小説:Bigeastation編31~

□39:Bigeastation 39.
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Bigeastation 39. 2007/12/23~29


 「チャンミンのせいだ」

 そう言ってくちびるを尖らせたのは、かまわれたがりなチームの年長者。

 ブースでは、ぼくたち以外の三人が、わりと真面目な感じでラジオの収録を行っている。

 「なんですか、急に」

 「ジュンスをちゃんと躾けておいてよ、恋人なら!」

 「はい?」

 突如ぶつけられる意味不明な憤り。
 顔を上げると同時に半ば強引に読んでいた本を閉じられる。

 今日はなんだろう…
 録り待ちのたびになんやかやと妬きもちを妬く彼のパターンにも、いい加減慣れてきた。

 ふぅ、とひとつわざとらしい溜め息をついた後、本を傍らに置き、そのおおきな黒目と向かい合う。

 「うちのジュンスヒョンが何か失礼を?」

 冗談めいた返事をしながら首を傾げてみせると、至って真剣な眼差しで彼は言った。

 「あいつ、ユノのこと狙ってる」

 「はぁ?」

 ジュンスがぁ?ユチョンじゃなくて?
 まぁどっちにしても有り得ませんけど。
 そんなの見たらわかるじゃないですか。
 ねぇジェジュン、被害妄想って言葉知ってます?

 「そんなくだらないことが言いたくてぼくの貴重な読書の時間を遮ったんですか?」

 「くだらなくない!ちゃんと聞いてみてよ、ほらっ」

 もう一度本を開こうとした手をぐいぐい引っ張られ、ぼくは天を仰いだ。

 正直、態々聞こうと思わなくたって、どんなに集中して文字の列を目で追っていたって、あの人の声なら聴こえてくる。
 大笑いしていても、台本をまる読みしていても、小声で歌っていても、鼻を啜っていても。

 「いつもよりよっぽどまともな気がしますが?」

 前回の録りが騒がしかったことを思えば、ジュンスは今日はとてもおとなしい。
 新曲の説明という大役を仰せつかったからかもしれないし、ユチョンが無闇に揶揄ったりしないせいかもしれない。
 そもそも、基本的にユノと話すときはいつも、多少リスペクトを感じさせるような姿勢を見せるから。
 そのせいだと思うんですけどね、ぼくは…

 「そこだよ、そこ!なんであんなに従順なの、ユノには。ユノにだけ!おかしい!」

 「従順、ねぇ。あの人なりに気を遣ってるんでしょう」

 ていうかたぶん本能的に、KY同士だと会話が成り立たないこと、感じてるんじゃないだろうか。

 お陰でユチョンのやりやすそうなこと。
 もともと彼はフォロー上手だから、まわしとかDJとか向いてるんですよね。
 聞き手の心を溶かすような声と、ネイティブ仕込みの流暢な英語。
 うーん、格好いいなぁ。

 「なんで!あのふたりがいちばんつき合い長いじゃん、気を遣う必要なんてないじゃん」

 「そうは言っても歳上だし、ぼくやユチョンヒョンみたいにふざけ合いにくいんですよ、たぶん」

 「そんなことないでしょ、もう何年もいっしょにいるんだから。あれはユノに気があるんだよ!絶対そう」

 ああ、そうですか…
 あの人、一応ぼくの彼氏なんですけど。
 何をそんなに疑うことがあるんだ?
 どう見たってぼくに夢中じゃないですか。ねぇ?

 「ほら、また言った」

 「え?」

 「いっしょに行こうって、旅行に。さっきもカラオケで絶対いっしょに歌おうとかなんとかユノを誘ってたじゃん?」

 …呆れてものも言えない、とはこのことだ。
 そのあまりに一方的な見方に辟易して、ひとりこっそり目を剥いた。

 「誘ったんじゃなくて話に乗っただけでしょう?」

 「だってだって、さっきだって、ユノのラップが素敵だって褒めたし、手紙を渡すって案にもすごく同調してたし。 今だってほら!ユノに四人でって言われたら動揺してさ」

 あーあ、もう、いちいちめんどくさい人だなぁ。
 もっと穏やかな気持ちで聞いてあげることはできないの?
 黙って日本語を話す懸命な姿を見守ってあげればいいのに。
 普段と違う緊張感とか、余裕なく言葉を紡ぐ横顔とか、ぼくは結構すきなんですけどね。

 「今のは、なんて返すのがおもしろいか考えてた間だと思いますよ。まぁ結局、アメリカなんてジョークにもならないこと言ってましたけど…手紙を渡したらいいって話のときは、いいですねってこたえただけだったじゃないですか。それに、ユノヒョンのラップはホントに素敵なんだから、しかたないことです」

 確かにユノのラップは素敵だよね、とか言って、心を切り換えてくれないだろうか。
 あーでもそれもめんどくさいかな、惚気に発展するわけだから。

 いずれにしても、もう読書という雰囲気にはならなそうだ。
 そう思って屈み込み、鞄に手を伸ばして本を仕舞うと、上からふふっと笑う声がした。

 「チャンミン、ちゃんと聞いてるんだね」

 「はい?」

 「本なんか開いて興味なさそうにしてたのにさ。ホントはジュンスのこと、すごーく気にしてるんだ。ラブラブー」

 ジェジュンは急に機嫌をなおして、ニタニタ顔で肘でぼくの脇腹を小突いてくる。

 何、それ。
 もともと切り換えの早い人ですけど、そんなふうにコロッと変わったりする?

 …もしかして、揶揄われたんだろうか。
 だとしたら、真に受けてまともにこたえてたぼくって、めちゃめちゃ恥ずかしくないですか?

 「やっぱり気になっちゃうの?すきでしょうがない、って感じ?」

 「変なこと言い出さないか心配なだけですよ」

 「ふぅーん?甘いよね、なんだかんだ」

 そう言ってくすくす笑いながら、グラスを手に取ってストローに口をつけるジェジュン。
 この確信犯、という気持ちを込めて睨みつけると、彼はわざとらしく目を泳がせた。

 「誰の作戦ですか、今のは」

 「ん?ふふ。ところで、ジュンスはなんのために子どもの名前考えてるんだろうねー?」

 …ホントですよ。
 そんなすらすら出てくるってことは、前から考えてたんですね?
 日本で彼女でもつくる気だったのか。
 いや、ジュンスのことだから、きっとなんの意味もなく…

 鞄を閉めてからまた椅子に深く凭れかかり、ガラスの向こうで笑うその人を、みつめた。

 子どもがほしい、と思ってのことじゃないのは、ちゃんとわかっていても。
 切なくなるのは、ぼくの覚悟が足りないせいかな?

 ねぇ、ジュンス…

 どうして、あなたの子どもにソラと名づけるのがぼくじゃないのか。
 この一年、待たせながら、思われながら、考え続けてきたそのこたえは。
 ぼくのなかに、心の奥に、その深くにそっと仕舞われている。
 暴かれないように、壊されないように、過保護なくらい大切に。

 あなたのなかにもきっと、その心にだけのこたえがある。

 今は、それだけで。
 あなたを信じることだけで。
 
 風のように吹き過ぎていったこの一年、とてもしあわせだったから。
 その心にこたえられなくて悩み続けている間でさえ、ずっと。
 あなたとつき合うことを決めたとき、もしかしたら後悔するかもと思ってたけど、結局そんな暇さえ与えてくれなかったですね。
 忙しなく、慌ただしく、ただひたすらぼくは、しあわせだった。

 だから今は、そのこたえが合っていなかったとしても、いいと思う。
 ゆっくり重ね合わせながら、守り育みながら、また新しい一年を生きていこう。

 空のように高い、どこまでも広い夢を、ともに追いながら。

 あの紫に染まる理想の世界へ、一歩ずつ確かに歩を進めながら。

 30曲つくるあなたの傍らに、新しい歌に染まるその声の聴こえる場所に、いつも、いつまでも、ぼくはいたい。

 「さーあ、終わった終わった。ユノをお出迎えしようー」

 ジェジュンはエンディングが終わると同時に意気揚々と椅子から立ち上がる。
 ぼくは欠伸を噛み殺しながら彼の背中に手を振った。

 「はいはい、行ってらっしゃい」

 「チャンミンもたまには迎えに行こうよ!ほらほら、立って!座ってばっかだと筋肉鈍るぞ」

 えー、めんどくさいな…
 あれだけ踊ってるんですから、そう簡単に鈍ってもらっちゃ困りますよ。
 大体、態々迎えに行くような距離ですか?
 どうせ荷物取りにここに戻ってくるんだから、無駄な行為ですよね、はっきり言って。

 そうは思いながらも、ブースから出てきた彼と愛しい目が合って可愛くほほえまれると、心臓がきゅんとらしくない鳴き声を上げた。

 これでは甘いと言われてもしかたないかもしれない。
 まぁ、まぁね、たまにはね。
 勿論、失言を見逃してあげるわけじゃありませんけど。
 さっきの質問についてはまぁ、後でゆっくり問い質すとして。

 その返答如何では、お仕置きも考えておかなきゃいけないな。
 そんなことを悶々と考えながら、仕事を終えて戻ってきた愛しい恋人に、ほほえみ返した。



           It has finished,
        at 02:30 April 12,2013
   This material by Bigeastation 39.
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