小説:拍手用番外編

□プンソン-Balloons
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Extra chapter 6. プンソン-Balloons


・Chapter 12.で、個人個人の撮影の後ふたりで食事に行くと言っていたジュンスとユチョン。ジェジュンがユノに告白し、チャンミンがその現場を目撃してしまった衝撃の夜、ふたりは何をしていたのか。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 「ホントにいいの?」

 ジュンスがおれを振り返って訊く。

 訝るように眉を顰め、子どもみたいにくちびるを尖らせて、気に入らないと言わんばかりの表情。

 その可愛い仕種につられるように、ふっと笑みが零れた。

 「いいよ、ご飯奢ってもらっただけでもう充分。こんなことだって滅多にないし」

 「折角なんでも買ってあげるって言ってるのに」

 「これ以上ジュンスから何かしてもらったらバチが当たっちゃうよ」

 そんなバカな、という目でぼくを見るジュンスの頭を、くしゃっと撫でた。

 雨雲を連れて冷たい風が吹く六月の夜。
 安いひとつの傘に身を寄せ合って、我が国の誇る眠らないショッピング街をふたりで歩いていく。

 ジュンスがおれをご飯に誘い、しかも奢ってくれて、さらに何か買ってあげるからと買い物に連れ出してくれるなんて、ホントに稀な出来事だった。
 それもこれも、この世に生まれ落ちた日を祝うという世界共通の(いや、もしかしたらそうしない国もあるかもしれないけど)イベントのお陰なのだ。

 つまり、誕生日プレゼントが思いつかなかったので、おれがほしいと言うものを買いたかったらしい。
 なんともジュンスらしい決断というか…ぐだぐだ悩んだりしないところが。

 ジェジュンみたいにこっそりリサーチして最高にセンスのいいものを贈ってくれるんでなければ、ユノみたいに目を疑いたくなるほどセンスのないものを贈ってくれるよりも、賢明なやりかたなのかもしれない。

 まぁ、ジュンスの場合、早々に考えるのがめんどくさくなったってだけのことなんだろうけど。

 それでもこうして祝おうとしてくれるところが可愛い。
 休みのないなかで、わざわざ誕生日に近い日のスケジュールとか調べてくれたんだろうなと思うと、心がポッと暖かくなる。

 たぶん、ユファンがそばにいてくれたら、やっぱりこういうふうに祝ってくれるんだろうな…

 遠い異国に置いてきてしまった弟のことを思うと、胸が痛んだ。

 あいつには誰よりも綺麗な夢を見せてあげたいと願ってきたのに、押しつけるのはいつも残酷な現実ばかりで。
 おれにできるすべてで守ってやりたいと思いながら、電波じゃ埋まるはずもない距離に隔てられたまま、今も話を聞いてやることさえ満足にはできないでいる。

 それでも、自分の夢を捨てられず、いちばん大切なときにそばを離れたおれを、誇りに思うと言って、がんばれって背中を押し続けてくれているユファン。

 だからおれは今も夢を見続けていられる。
 あいつが見てるって思えるから。

 「服は?ちょっと見てく?」

 ショーウインドーに並んだ服を指差して言うジュンスに、おれはほほえみかけた。

 「うん。じゃあ見てこっか」

 別に何がほしいわけでもないけど。
 もうすこしジュンスを連れまわしたいな、と思っただけで。

 この煩い親友が、おれたちのいちばん幼くていちばんデカイ弟のことをすきなのは知っている。

 別にそれを駄目とか言うつもりはないけど、やっぱり誰よりジュンスを大切にしてきた身としてはちょっと悔しい。
 だからたまにはこうして独り占めしたくなるのだ。

 もしかしたら家でちょっとくらいはヤキモキしてるかも。

 ジュンスは絶対気づいてないけど、最近チャンミンはジュンスのこと気になってると思う。
 こないだちょっとバラしちゃったから、余計にね。さすがにそろそろ気づいちゃったかもしれないな、今日様子おかしかったし。

 ジュンスもだけど、チャンミンもああ見えて結構わかりやすいから、見守ってるだけでも退屈しない。

 「ユチョン、これは?」

 「うん?ジュンスにはこっちの色が似合うんじゃない?」

 「ぼくの買い物じゃないじゃん」

 拗ねるようにおれを睨みつける顔も、可愛い。
 ジュンスはいつだって素直で、そういうところが妙に気に入っていた。

 おれにはもうない純粋さ。
 なんの飾り気も、見栄も羞恥もない、ありのままの綺麗な姿。

 昔はおれもこんなふうだったのかなぁ、なんて、ジュンスを見てると遠い記憶に思いを馳せる。

 遥か過ぎ去ってしまった幼い頃は、たくさんの無邪気な夢を見てきた。
 レーサーやサッカー選手、社長や機長やスーパーマン。花と話したり、ライオンに変身したり、海の奥底で暮らしたり。雲や風船に乗って空を旅するなんて可愛らしい夢も、あの頃はただ生きているだけで見ることができた。

 そしてその多くを忘れてしまった。
 気がついたらおとなになって、希望を抱いて生きることさえ難しくなった。

 あのたくさんのちいさな夢は、音もなく消えていくばかりで。

 それでも、おれには笑わせてくれる仲間がいる。
 そばにいて、同じ夢を見て、孤独を分かち合う仲間。
 つらいとき、苦しいとき、幼い頃のように無邪気に、風船に乗って飛びまわるみたいに自由でいられる仲間。

 今が満たされているのなら、過去を忘れ去っていくこともしかたないのだろうか。
 せめてあのたくさんのちいさな夢を風船いっぱいに乗せて、空へ還せたら…

 「あ」

 おれの声に、並んでいる服をドミノ倒しのようにさわっていたジュンスが振り返る。

 「何?よさそうなのがあった?」

 「うん。ジュンス、あれ買って。おれ、あれがいい」

 そう言って足取り軽く店を出る。
 ジュンスは驚いた顔をしてついてくる。

 おれが道の向こうを指差すと、きょとんとした目で不思議そうにこちらを見た。

 「あれって。風船?」

 道の向こう側では、脚の綺麗なお姉さんが風船の束を持って、道行く人にいかがですか〜と声をかけていた。
 観光客への洒落のつもりか、それとも店のイベントなのか。いずれにしても楽じゃなさそうな仕事である。

 「あんなのでいいのぉ?」

 「あれがいいの!買ってくれる?」

 「いいけど…」

 ジュンスは大して変装もしてない格好のまま、バレるかもなんてまったく危惧する様子もなくトコトコとお姉さんのほうへ歩いて行った。
 おれは一応帽子を深めに被り、伊達眼鏡をかけてはいるけど、あんな無防備なジュンスといたら結局…

 「すいません、ひとつほしいんですけど」

 それまで声をかけるばっかりだった哀れなお姉さんは、ジュンスに声をかけられて心底うれしそうに笑った。

 「はーい、ありがとうございます!お色はどれがいいですか?」

 「ユチョン、色は?」

 うわぁ、名前呼んじゃったよ。どんだけ自覚がなかったらそうなるの?
 もうおれ知らないよ、大騒ぎになったらジュンスのせいだからね。

 「赤。赤がいい」

 おれがいつもより低い声でボソボソ喋ってることも、ジュンスはまったく気にしていない。

 「赤ください」

 「はい、どうぞ。1500ウォンです」

 お姉さんはフツーに応対していた。

 意外と堂々としてたほうがバレないものなのかな。
 それとも、この人はよっぽどテレビを観ないんだろうか。

 「ありがとうございます。はい、ユチョン」

 「ありがと…あ、ねぇお姉さん」

 「はい?」

 彼女が一生懸命で、とても可愛く笑うので(そして勿論顔も可愛いので)、ぼくも最高の笑顔を返した。

 これで落ちない女がいるか!ってやつ。
 結局これも職業病なのかなぁ。

 「これってあれかな、雨で溶けるタイプのやつかな。ほら、環境に優しいっていう」

 お姉さんは最後まで礼儀正しく、仕事熱心だった。

 「ええ、そうです。だからもし間違って放してしまっても問題ありませんよ」

 「そう、よかった。ありがとう」

 「またお願いしまーす」

 満足げに歩き出すおれに傘を差しかけながら(王様にでもなった気分だ)、ジュンスは溜め息をついた。

 「口説きはじめるのかと思ったよ」

 「はは、こんなところで?まさかぁ」

 結構タイプだったこと、こっそり名刺を渡されたら連絡し返そうと思ってたことは言わないでおこう。
 しかし、あんな事務的な対応に終始されては色男のプライドが疼くなぁ。

 「さて、帰りますか。大通りまですこし歩こう?」

 おれは涼しい空気を吸い込んで訊いた。

 既にかなり雨水を吸って、歩くたびにべちゃっべちゃっという音を立てる靴を見下ろしながら、ジュンスは言う。

 「買い物はもういいの?」

 「これ買ってくれたじゃん。来年は何か高いもの買ってもらうから」

 「来年は祝ってあげないけどね」

 可愛いこと言うなぁ。
 おれが笑うと、本気だからと言ってジュンスはすたすた歩き出した。

 赤い風船が、雨風に揺れる。
 それを高く翳して、厚い雲に覆われた明るい夜の空を仰いだ。

 空は、晴れていても雨を降らせていても、真っ青でも真っ暗でも、哀しいときもうれしいときも、切なさで胸を苦しくさせる。
 わけもなく涙を流させる。

 どこまでも続いていく青。
 毎日毎晩そこにいてくれるもの。
 俯いて過ごすときも、涙で滲むときも変わらずに。

 どうして歳を重ねていくだけなのに、おれたちは忘れてしまうんだろう?
 どうしておとなになったというだけでこうも変わってしまうんだろう?
 誰しも幼い子どもだった頃があるのに。
 その頃から空はずっとそこにいてくれているのに。

 おれたちにあるのはただ失うことだけなのか?

 「ユチョン。濡れちゃうよ?」

 ジュンスがそばに寄ってきて、傘を差しかける。
 そして、たぶん今にも泣き出しそうな顔をしてたんだろう、おれを見て目をまるくした。

 「何、どうしたの?大丈夫?」

 率直で、暖かい言葉。
 彼の柔らかい肩をそっと抱いた。

 「大丈夫大丈夫。ありがと、ジュンス」

 おれがほほえみかけると、相変わらずワケわからん奴だなぁと言うような呆れ顔が返ってきた。

 ねぇ、ジュンス?
 ありがとう、ほんとに。
 そばにいて、その綺麗な心で、おれを支え続けてくれて。

 時にはおれも、そんな純粋な気持ちを思い出して、あの風船のように空高く飛んでみたいなぁ。
 忘れてしまったいくつもの夢も、失ってしまったかけがえのない思い出も、心いっぱいに連れて。

 人通りのない暗い道を抜けて、あっという間に開けた通りに出た。
 買い物帰りの客を狙って車線を埋めるタクシーを捕まえると、ジュンスを先に乗り込ませて、おれは風船から手を離した。

 眠ることのない街に、おれの記憶が舞い上がっていく。

 「飛ばしちゃったの?」

 ジュンスの言葉に、おれは窓の外をずっとみつめたまま、頷いた。

 「おれの代わりに、空を飛んでくれたんだ」

 光る地上を離れ、闇のなかへ吸い込まれるように飛んでいく、赤い風船。
 たくさんの別れを連れて。また新しく続いていく時間を乗せて。
 そこには決して終わりはないから。

 幾歳月が過ぎても、たとえこの心がすべて忘れてしまっても…
 失うくらいいくつも抱いてきた夢を、零れ落ちてしまった希望を、思い出せないほど古い記憶の欠片を、またこうして赤い風船に込めることができるかな。

 ただいま、って言える場所がある。
 だから、何度でもまた夢を見ようって思えるよ。
 いつかまた、空のどこかで逢おうね。おれの赤い風船。

 遥か過ぎ去ってしまった幼い頃は、風船に乗って空を飛べる綺麗な夢も見ることができた。
 赤い風船が空を飛んだら、この心にもあの頃の美しい記憶が思い出されて…

 きっと今でも、こんなおれでも、あの頃みたいな綺麗な夢を見ることができるんだって、そう思えた。


         It has finished,
      at 02:00 May 29,2012
With my all thanks for your reading

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