小説:Bigeastation編31~
□35:Bigeastation 35.
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Bigeastation 35. 2007/11/25~12/1
「スケベの反対って潔癖なんですかね?」
突然訊かれて、足を組んで座ったその姿勢のままぴったり三秒、そこで固まった。
スケベの反対…?
いや、確かに聞いてたよ、今の心理テストだろ?
えーっと、だから…
何を訊かれたかっていうと…
「潔癖の反対語って不潔じゃないですか。スケベ=不潔ってことなんですかね」
横を見れば、眉を顰めてブースをみつめる末弟の整った顔。
思慮深い彼は、大体いつもこちらにわかるように筋道立った話しかたをしてくれる。
でもそれでも時々、こんなふうに突然切り出されると、その内容に混乱して頭がついていかなくなる。
「それともただ、禁欲的って意味で使われてるんでしょうか?」
「ああ、そうかもね。当たってるんじゃない?ジュンスはそんな感じする」
純真そのものの恋人を持つ彼にそう返すと、チャンミンは細く長く息を吐いた。
「まぁ、スケベではないですね。でもあの人が潔癖症なんて有り得ませんよ。さっきご飯食べてるときだって、こんなに零せるかってくらい零してましたし」
それはちょっと違うような…
この場合の潔癖って、人にさわられたりとか、そういう…
いや、でもまぁ確かにジュンスは、潔癖症とは違うよね。
うん、そうだそうだ。
「いい加減なおそうと思わないんですかね、幼稚園児じゃあるまいし」
「あれは昔からの癖だからね、しょうがないよ」
「甘すぎですよ、ヒョン。しょうがないで済むなら規則はいらないんです」
どっかで聞いたような台詞だけど…
歳が近いせいもあるのか、チャンミンはやたらジュンスに厳しい。
恋人というより、生活指導員みたい。
見ていて心配になるくらい、ジュンスの一挙一動に反応して、叱ったり、呆れたり、笑い転げたり。
まぁ、結局はふたりとも楽しそうだからいいんだけど。
できればもうちょっと仲よくやってくれると、リーダーとしては非常に助かるなぁ。
「チャンミンが拭いてあげればいいんだから、いいじゃん」
「駄目です。そんなんじゃ成人男性として失格ですよ。それになんか、厭らしいじゃないですか、あの顔」
「え?」
イヤラシイ?
ジュンスの顔が?
じゃなくて?えっと…
何が?
「わからないならいいんです」
おれの反応が可笑しかったのか、薄笑いを浮かべて彼は言う。
わからないほうがいい、とも聴こえる。
それって、やっぱり…
まぁ、恋人なんだから、そりゃ…
でも、相手はジュンスだし…
彼の言葉についていろいろ思いめぐらせながら、恐る恐る彼に訊ねてみる。
「…チャンミン、プールにどのくらい水が溜まってると思った?」
「ぼくがギリギリ溺れなくて、ジュンスヒョンが溺れるくらいまで」
………。
ジュンスが心配になってきた。
こんな振り幅があるカップル、大丈夫なんだろうか。
あいつ、チャンミンにいつも何されて…
いや!いやいや、やめよう。
そういうことは、考えちゃいけない。
ふたりが、あれをそうしてるとか、それをああしてるとか、そういう…
だー!ダメダメ、もうやめ!これ以上はやめ!
「男はみんなスケベなものでしょ。生物学的にも立証されてることですよ、繁殖は本能なんですから。あの人がおかしいんです」
チャンミンは平然とそう言い放った。
さすがに最強と呼ばれる男、開きなおりかたも半端じゃない。
返す言葉もなくみつめていると、彼はこちらを見てニヤリと笑う。
「ジェジュンヒョンもすくないほうでしたね。当たってました?」
「えっ?さ、さぁ…どうだろう」
動揺して吃り吃りこたえると、生意気な末っ子は鼻から笑みを漏らした。
「どうだろうって、誰よりもヒョンが知ってることじゃないですか。まぁそんなの別に知りたくないからいいんですけど。こういう心理テストの信憑性って如何程なんでしょうね?」
おれだって別にこたえたくないけど、それにしてもそんなのってなんだ。
(怖いから心のなかだけで)言っとくけど、ジェジュンはなぁ、結構いつも自分から積極的に…
…え。それって?
心理テストが当たってるなら、もしかして毎回、おれのために無理してくれてる、とか?
なんだよそれ、可愛いなぁ!いじらしいなぁ!
ジェジュン、マイラブ!マイベイビー!エギヤー!
「その前のは当たってるかもしれませんね、ユチョンヒョン浮気どころか最近彼女つくってないみたいだし」
「あー、まぁユチョンはそうかもしれないけど、ジュンスは完全に外れてるじゃん。浮気なんて誰よりもできないだろ」
「わかりませんよ、意外と自覚なくやっちゃうタイプなのかも。三人か…ぼく、ユチョンヒョン、もうひとりは…ウニョクヒョンあたりかな」
おいおい、よりにもよってそんな身近で…
自覚なく浮気するってどういう状況なんだろう。
それにしても、みんな男でいいのか?
当たり前に聞き入れるべきなのか?
「有り得ないよ。友だちだっておまえのことだってあんなに大切にしてるんだから。どんなに一生懸命思ってくれてるか、わかってるだろ?」
「はは、確かに。がんばってくれてますよ、いろいろね。何しろスケベ心がない人ですから」
それってどういう…
いや、掘り下げないぞ、おれは。
聞かなかったことにしよう。
うんうん、それがいい。
「ねぇチャンミン、じゃあさ、スケベの反対って何?純粋?」
ふぅ、とこれ見よがしの溜め息ひとつ。
「無知です」
どこか切なく、身に染みる一言だった。
迷いなくきっぱりそう言い切った彼は、ブース内ではしゃぐ恋人を視線と表情でまた何やら躾けようとしている。
何も知らないジュンスに罪はないけど、チャンミンも苦労してるんだろうな。
ジェジュンは童貞同士と言って揶揄ってたけど、よく考えたらそれってすごいめずらしいことじゃないか?
そこらへんに経験談が転がってるもんじゃないし。
はじめて同士ってだけでも大変だろうに。
誰より生真面目で、誰より臆病な弟。
はじめてテレビに出たときのような緊張と畏怖に思いつめた顔をして、自分は怪物にならないだろうか、と訊いてきたときのことが蘇る。
考えすぎなんだよね、とユチョンは後で笑っていた。
感情に従って生きることをしてこなかったから、ジュンスといると混乱するんだろうね、と。
そういえばチャンミンは、打ち解けた今も上の三人にはある程度礼儀正しいのに、ジュンスといるときは喧嘩したり爆笑したり、よくも悪くも感情的に振る舞ってるよなぁ。
最初に聞いたときは意外なカップルだと驚いたものだったけど、思えばあの頃からずっと、彼らの関係は特別だったんだろう。
感じ取る人と、考える人。
おれとジェジュンのように真逆ってわけでもなく、だからと言ってどこかがすごく似てるってわけでもないけど、互いを上手に補い合っているふたり。
騒がしくって、言い合ってばっかりで、うまくいっているのかとしょっちゅう心配になるけど。
それでも平気そうな顔でつき合い続けてるんだから、根本ではいつもちゃんとすき合ってるんだろうな。
恋にはいろんなかたちがあるから。
時間が空けばゲームばっかりしてる、未熟でアンバランスな恋人同士でも。
しあわせでいてくれればいいよ。
可愛いおれの弟たち。
「二人でも三人でも平気らしいよ〜?」
「ひどい話ですよね。傷つきました」
「ちーがーうって!あれは、あの心理テストがっ」
帰りの車内で延々そんなことを考えていたら、いつの間にかうつらうつら眠ってしまったらしい。
ぼんやり目を開けると、前に座る三つの見慣れた頭が横向きに視界に映った。
「こら、騒ぐなよ。ユノが起きるだろ」
鼓膜のすぐそばで聴こえる、ジェジュンの角のない柔らかい声。
なるほど、体の右側が暖かいのは、彼に凭れかかってるからか…
鼻腔を擽る嗅ぎ馴染みのある香水の匂いに、もう一度目を閉じる。
重いかな。
もうちょっとこうしててもいいかな。
「どうせぼくは日陰の身ですから、浮気されてもしかたないですよね。スキー場でナンパでもなんでもすればいいじゃないですか」
「ちっが、それホントに違うから!あれはユチョンが勝手に」
「ジュンスさーいてーい!今日いいところなかったよね、チャギヤもすごい悪い男っぽかったし。あのときのチャンミンの顔、可笑しかった〜」
ユチョンのくすくす笑いを聞きながら車のリズムに揺られていると、ジェジュンは静かに体を動かして、そっとおれの後ろ髪を梳きはじめた。
すきな人にふれられるのって、どうしてこんなに気持ちいいんだろ。
匂いとか体温とかなのかな、なんだか不思議なくらい、安心する。
「あれも冗談だって!チャンミン笑うかなと思って言ってみただけだよ。あんな怒んなくてもよかったじゃん」
「ぼくは怒ったんじゃありません、窘めたんです。あれは、こっちを見て言うなって意味ですよ。まったく、スタッフのいる前で何考えてるんですか?映像が残らないからって迂闊すぎます。もっと自覚を持って…」
「煩い。そんなの関係ねぇ」
ぶは、と巻き起こる笑いの渦。
ユチョンが体をふたつに折って苦しそうに喘いでいる間、チャンミンはギャグの王様である彼の恋人にくどくど説教をし続ける。
「何が関係ないんですか、お?あなたの過失について話してるのに。大体、すきな単語が幽体離脱って意味不明ですよ。そもそもあのネタできないじゃないですか」
「できるよ!ぼくだって双子だもん、ジュノがいればできる」
鼻息荒く言い返すジュンスの反抗も、その手厳しい弟にかかれば一蹴だった。
「あれはそっくりの双子だからおもしろいんでしょう?あなたがたの場合、いろいろ出来が違いすぎて、失笑ですよ」
「何っ、それどういう…ていうかチャンミン、ジュノに逢ったこともないじゃんか!そっくりかどうかなんてわかんないだろっ」
「顔は写真で拝見させていただいてますし、話に聞く限りとても人間のできたかたなんだなということは想像に難くないですから。てことはつまり、出来が違うわけでしょ?」
何をぅ!と果敢にも殴りかかろうとするジュンスのちいさな拳を、いとも簡単そうに笑いながら受けとめるチャンミンのおおきな手。
キャンキャン、生まれたばかりのやんちゃな子犬みたい。
これを飽きずに毎日やってるんだから、きっとお互い楽しんでるんだろう。
おれだったらすぐ疲れちゃうけどな、絶対。
ジェジュンが穏やかな性格でホントよかった。
「ぼくに楯突こうなんて10年早いんですよ、ヒョン。さっきもユチョンヒョンとイチャついてぼくを妬かせようと思ったでしょう?そんな手に引っ掛かると思いますか」
「はぁ?何言って…」
「あ〜、そういえば変だったね、ジュンス。そういうことかぁ、おれを出しに使ったのか〜」
呼吸困難から戻ったユチョンがチャンミンの話に乗っかっていっしょにジュンスを揶揄うという、お決まりのパターン。
こうなったら最後ジュンスに勝ち目はなく、大概いつも笑いとともに適当に話を流される、というオチに行きつくことになる。
「ひどい男だな、浮気するし、利用するし。なんだかんだそれも結局、チャンミンの目を引きたいだけなんだよねぇ〜」
「な!なんのことだよ!違う!知らない!バッカじゃないのっ」
「そんなに夢中にさせちゃってすいません。ほらほらヒョン、あんまり怒るとお腹空きますよ。そういえばお腹空きましたね。晩ご飯どうします?」
ほらね。
最初は見ていて可哀想だったけど、最近ではほほえましい日常のワンシーンでしかない。
子どもの成長を見守る父親ってこんな感じなのかな。
母親が時折彼らを叱ったりするのをとなりで見ながら、今日も仲よしで何より、とか思ったり。
うちの子がいちばん可愛いな、とか奥さんに囁いたり。
子どもたちに見えないようにこっそりキスをしたり…
それってすごく、素敵だ。
となりに傾いた体をさらに擦り寄せて、その白い頬にちいさく口づけた。
「おれ、鍋食べたいな。ジェジュンのつくったやつ」
甘えるようにそう言うと、すぐ近くから優しい眼差しがおれを見下ろす。
「びっくりした。ユノ、起きてたの?」
「チゲ鍋がいい。久しぶりにさ、みんなで食べようよ。家族みたいに」
しかたないな、と言うように、かたちのいい眉がひょいっと上がる。
頭を撫で続けていた指で、彼はくしゃくしゃっとおれの髪を混ぜた。
ねぇジェジュン、おれたち、子どもは持てなくても、家族にはなれるよ。
昔からとっくにそうだったんだよな、きっと。
ひとつのグループになって、いっしょに住むようになって、友だちから仲間へ、仲間から兄弟へ、自然にその関係を受け容れ合ってきた。
気を遣ったり、意見をぶつけたり、ともすれば血の繋がりよりも濃い時間を、五人で分かち合って過ごしてきた。
いっしょに生きる、大切な家族。
ひとりひとりかけがえのない、欠けることのできない、五つの席、五つの役割。
与えられたこの席で、おれにできることはなんだろう。
父親のように、振り返ればそこにいて、必要とするときに手を差し伸べられる存在でいたい。
楽しそうに歩く背中を、笑顔で見守っていたい。
こんなふうに、ジェジュンとふたり、並び合って。
おれが父親なら、彼は必然的に母親役になるのか。
面倒見もいいし、料理もうまいし、なるほどぴったりかも。
それならおれは、夫としても彼の支えにならなきゃいけないな。
言ってしまえば共働きなんだし、すこしでも子育ての負担を減らせるように。
ジェジュン、いつもとなりにいるよ。
この煩くて愛おしい家族を、ふたりで大切に守っていこう。
はぐれないように。
失わないように。
「帰ってからだと大変かな。おれ手伝うよ。なんでも言いつけて」
「うん、それはいい。つくってあげるから、おとなしくしてて」
「…はい」
…ま、できることからすこしずつ、だね。
It has finished,
at 00:30 March 2,2013
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