小説:Bigeastation編31~
□33:Bigeastation 33.
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Bigeastation 33. 2007/11/11~17
パソコンを開くのは、謂わば日課である。
仕事柄、移動が長くて空き時間が不定期なので、何かしら暇潰しになるものを用意しておかないと時間を持て余して結構困る。
いくら仲がいいと言ったって毎日いっしょにいる相手とそう話すこともないし、同じゲームばっかり延々とやってもつまらないし(そうじゃない人もなかにはいるみたいですけど)、仮眠を取るのも場所や時間によっては案外難しい。
趣味や日課だってそれぞれ異なるから、ぼくたちはそういうとき意外と各々別のことをしていたりする。
本を読んだりテレビを観たり、スケジュールの隙間を埋める方法はいろいろあるけど、そのなかでもパソコンは常備していて損はない。
芸能人としての基本的な情報収集は勿論、音楽も聴けるし、レポートも書けるし、調べものにも最適だし。
秘かにすきな人の動画を検索してひとりクフクフすることもできるし、こっそりゲームの腕前を上げて負けずぎらいの恋人をぎゃふんと言わせることもできる。
ちょっと無駄な時間の浪費にも思えるけど、毎日をより充実させるためには多少の犠牲はしかたないですよね。
今はちょうどそのぎゃふんのためにないしょの特訓を積んでいるところ。
たぶん今夜にもぎゃふんと言うであろうぼくの直近の兄は、そんな屈辱が待ち受けているとは露知らず、だいすきなふたりのメンバーに揶揄われながらラジオを取り仕切っている。
「チャーンミーン。さっきから何してんのさー。もっとおれにもかまってよぅ」
同じく収録待ち中で暇を持て余しているジェジュンが、ぼくの右肩にコテンと頭を乗っけて甘えるような(気色の悪い)声を上げた。
今にも零れそうなおおきな溜め息をぐっと堪え、画面から目を逸らさずに返事をする。
「収録聞いてるんじゃなかったんですか?」
「んーん。ユチョンとジュンスに甘々で、おもしろくないんだもん。何、ゲームしてんの?ジュンスがハマってるやつ?」
顔を横向きにしたままパソコンを覗き込んで、彼は訊ねる。
さらさらの髪が首に当たって、擽ったい。
拗ねるとすぐベタベタしてくるんだから。
ユノ相手に、無駄だと思うけど。
あの人、メンバー相手に本気で妬いたりしないでしょ。
てか、正直言って、ちょっとウザイ。
「そうです。間違ってもぼくが練習してたなんてバラしちゃ駄目ですよ。一、二回やっただけで勝てちゃう賢くて器用な弟、っていう演出が大切なんですから」
「なんだそれー。なんのための演出なんだよ。意味わかんない〜。おれにもかまって〜」
「意味わかんないのはどっちですか。ユノヒョンが弟たちを可愛がるのはいつものことでしょう?いっしょに心理テストとかやってみれば?」
あ、失敗した。
ほらぁもう、ジェジュン!
邪魔なんですよ、寄っ掛かられてると!
「やだ。ラブレターをどうするかなんて聞きたくないもん。他の子からもらった手紙を大切にしてるなんて知りたくない」
いや、ユノのこたえ云々じゃなくてね。
参加して楽しんだらどうですかって提案してるんですけど。
「いーなぁ、チャンミンは。ジュンスはすぐ捨ててくれるんだもんね」
それっていいんだろうか。
大切にしてくれるほうが絶対素敵だと思うけど…
「罷り間違っても手紙は書かないでおこうと思いますよね。あと、重大な秘密は共有したくないです」
「ふふ、確かにジュンスは喋っちゃいそう。無意識に」
そこですよ、そこ。
それだから質が悪いんです、あの人は。
いくら教育しても、本人が自分の過失に無自覚なんだから意味がない。
ほらまた。
こら、ジュンス!
そんな可愛くヤバイよ〜とか言わないの!
「でも、チャンミンとの秘密なら言わないんじゃない?デートの話とか全然しないもんね。やっぱり恋人同士なんだね、そういうのは秘密にしたいんだ」
「ぼくたちですか?デートとかしてないだけですよ、別に秘密なんてないです。そんなの絶対漏れるでしょ、ユチョンヒョンあたりに」
「嘘、あるよ!おれまだ聞いてないもん、おまえらのエッチの話。ユチョンも知らないって言ってた」
…それはよかった。
その秘密はどうあっても死守していただきたく。
知らないほうが絶対平和なのに、なんでいつもそういうこと聞きたがるかなぁ?
それはそうと、このままじゃ右肩だけひどく凝りそうな予感がする。
すこしでも離れようと身を傾けたら、彼も傾いて余計にくっついてくる。
あーあ、駄目だこりゃ。
下手にご機嫌を損ねてもめんどくさいし、無駄な抵抗はあきらめてその体勢でしばらく我慢することにした。
「そんなもん話す人がどこにいるんです?ヒョンたちだってさすがに言わないじゃないですか」
「あ。おれたちはね、今年の…」
「いえ!結構です、知りたいって意味じゃありません。お願いだから黙っててください」
耳元でくすくす笑われると、気が殺がれて集中力が切れる。
そのたびにブースのほうをちらちら見ちゃうから、余計ゲームに戻るのが難しくなる。
ジュンスを見れば、いつだってそう。
言動のひとつひとつ、表情のひとつひとつを目で追っていたくて、その時間じゅう彼に囚われてしまう。
日本語の台本と真剣に向き合う顔も。
ふたりの無茶ぶりにこたえるドヤ顔も。
できもしないキリンの真似をする茶目っ気たっぷりな顔も。
言った後でユチョンを困らせたとわかってちょっと戸惑う顔も。
揶揄われるたびにその頬を彩る、うれしそうな笑顔も。
どれもこれもとにもかくにも可愛くて。
愛しくて、愛しくて、ぼくのものだと思えば誇らしくて。
誰かに話せるわけない。
誰とも分かち合いたくなんてない。
あの人は、ぼくのものなんだ。
ぼくだけのもの。
「チャンミン?」
「え?」
袖をつんつん引っ張られて、我に返る。
画面のなかでは既にかなりライフを失った主人公が健気にも闘いを続けようとしていた。
「すいません、なんですか?」
「もー、聞いてなかったの?どんだけゲームに夢中なんだよ、ジュンスに似てきたんじゃない?おまえは一番誰にしてるの、って訊いたんだけど」
「一番…ああ、短縮の?実家です」
マジか、とまたぼくの首元で笑うジェジュン。
視界の端で自分の髪がふわふわ揺れる。
その擽ったさにも重みにも、なんだか慣れてきてしまった。
「意外に似てるんだよね、おまえらって。マネージャーもショックだけど、実家同士のカップルよりはましかなぁー」
「ユノヒョンはリーダーですからしかたないにしても、ふつうは家族からになりません?ヒョンは誰にしてるんですか?」
「おれ?勿論、ユノ」
…ふーん。
そんな、恋人なら当然、みたいに言われても。
一番ってつまり、いちばん多く連絡する人ってことでしょ?
いつもいっしょにいるのに一番に登録して意味あります?
「今日録りじゃなくてよかったですね」
「別にいいじゃん、メンバーだもん。年齢順に入ってるから怪しくないし。二番がユチョン、三番がジュンス、四番がチャンミン。あ、一番にしてほしかった?」
「いいえ、全然。ご心配なく」
返事もそこそこに、ピンチに陥ったパソコン内の自分をなんとか立てなおしながら、敵を薙ぎ倒していく。
正直、誰が何番とかまったく覚えてない。
ジェジュンとかユチョンは妙にそういうとこマメなんですよね。
数字とかまでちゃんと大切にして、記念日を絶対に忘れないタイプ。
何日記念とか、薔薇何本とか、何歳の誕生日には指環とか…
…めんどくさ。
やっぱり、ぼくにはジュンスくらいがちょうどいいな。うん。
「ねぇねぇ。チャンミンはさ、そういうの全然気にならないの?」
ぼくに適当に去なされているのが気に入らないらしく、ジェジュンはキーを叩く右手をぐいぐい引っ張ってくる。
ううーん、鬱陶しい。
もうちょっとで終わるんだけどな。
「はい?」
「だからぁ、一番に登録してくれてないこととか。自分宛のメールをよろこんだりとか。上手じゃないけどがんばるって誰の話だよ、とか」
ふむ。気になるといえば気になるかも、今のメールとか。
基本、ジュンスのファンとは気が合うと思うんですよ、ぼく。
全員が一概にそうってわけじゃ勿論ないですけど、ちょっと彼を貶めてそこを楽しんでるとこなんか、やっぱりどこか自分と似たものを感じるというか。
あの人が恥ずかしがるところ、ホントめちゃめちゃ可愛くて堪らないですよね。
ていうかジェジュン、自分宛のメールを誰よりよろこぶのはいつも、あなたじゃないですか。
「妬きもち、ってことですか?そういうことは気になりませんけど、勿論ある程度嫉妬はしますよ」
「へぇー。たとえばどんなときに?」
「…そんなこと訊いてなんになるんです?」
うまくないけど何もかも一生懸命がんばる、か。
確かに誰の話なんだろう、ぼくのことではなさそうですよね?(自画自賛ですが、結構なんでもそつなくこなすほうなんで)
昔の彼女のこととか、まわりの女の子のこととかだったらやだな。
…うん、それはやだ。
でも、どうなのか。
ジュンスは一般論とか適当なエピソードでうまく取り繕えるタイプじゃない。
率先して話し出すときは、自分のなかに決まったこたえがあるときだ。
もしかして、基本はそういう子がすきなんだろうか?
「今後の参考にするの。おれ、妬きすぎじゃん?まわりを見て改善しようと思って」
「参考にはならないと思いますけどね、ぼくもあなたも相手が特殊ですから。なんだかんだやっぱり、メンバーがいちばん近いし、親しいじゃないですか。だから…まぁ、ないとはわかってるんですけど」
なんとか無事にクリアできたらしく、区切りのエンディング映像が流れはじめる。
そこでやっと凭れかかったままの金色の頭のほうへ視線を移すと、ピョコンと起き上がった彼に思いの外近い場所からみつめ返された。
「ヒョン。ちょっと近…」
「何、おれたちに妬くことあるの?おれにもある?ねぇねぇ、たまにはある?」
気にしちゃいねーし。
なんでそんなにうれしそうなんですか。
「まぁ、そうですね。たまには」
「わ、そうなんだ!やっぱりそういうのあるんだ!チャンミンも人の子だねぇー、ていうかジュンスに恋してんだね、ちゃんと」
いい子ーっ、とするようにいきなり抱きつかれ、髪をわしゃわしゃ撫でまわされる。
ぼくは犬か?
あなたよりデカイんですけど?
そうは思いながらもこの小生意気な腕を振り解かずにいるのは、この人の類い稀なる包容力ゆえなのだろうか、胃袋を掴まれてるせいなのだろうか。
「ヒョン、いくら韓国語とはいえ、公共の場所でそういうことあんまり…あの、ちょっと、苦しいんですけど」
「やー、安心した。ね、じゃあさじゃあさ、それってどういうときに…」
「ジェジュン、チャンミン?ただいま」
(向こうからの一方的な)会話を遮る、穏やかな低い声。
ぱっ、と手綱が放されて、おおきく息をつく。
見上げると、収録を終えたらしいユノが笑顔でぼくたちの前に立っていた。
「ユノぉ!お帰り、お疲れさま!」
「うん、ありがとう。ふたりでじゃれてたの?めずらしいね、チャンミンがそういうことするの」
誤解です、ぼくはやられてるだけです。
見ればわかるでしょう?
ぼくがそう弁解する前に、ジェジュンはいそいそと立ち上がってユノのそばに寄っていった。
「うん、チャンミンおれのことすきみたい。それはそうとユノ、今日も素敵だったよ!ジュンスに対してちょっとSっぽいところとかドキドキしたー」
「ん、そう?ねぇ、さっきの質問さ、おれジェジュンのこと考えて言ったんだよ。わかった?」
おいこら、ぼくから甘えにいったみたいな体で話すのはおかしいでしょう。
明らかに自分からかまってほしいとか言ってきてたくせに。
そう反論してもよかったが、甘い言葉の応酬がはじまりそうだったので無視することにして。
とりあえずパソコンを閉じてこの人たちから離れよう、とキーボードに伸ばした手を、がしっと乱暴に掴まれた。
その細い指先を見るだけで誰だかわかってしまう自分に辟易しながら、目線を上げる。