小説:拍手用番外編
□My little princess-イッチャナヨ
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Extra chapter 8. My little princess-イッチャナヨ
・Chapter 17.の冒頭で、ついにジェジュンの気持ちに応えたことをメンバーに表明したユノ。彼の気持ちの変化、そして決意を、Chapter 12.でのジェジュンの告白を交えて、Chapter 15.、16.で入院中にジェジュンと交わしていたメールから振り返ります。
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ユノ。生きててくれてありがとう。
広いばかりでなんの慰めもない病室に、パソコンを持ってきてもらった。
倒れてから丸一日と半分、友人はおろか両親やメンバーでさえも、騒ぎに巻き込まれないためにとここにくることを許されていない。
しかたないことではあった。
おれとしても、これ以上事をおおきくしたくはないと思っていたし、自分のまわりの人たちにも被害が及ぶかもしれないと思うとぞっとする。
大切な人たちが傷つけられませんように。
おれにできることはここから祈ることだけでも、せめてこれ以上足を引っ張ることはしたくない。
とりあえず家族とは電話で話せたので安心させられたが、メンバーには事務所越しに無事を伝えてもらっただけなので、どうしても連絡を取りたいと我が儘を言ってパソコンを入れてもらうことになったのだった。
明らかに疲弊した表情のマネージャーを励まして送り出し、病室にひとりになってすぐ、ジェジュンへのメールを作成した。
パソコンには携帯のアドレスを入れていなかったので、彼のパソコン宛にメールを送る。
ジェジュン、仕事お疲れさま。体しんどくないか?おれのせいで更にスケジュールが詰まってると思うけど…
昨日の放送観たよ。みんな格好よくて、すごくがんばってて、感動した。おれも早くそこに戻るから、待ってて。おれの帰る場所はいつだってそこにしかないから。
とりあえず元気だよって伝えたかったんだ。早く退院して、家に帰りたいよ。ユチョン、ジュンス、チャンミンにもよろしく。体にはくれぐれも気をつけて、とにかく無理はしないように。
心配かけてごめんな、ジェジュン。
窓から秋の風が吹き抜けて、空を仰いだ。
心は穏やかで、不思議なほど落ちついていて、澄み渡る今日の空のように青くどこまでも広く感じられた。
どんなに忙しいときも、一日に一度は空を見上げなさい。
腰を痛め、足を怪我して、もう踊れないんじゃないかと絶望したとき、父はおれにそう言った。
あんなに反対されたのだからきっとあきらめなさいと言われるんだろう、と思っていたときにくれた、なんの叱咤激励もない言葉。
あきらめるな、と聴こえた。
大丈夫だから、ここにいるから、あきらめるなと。
今日の空は、まるであの日の父のように、優しくも冷たくもない、綺麗な青。
開きっ放しのパソコンの画面にメールが届いた表示が点いて、視線を戻した。
ジェジュンから。随分早いな、と思いながらメールを開く。
ユノ。生きててくれてありがとう。
たったこれだけだった。
その言葉だけで、彼がどんなに心配してくれているのかわかる。
おれのために祈り、信じ続けてくれた彼の愛が伝わる。どんなに不安にさせたことだろうと思うと心が痛かった。
意識の海の底、漂う深い闇のなかで、ジェジュンの声は聴こえていた。
おれを呼び、叫ぶ声。悲痛に掠れ、苦しみに揺れ、我を失って泣き喚く声。
生きなくては、と思った。
彼のもとへ還らなくては、と。
おれのすべてが、ジェジュンを守りたいと、自分の腕のなかで安心させてやりたいと叫んでいた。
「ユノ。愛してるよ」
真っ暗にした部屋のなかで、ジェジュンは言った。
浮かび上がるような白い肌と、それによく映える円らな瞳。ベッドに座っておれを見上げている。
「うん?おれもだよ」
上着を脱いでその辺に放り出しながらこたえる。
甘えたい気分なのかな、と思い、彼の頭をくしゃっと撫でた。
ジェジュンは笑うこともなく、ただ咎めるような視線をおれに向けてくる。
「どうした?」
「そういう意味じゃないんだ」
「え?」
彼の頭に置いていた手を掴まれる。
何か怒ってるのかと思うほど真剣な瞳で睨まれ、ちょっとたじろいだ。
「すきなんだよ、ユノ」
「だから、おれも…」
「いいから聞いて。ユノがわかってくれないってことがどういうことかわかってる。こんなの、ただ自分が楽になりたいだけで、すこしもユノのためにならないってこともわかってる。でも言わせて」
何を言われているのかまったくわからなかった。
ただ、淡々と言葉を紡ぐ彼の歌っても喋っても美しい声と、おれの手を掴んだままの華奢でしなやかな指先が、ほんのすこし震えているのを感じるだけ。
ジェジュンの目は、おれを捉えて放さなかった。
「ずっと、最初に逢ったときからずっと、隠してきたことがある。どんなに仲よくなっても、なんでも言い合おうって約束しても、言えなかった。おれはずっとおまえの信頼を裏切ってきたんだよ、ユノ」
隠してきた?裏切ってきた?
頭が混乱して、どんどんわからなくなる。
だけど、目の前にいるかけがえのない友人の顔を見れば、彼が哀しみと苦痛に堪えようとしていることはわかった。
「ジェジュン?」
「名前を呼ばれるたびに、痛いくらいのしあわせを感じながらいつも、つらかった。ユノが大親友みたいにおれを呼ぶから。ユノとの絆が深まるたび、これ以上縮まらないと思ってた距離がどんどん近くなるたびに、壊れそうな思いを味わってきた」
知らない人みたいだ、と思った。
いつもは、どんなに重い話をしてるときだってちゃんとおれの話を聞いて、互いの溝を埋めるように歩み寄ってくれるのに。
こんな一方的に話すことなんてないのに。
「おれのこと、きらいなの?」
「バカ。すきだって言ってるのに」
バカって。バカって…
未だに何の話なのかわからないおれは、やっぱりバカなんだろうか?
ジェジュンの瞳のなかで、街の灯りがゆらゆら揺れる。
「おれも、ユノのこと親友って思えたらってずっと願ってきたよ。かけがえないメンバー、どうしてそれじゃいけないのって。あきらめよう、やめにしようって何度も言い聞かせてきたよ。ユノを傷つけるってわかってたから」
おれを傷つける?
ジェジュンが、おれを?
「どんなことがあってもきらいにならないって約束したじゃん。何を言い合っても大丈夫だって」
忘れたの、ジェジュン?おれのことなんて親友でもなんでもないって思ってるの?
確かにその言葉は胸に重かった。
でも、ジェジュンがそれで苦しいと言うなら、最後まで聞いてやりたい。
「それは友人としての約束でしょ、ユノ。おれは既に友だちっていう関係を裏切ってるんだよ。だけど、言わなければ一生親友を装っていられることはわかってたし、何よりもそばにいたかった。いつかこうなるって予感があっても、それでもとなりにいたかった」
そばにいたかったけど、友だちじゃなかった?
頭は混乱するばかりで、ちっとも纏まろうとしない。
ジェジュンの言葉が脳に散らばってガランガラン音を立てているだけ。
おれが茫然と見守るなか、ジェジュンは続けた。
「ユノに彼女ができても…最初に逢ったときから何人かいたわけだし、平気だと思ってた。おれはただ思ってるだけでしあわせだったし、それで充分だと言い聞かせてきた。ユノがおれのものにならないなら、しあわせでいてくれるのがいちばんだからね」
外は淑やかに雨が降っていた。
時折、下の道路を車が走り抜ける音がして、それからまた静寂が戻ってくる。
「今だって、誰よりもしあわせでいてほしいと思ってるよ。だからおれの言うことそんなに気にしないで。ホント、自分が楽になるためっていうか…ユノにどうこうしてもらおうってわけじゃないんだ。ただ、ひとつの区切りとして、言葉にしてしまいたいだけだから」
ジェジュンは笑った。
なんの無理もない、綺麗な笑顔だった。
吐く言葉のひとつひとつが苦しいと言ってるように感じられるのに、それでも彼は美しく笑えるのだった。
最初に逢った頃のような尖った雰囲気や、自分を壊してしまいそうな衝動的な儚さは、今の彼からは感じられない。
もう充分に人間のできたおとなの男性で、聞き分けのいい三人の弟をともに見守ってきた同い年のメンバーで、これまでの苦楽を、そしてこれからの未来をずっととなりで分かち合う親友。
誰かじゃ補えない大切な存在。
彼が離れていくなんて、考えられない。
「おれの言いたいこと、わかった?」
優しい目で訊くジェジュンに、おれは首を振った。
「わからない。わからないよ、ジェジュン。それで終わりなの?おれとは親友じゃないってこと?そんな、もう終わったことみたいに言われても…おれには何もできないの?」
ジェジュンは困った顔でおれを見て、静かに息を吐いた。
「わかんないか。しょうがないな…あんまりこういう手には出たくなかったんだけど。ユノのために」
そう言うのとほぼ同時に、掴まれていた手がぐいっと彼のほうへ引っ張られる。
あまりに急で、しかもかなり強いちからだったので、おれは彼が座るベッドの上に倒れ込んだ。
「な」
さらにスプリングが軋む感触がして、平衡感覚がなくなっているうちに両肩をぐっと押しつけられ、気がつけばおれの上にジェジュンがいた。
何がどうなったのかわからず、影になって殆ど表情の読めない彼を凝視して、何が起こっているのか知ろうとした。
「ジェジュン?いったい…」
「ユノ。もう一回だけ言うから、ちゃんと聞いて」
ジェジュンの甘い、人を蕩かすような声がすぐ近くで聴こえた。
聞き慣れた声なのに、はじめて聴くような錯覚に襲われる。
「愛してる。ずっと、すきだったよ」
おとなの男の声。
おれにそれを知らしめるための声。
ああ、そういう意味だったのか…
やっとわかったときには、ジェジュンのキスに犯されていた。
両手の指を絡ませ合い、体を密着させて、これ以上ないほどの親密さで繋がっている。
不思議なほど優しいキスだった。
ジェジュンは確かめるようにゆっくりくちびる同士を擦りつけ、焦らすように舌で何度もおれのくちびるの輪郭をなぞって、そこが抗いがたい誘惑に自ら開くのを辛抱強く待った。
決して乱暴に奪うことはしないと決意しているかのようなその仕種が、やけに愛おしい。
こんなに静かなキスを味わったのははじめてだった。
欲望というよりは一種情のような、暖かくて擽ったい感情が心で弾けて、疑念や違和感のすべてを忘れた。
ただそこにジェジュンがいて、おれを愛してくれていて、それだけで何もかも受け容れられるような気がした。
彼の弱さも、強さも。
自分の未熟さも、無力さも。
おれにはジェジュンがいる。
身勝手だけど、そう思えた。
どのくらいそうしていたのだろう。
ジェジュンのくちびるがゆっくり離れても、おれは暫く恍惚の余韻に酔っていた。
彼ときつく絡ませていた指が、そっと解かれる。
部屋の扉が開かれ、そして無言で閉じられたことをぼんやり思い出す頃には、ジェジュンは身を起こしていた。
「………今、誰か帰ってきた…?」
「ん?チャンミン。大丈夫だよ、おれがちゃんと説明しとくから」
そういう問題?そんな飄々としていていいものなの?
チャンミンはただでさえちょっと引きこもり気味なとこあるのに、ヒョン同士がその…そんな場面見ちゃったら人間不信に陥っちゃったりしないかい?
ジェジュンはおれの髪にふれ、長い指で優しく梳いた。
「時間がほしい。おれ、努力していくから。これからもユノのメンバーでいたいと思ってるから、だから…今度こそ、ユノのそばにいるのに相応しい存在になれるように。ユノがもし許してくれるなら、これからもそばにいたい」
ジェジュンが美しくほほえむ。
この世の何よりも美しく。
なんだか、心が壊れそうだった。
「ごめんね、ユノ。ずっと親友でいられなくて…」
そう言っておれから目を逸らし、名残惜しそうにおれにふれていた手をぎゅっと握って、ジェジュンは出て行った。
おれはベッドに寝転んだまま、見慣れた天井を眺めていた。
悔しい気持ちも、虚しい気持ちもあったけど、ただ哀しくて泣いた。
ジェジュンはどんな思いで今までおれのそばにいたんだろう…
何もかも知っているつもりでいた自分が恥ずかしかったし、彼が堪えてきた苦しみを思うとやりきれなかった。
それでも、こんなおれでもすきになってくれて、これからもそばにいたいって思ってくれている。
そのジェジュンの健気すぎる強さ、苦しみをも厭わない一途さを思って、出逢ってから何年もの間彼を傷つけてきたことを思って、泣いた。