くなる顔。
 おお、ビンゴ。わっかりやすい。

 「も、いいって…」

 「ぼくがそれをいい思い出じゃないって言ったから拗ねてるんですか?」

 耳まで赤い。暑いだろうな、今。
 この後すぐ次のコメント撮りだけど、こんなに赤くて大丈夫なのかな。

 可愛い人。
 仕事で仕事の話をしてるんだから、当然仕事的にはあんまり楽しめなかったっていう意味だったのに。

 あのキスをぼくが後悔してると思ってるのかな。
 そういえば以前訊かれたことあったっけ、キスしたこと怒ってるのかって…

 確かにあのキスでぼくの人生はかなり変わってしまった気はしますけど。
 後悔とかはもう今は感じない。
 あの夏があってよかった、って思ってますよ、ぼくも。

 それは眩しい太陽の下、あなたとふたりで踏み出した宛のない旅。
 
 あのPVのロケはホントにきつかった。
 とても人間業とは思えない超人的なスケジュールで、一日目の撮影が終わった後倒れるように眠ってしまった。

 体が朝を感じて、いつ閉じたかも覚えていない瞼をゆっくり開く。

 見慣れない部屋の天井に朝日の筋が射し込んでいる。
 その光が漏れる窓の外には、昨日走る車から眺めた青い海が広がる。

 時間を確かめようと身を捩ると、何か柔らかくて生暖かいものが肌にふれた。

 びっくりしてさっと身を引く。
 そこには自分に寄り添うようにして穏やかな寝息を立てているジュンスがいた。

 …ジュンス?
 なんでいっしょに寝てるんだ?
 同じ部屋でもなかった気がするんだけど…

 一応自分と相手が服を着ていることを確認して(ジュンスがそんな大胆なことできるわけないので疑う余地もないことでしたが)、彼を起こさないようにベッドサイドのテーブルに置いた携帯に手を伸ばす。

 時間は五時をまわったところだった。
 今日は七時集合なので、まだ時間に余裕がある。
 この状況をどうしたものかと思いながら携帯に残った着信をチェックする。

 ジュンスから…?
 なんだろ。ここで寝てるのと何か関係あるんだろうか?

 とりあえずよしとして、いくつか届いていたメールを開いていくと、ユチョンからのものに行き着いた。

 なんでわざわざぼくにメール?
 送信ミスかな。女宛ての文じゃありませんように…気まずいから…

 そう願いつつメールを開く。

 チャンミン、おはよう!何時に起きたか知らないけど、よく寝れた?
 昨日の夜ジュンスが部屋にきたよ。何か約束してたんじゃない?寝たよ〜って言ったら超ガッカリしてた。そのまま放置しておれが帰ってきたら並んで寝てたから、邪魔しないようにそっとしておきます。
 ユノヒョンにはおれからうまいこと言っておいたから!心配いらないよ☆じゃ、明日もがんばろ〜おやすみ〜。

 突っ込むところはたくさんあるけど、とりあえず自分宛てだったことにほっとした。

 その二、三通前にきているメールはジュンスからだった。
 それを見てやっと昨日のことを思い出す。

 そうだ、ジュンスと約束してたんだった。
 夜、散歩に行こうって誘われて…
 ぼくが起きるのを待ってたのかな。起こしてみたけど起きなかったのかな?

 となりで呑気な寝顔を見せている彼をみつめて、鼻に抜けるような笑いを漏らした。

 悪いことしたな、勇気出して誘ってくれたんだろうに。
 どう見ても緊張してたし、ふたりで行きたいのかって訊いただけであんなに動揺して…

 この人がぼくに対して一生懸命でいてくれるのが、なんだか可笑しくて、実はちょっとうれしかったりもする。
 気づいてしまえば、ああ惚れられてるんだなってわかる瞬間もあって、それがなんかジュンスをぼくのなかで急激に特別な存在に変えていた。

 昨日も、ユチョンに抱きつかれてるのを見て、苛立ちを抑えきれずに思わず引き離すようにジュンスの腕を掴みにかかってしまった。

 笑ったり、照れたりする仕種もやけに可愛く見えてしまって…弟みたいに。
 そう、きっとそういうことなんだろう。出来の悪い弟を見守るような…

 無防備に眠るジュンスの頬を、そっと撫でてみる。
 暖かくて、柔らかくて、なんだか安心する手触り。

 ぼくは特別寂しがりではないし、人肌が恋しくなることなんてないけど、それでもこの人にふれるといつも心がじわっと満たされる感じがする。

 なんか人をほっとさせる空気みたいなものを持ってるんだろうな。
 一度口を開けばほっとするどころか煩くてうんざりするけど…

 擽ったいのか、眠りを妨げられて邪魔なのか、ジュンスは撫でてくる手から逃げるように寝返りを打って、ぼくのほうを向いた。
 それがなんだか可愛かったので、起きないかなーと思ってもう一度頬にふれてみる。

 「んー…」

 煩わしそうに顔を顰め、唸るような声を上げた後、彼はゆっくり目を開けた。

 「おはようございます」

 寝起きのぼんやりした目がぼくを捉え、なんとなく意識が戻ってくるまでの間、近くでじっくりと見慣れたジュンスの顔を眺めていた。

 彼はなかなか状況が飲み込めないのか、何度も瞬きをしながらぼくをみつめている。
 出逢ったときにはきつそうに見えた目も、今は優しく、可愛らしく映る。

 となりのベッドで眠るユチョンを起こさないように、声を潜めて話しかけた。

 「昨日はすいませんでした、寝ちゃって」

 ジュンスはまだポカンとしている。
 よくわからないという表情のまま辺りを見まわし、自分の状況を確かめるように部屋を眺めた後で、ぼくのところに視線が戻ってきた。

 頬にほんのり赤みが射す。
 やっとぼくのそばにいることに気づいたみたいに。

 「これからでよかったら、すこし散歩しましょうか」

 罪滅ぼしの気持ちを込めて提案する。
 ちょっとよろこんでくれるんじゃないかな、なんて思って。

 でもジュンスは呆けた顔のまま固まっている。

 何か考えはじめるとすぐ遠くへ行っちゃうからなぁ。
 ぼくの言葉、聴こえてるんだろうか?もう一回言ってみるべき?
 それともいっそ気にしないで先に起き上がっちゃう?

 とりあえず声をかけてみようか。

 「ヒョン?」

 「えっ?ああ、うん。じゃあ」

 ジュンスはぼくから目を逸らすようにさっと体を起こして、適当な返事をした。

 これは、もしかして…怒ってる?
 そりゃそうか、約束してたのに寝ちゃったんだもんな。
 拗ねて当然かも。

 どうしたら機嫌なおしてくれるかな…

 
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