小説:拍手用番外編

□チャクン コベク-Your love is all I need
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 腑に落ちないながらも唯々諾々とユチョンの指示に従って部屋に入っていくジュンスを見守って、ユチョンはふふっと笑い声を漏らす。

 「何であんなに素直なんだろうね〜」

 「あんまり話聞いてなかったからじゃないですか。ところで、話し合うなら駅までの道中よりリビングのほうがよっぽど安全だと思うんですけど」

 「あーパパラッチ?今日は殆どヒョンたちについていったはずだから、大丈夫だよ。ファンの子たちだって話が聴こえるほど露骨に寄ってはこないでしょ」

 そうかなぁ。
 それにしたって家のなかのほうが完全に…

 「ほら、家にいると時間の感覚なくなるからさ、電車に乗り遅れちゃうかもしれないじゃん?それに万が一そういう雰囲気になっちゃったりしたら、おれが気まずいし」

 なるか!
 そんな、ユチョンがいるってわかってる家のなかで(しかも最悪覗いてやがる可能性だってあるのに)できるわけないでしょうが。

 そもそも、告白してすぐ雪崩れ込むなんてこと…ぼくだって経験があるわけじゃないし、ジュンスだってたぶん…

 ジュンスはそういうこと、どう考えてるんだろう。
 何も考えてないとは思うけど。
 でも逆に、何も考えてないなら、ぼくはこれからどうすれば…

 そんなことを思っているうちに、ジュンスが部屋からひょっこり出てきた。
 堪らない愛しさに思わず笑みが零れる。

 「行きましょうか」

 ユチョンにひらひらと手を振られ、ジュンスの見てないところでがんばれとほほえまれて、ありがたいやら居たたまれないやらでちょっと恥ずかしさを覚えながら頭を下げ、家を出た。

 さしずめリビングのおおきいテレビでゆっくり映画でも観るつもりなんでしょうね。
 体よく追い払われたわけだ、ジュンスは。それともぼくのほうが利用されたんだろうか?
 結局、ぼくがどんなに足掻いたところでユチョンには敵わないんだから。

 さて。どう切り出そうかな。

 気まずそうに俯いたままのジュンスをみつめ、彼の気持ちが落ちつくのを待ったほうがいいのかな、と考える。
 たとえばぼくのこたえがジュンスの考えているとおりだったとしたら、どうするつもりなんだろう。

 あきらめる、って言うかな。
 それとももう一回、すきって言うかな。

 マンションのエントランスを抜け、ぼやけた春の夜空の下を、ふたりで歩いていく。
 いつもと違う、ちょっと摺るような重い足音をさせながら、すこし冷たい風を頬に受けるジュンスの横顔は、曇っている。

 その理由は明白で、あまりに露骨に態度に出ているのがちょっと可笑しくて、ぼくはひとり含み笑いを漏らした。

 わかりやすいなぁ。
 もうすこし、待ってみようかな。
 駅まではすこし歩くし、電車の時間までまだ一時間半はある。

 歩幅を狭め、緩やかなテンポを刻みながら、後ろからついてくる足音に耳を澄ませた。

 確かに、すごく離れたところにいる。
 これならふつうに喋っていれば話は聴こえないだろう。
 害がないなら、気にすることはないか…帰り道ひとりになるジュンスのことが心配だけど。

 気づいてるのかな、と思って彼を見ると、目が合った。
 鬱陶しいですね、というほほえみを向けて彼の反応を確かめる。

 どうやら、それどころではなさそうだ。
 みつめ合う瞳はぼくから逃げないが、その中心は不安に震えている。

 鈍いなぁもう、ホントに。
 あんなキスまでして、隙あらばあなたにさわってたのに、すきじゃないわけないでしょう?
 覚悟を決めることがずっと、できずにいただけで。

 もしかして、それすらわかってないんだろうか。
 すきでもない、しかも男に、しばしば発情して迫ってる男なんだと思われてたりして。キモッ!
 ぼくもキモいけどその男に惚れてるジュンスもキモいよ、それじゃあ。

 こんないろいろ考えていても結局、向こうは大して考えてなかったっていう結論なんですよね、いつも。

 あーあ、しょうもな。
 これからはこの互いの概念や思想のギャップにも慣れていかなきゃいけないんだよなぁ。

 でもね、ジュンス。
 あなたとならそんな退屈そうなことも、楽しめると思えてしまうから。

 「チャンミン」

 いつもより掠れて聴こえる、ぼくを呼ぶ声。
 ジュンスは緊張した面持ちで必死にこちらを見ていて、ついついぼくまで上がってしまう。

 「はい」

 何を言われるんだろう。
 なんだか、ぼくのほうこそ振られるんじゃないかって不安になってくる。

 ジュンスの目はそれでも逸らされない。
 その見慣れた美しさに目を細め、次の言葉を待った。

 「こないだ、ごめんね」

 こないだ?
 ごめんね?

 「え?」

 「こないだ。チャンミンが、こたえが出たって言ってくれたときに、ちゃんと聞けなくてごめんね」

 ああ。そんなこと…
 ねぇ、ぼくに振られるって思ってるんでしょう?
 どうしてそんなふうにまっすぐでいられるの?

 この人のこういう強さはいったいどこからくるのだろう?

 「いいえ。ぼくこそ急に言い出してしまったので。動揺させてしまいましたか?」

 彼が愛しくて堪らなくて、人がいる前だとか関係なく抱きしめてしまおうかと思った。

 そうする代わりに、ほほえみかける。
 ジュンスも精いっぱいの笑顔をぼくに向けてくる。

 「ううん。大丈夫」

 そんな一生懸命我慢してまで、大丈夫って言わなくてもいいのに。
 ぼくに気を遣ってくれてるのがわかる。
 自分がつらいことを悟られまいとしてるのが。

 もしかして、気づいてるの?
 このことで、どれだけぼくが悩んできたか。
 それを汲み取ろうとしてくれてるの?

 献身的で、謙虚な愛。
 ジュンスがぼくに示し続けてくれた、揺らぐことのない思い。

 ぼくもあなたにちゃんと届くように伝えたいと思うから。

 「ヒョン」

 「…うん」

 何かを覚悟した、ジュンスの暗い声。

 「どんなこたえでも受け容れると言いましたね」

 「…うん」

 そのリズムを取るような返事に重なる、ふたりの靴音。

 「どんなこたえでも、ぼくたちがずっとメンバーであることは変わりませんよね?」

 「…うん」

 街灯に縁取られる彼の輪郭が描き出す、そこに秘められた強い意志。

 「覚悟はできてますね?」

 ぼくはできてますよ、ジュンス。
 やっと、あなたに追いついたんです。

 出逢った頃から、歌やダンスに苦労するぼくを励ましてくれた。仕事や勉強に疲れたときはくだらない笑いをくれた。
 あなたはいつだってぼくのそばにいて、ありのままの自分の姿で、惜しみなくその愛情を差し出してくれた。

 ヒョンとして、仲間として。
 それでもいいって思っててくれたんですよね、きっと。
 なんの見返りもないとわかっていたのに、それでもぼくをすきでいてくれたんですよね。

 ねぇ、愛なんていう言葉は、ぼくにはまだ難しいけど…
 あなたになら、贈れる気がするよ。
 言葉にできると思える。

 「うん」

 まっすぐみつめ合うその瞳のなかに、今ぼくはどう映っているのだろう。
 どんなこたえを持っているように見える?

 ねぇジュンス、どんなに今あなたを愛しく思っているか、どうやって伝えればわかってくれますか?

 「ぼくがすきですか」

 ジュンスは不安そうに、そしてすこし不思議そうに、ぼくをみつめる。

 こんなやりかた、狡いかな。
 先にこたえをあげるべき?
 でもぼくは、後から彼に迷いや戸惑いを感じさせたくなかった。

 ぼくのこたえがわからなくてもすきだという言葉を、彼の口から聞きたかった。
 狡くても。傲慢でも。

 ジュンスの目が潤みはじめ、夜のなかでも白く浮いて見えるその頬が赤くなってくるのがわかった。

 「うん」

 「ほんとうに?」

 「すきだよ」

 何があっても?
 ぼくが何者でも?

 「すきだよ、チャンミン」

 ずっと、いちばん怖かったこと。
 ぼくの覚悟が、この決断が、あなたの人生を壊してしまうかもしれないということ。
 そこから目を逸らしたくないと思った。
 それも含めすべてを、ぼくと生きることのすべてを、愛してほしいと思った。

 つき合いはじめる前に、何かをおおきく変えてしまう前に、ジュンスにもそのことをちゃんと理解していてほしかった。

 「ぼくは男で、あなたのメンバーで、これから先の保証なんて何もないんですよ。それでも?」

 酷い汚名を着せてしまうかもしれない。
 愛する人の期待を裏切らせてしまうかもしれない。
 女性を愛したら当たり前に受け取れるものを、ぼくには何ひとつ与えられない。

 子どもも持てないんですよ?わかってる?
 今こうしていても、自分そっくりな奔放な子どもたちとムキになってサッカーをするあなたの姿を、ぼくは鮮明に思い描くことができるのに。

 その未来を、あなたを平凡なしあわせで包む正しさを、打ち壊そうとしている。

 「それでも。保証がなくても、未来がなくても、すきだよ」

 ジュンスの言葉はひたすらまっすぐで、迷う余地などないかのようだった。

 だって片想いをしている間じゅう、保証なんてなかったんですもんね。
 そんなこと、怖くないんだろう。

 未来がないということがどういうことなのか、ほんとうにわかってるんだろうか?
 友人も、家族も、歌さえもあなたから奪ってしまうかもしれないのに?

 それでも、この人の心はぼくを見ている。
 それが正しくないなんて言う権利は誰にもない。

 ふたりでも同じように生きていってくれますか?
 ぼくは守ることができるのだろうか?

 「ぼくがあなたの思うような人間じゃなかったとしても?」

 「そんなこと、有り得ないでしょ」

 「ぜんぶ知ってるわけじゃないでしょう。悪いところや期待に添えないこともたくさんありますよ」

 そのどれがあなたを傷つけるかわからないのに。
 やっぱりやめておけばよかったと思わせてしまうかもしれないのに。
 そうなったとき、取り返しがつかないかもしれないのに。

 それでもあなたを自分のものにしたいと思うぼくは、あなたからすべてを奪ってでもそばにいてほしいと願うぼくは、なんて未熟で、利己的で、わがままなんだろう。

 だけど今あなたが望めば、まだ間に合うから。
 今ならメンバーでいられる。何もなかったふりで違う未来を生きられる。

 ジュンス。でもね…
 あなたがぼくを望んでくれるなら、もう戻れないよ。

 あなたをそこへ還すことはできなくなるんだよ。

 「うん…ぼくは、それがチャンミンなら、そういうところも知りたい。受け容れることができれば受け容れて、できないのならいっしょに変われる努力をしていきたいって思う」

 彼は街灯の光を瞳のなかで燻らせて、泣きそうな顔でぼくをみつめ、震える声を漏らした。

 これ以上、この人の気持ちを試すような言葉が必要だろうか?

 ほんとうは最初から、わかってたんだ。
 どんな質問も、あなたの決意を揺るがせることはないだろうって。

 だってもうずっと、ただ思い続けることだけを、その姿をぼくに見せ続けてくれたじゃないか。
 結局、それがすべての証だったんじゃないか。

 ぼくが弱いから、いつまでも勇気がないから、他人の人生を背負うことが怖いから、ひたすら外堀を埋めようとしているだけなんだ。

 「あなたはほんとに強いですね」

 「強くなんかないよ」

 「強いですよ。他人を許せる人は、強い人です」

 ジュンスは難なくそれができる人だ。
 考えなくても、寧ろ考えないからこそ、自分に負担なく他人を許すことができる。

 自分が笑うことで、まわりを笑わせることができる。
 その笑顔で誰でも照らすことができる。
 悩みを抱え込んでいても、他人にそれを感じさせない明るさを見せることができる。

 ねぇジュンス、ぼくはずっと、あなたのそういうところに救われてきたんだと思う。
 変わらずに繰り返される一日一日を、いつも同じ場所で彷徨っているように感じていたぼくにとって、あなたはかけがえのない光だった。

 湿った闇に射し込む日射し。
 迷いや苦しみに憩いを与える癒し。

 たとえばあなたがぼくをすきだと言う、その気持ちがすべて夢だったとしても、これから迫りくる明日はぼくにはもう変わらないだろう。
 変えたくないと思うよ。
 この心も。

 
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