小説:拍手用番外編
□インサ-Greeting
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Extra chapter 5. インサ-Greeting
・Chapter 12.でチャンミンが目撃してしまった衝撃的なキスシーン。そこに至るまでの経緯を、Chapter 10.で酒に酔ったユノとふたりになったシーンやChapter 9.でユチョンと楽屋を出たときの回想を交えたジェジュン目線で。
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ずっと、ずーっと、すきだった。
すきになってもしょうがないってわかってた。
はじめて逢ったときから、あの人の愛は女性のものだったから。
おれだって、生まれつき男しか愛せないわけじゃなかった。
彼とはじめて逢ったときは彼女だっていたし、彼に恋をしてからも、自分やまわりを欺くために何度も女性を愛そうとした。
はじめて逢った日の彼の笑顔を、今も呆れるほど鮮明に思い出せる。
どうしてこんなに特別なんだろう。
誰よりもそばにいるから?
誰よりもおれを大切にしてくれるから?
そうかもしれない。
結局、そんなことのためにおれは何もかもを犠牲にしてるんだろう。
人生ってそういうものだ。
どこがすき、と訊かれてもたぶん、うまく言えない。
すべてがすきと言えば嘘になるかもしれないし。そう思うにはあまりにもおれたちは近くて、親密だから。
ただ、これほど綺麗な人間を、彼の他におれは知らない。
顔は勿論、性格だってホントに正義感の塊みたいにまっすぐで、それでいて人を思いやれるしなやかさもある。
はじめて逢ったときから、ユノはおれのすべてだった。
彼のそばにいたくて、いちばん深い友だちでありたくて、厳しいレッスンもともに耐え抜いた。
それがおれに取れる最高のポジションだと、わかってた。
友だちとしてなら、ユノはずっとそばにいさせてくれると。
だから、その場所を自分のものにするために、おれは歌った。
小賢しくて、狡いやりかただった。
そばにいるために、誰よりも大切な人をずっと欺いてきたのだ。
親友になんてなれないとわかってて。
男同士であることを利用して、彼の友情への執着心につけ込んだ。
後悔はしてない。
結果的には思った以上に彼に近いポジションにいるわけだし、その代償のような苦しみもちゃんと味わってきたから。
「うまくいってなくてさぁ、あいつと…なんていうか、逢ってあげられないから、喧嘩もできないような状態でさ」
めずらしく酒を煽り、酔っぱらった体をぼくに凭れかけさせて、そう呟いたユノ。
おれは不毛にも胸が高鳴るのを感じた。
何を今更期待することがあるのか…
ユノがつらそうにしてるんだから、おれの心は痛むべきじゃないの?
酒臭い溜め息をついて、ユノは続ける。
「つらいんだって…他の女の子のために歌うのを見るのが。そのためにふたりの時間が削られてるんだって思うとやりきれないんだって。なぁ、情けないよな、おれ…何も言ってあげられなかったよ」
腰に手をまわされて、体が強張った。
ユノは当然ながら気にもとめず、無邪気におれの肩に顔を乗せている。
「どうすればいいの、どうしてほしいのって訊いたら、泣かしちゃってさ…でも今日本だから、どんなに無理しても逢いにはいけないじゃん。電話じゃお互いに謝り合うばっかりで、埒があかなくて」
ユノのほうが泣くんじゃないかと思った。
髪を撫でてやると、おれを見上げてくる凛々しい瞳。
なぁ、そんな女やめちゃいなよ。
仕事のことわかってくれる人じゃないと苦しいよ。
ユノがすきな人ならおれもすきになろうって散々努力してきたけど、ユノを苦しめるような女ならおれは認めない。
ユノにはしあわせになる権利がある。
他人のしあわせのために犠牲を払うことを厭わない人だから。
ユノがしあわせじゃない顔なんて、おれがどうにもしてあげられないことで悩んでるところなんて、見たくないんだよ。
「おまえが来てくれてよかった…なんかホントいろいろ参っちゃってさぁ。そばにいてほしかったんだ…ユチョンたちにこんなこと相談できないし…」
さっきまでおれを見上げてた瞳は眠たそうに伏せられ、声もトーンが落ちて、柔らかい口調になっていく。
おれはただ、彼の髪を撫でていた。
こんなことがただただうれしくて、しあわせだった。
「がんばろうな、おれたち…絶対ビックになってさ…そしたら、休みもすきなだけ取れるようになるよな。そのときみんなでさぁ、もう一回…あの………」
ユノはあの宝石のように清廉な瞳を閉じて、眠りのなかへ落ちていった。
ユノがみんなでもう一回行きたいところ、或いはやりたいことが何なのか、おれにはわからない。
ただ、彼女のことじゃなく先にメンバーのことを思ってくれたのが、恥じ入るほどに誇らしかった。
眠ってしまったユノをベッドまで連れて行き、ちからが許す限りにそっと布団にその体を横たえる。
その重みを全身で受けとめられたことが、しあわせだった。
おれのそばでなんの憂いもなく眠る顔が胸を刺す。
開けたままのドアから風が吹き抜けた。
首まで覆うようにユノに布団を被せて、扉を閉めに行くその数秒を惜しむようにみつめ、漏れる光を受けて金に光る髪をそっと、そっと撫でた。
やがて音もなく静かに、風がやむ。
時間が足りない…
こんなにそばにいても、果てしなく続く同じ未来があっても、足りない。
罪悪感は募るばかりだし、いつまで自分を偽っていられるのかわからない。
そうしているうちに動揺を隠せなくなって、距離をつくろうとした結果がこれだ。
「言って、楽になりなよ。ヒョン」
事故を起こした日、ユチョンはぼくを抱きしめて、あの低い優しい声でそう囁いた。
彼のパーマのかかった柔らかい髪が耳を擽る。
「もう無理なんでしょう?これ以上我慢しても、ユノヒョンを心配させるだけじゃない?」
おれはユチョンの肩越しに見える窓から、空を見ていた。
嵐はおさまる気配もなく、街をどんより暗く濡らしている。
いつかはこんな日がくるんじゃないかって思ってた。
いつまでもこのままそばにいられないことは、自分がいちばんわかってた。
このままでいることが苦痛なのは、他の誰でもない、おれ自身だったから。
ユチョンの言うとおり、もう無理なんだろう。
ユノを苦しめるすべてを排除しようとそばにいたのに、今はおれがいちばん彼を混乱させ、困惑させ、気を遣わせている。
それは、おれが決めた愛しかたじゃなかった。
ユノを苦しめることを望んでるわけじゃない。
困らせたくないから、傷つけたくないから、友だちのままでいたいと願ったのに…
「よくがんばったよ、今まで…」
ユチョンの声が震えた。
泣き虫な可愛い弟は、おれのために、逃げて逃げて逃げまわってきたこんなおれのために、泣いてくれている。
そうだね、ユチョン。もういっか。
おれなりに今まで精いっぱい、がんばってきたもんね。
お別れしよう。
ユノにぜんぶ、ちゃんと言って。
困らせても、傷つけても、ちゃんと受けとめてくれるってわかってる。
ユノはそういう人だから。しなやかで強い人だから、きっといっしょに乗り越えてくれるだろう。
たった一度、心からの感謝と募りに募った思いを携えて、ほほえもう。
そして最後の挨拶を送る。
たった一言で、すべてが伝わる言葉を。
誰もいない家のなかで、ユノの帰りを待つ時間は、これまで足りないと思ってきたはずなのに、とても長かった。
今日しかないと思っていた。
家でふたりきりになれるチャンスがあるのは、五人が個別の仕事を受けて、帰りの時間がバラバラになる今日だけ。
おれが最初に終わって、次に終わるのはユノのはずだ。
ユチョンとジュンスは終わったらふたりでご飯に行くと言ってたから、チャンミンが帰ってくるまではユノとふたりになれる時間がある。
おれはユノのベッドに座っていた。
ユノとジュンスとチャンミンが眠る部屋。
普段ならあまり入ることのない、ジュンスのゲームとユノの脱ぎ散らかしたもので溢れる空間。
起こりもしない奇蹟を願い続ける時間に疲れても、叶うことのないだけどあきらめることもできない愛がつらくても、ユノの親友でいたかけがえのない時間がもうすぐ、終わる…
続いていく時間の区切りのなかで、思い出になる。
大切なあなたに、あまりにしあわせだったこの恋に今、最後の挨拶をします。
それはたった一言、静かな部屋に響く余韻もないような、短い言葉。
愛しています、あなたを…
愛しています。
愛しています。
目を閉じて、涙を抑えた。
おれにくれたいくつもの笑顔が、いっしょに見た幾千もの景色とともに、瞼のスクリーンに蘇る。
あなたと仰いだあの空へ、すべてを今、還そう。
羽ばたいてゆけ、
羽ばたいてゆけ、愛よ。
遥か遠くへ、
遥か遠くへ、あなたへの計り知れない思いを乗せて。
翔び立ってゆけ、
翔び立ってゆけ、愛よ。
天つ彼方へ、
天つ彼方へ、あなたとの数えきれない時間を乗せて。
玄関が開く音がした。
ユノが元気にただいまーと声をあげる。
この部屋の扉が開いたら…
彼がぼくの名前を呼んだら、すべてが終わる。
誰もいないの、と独り言を言いながらユノが近づいてくる。
扉が開き、射し込んでくる光に目を細めた。
その光を遮って、この世でいちばん愛しい人の顔がひょこっと覗き込んでくる。
彼はおれを見て、うれしそうに笑った。
ありがとう、ユノ。
しあわせだったよ。
この人生のなかに生まれた、たったひとつの愛よ…
「ジェジュン」
さよなら。
It has finished,
at 05:45 April 28,2012
With my all thanks for your reading