小説:ジュンス片想い編
□My destiny
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気がついたらまたあの陰鬱な世界に戻されていた。
影はあのステージに残ってしまったらしい。ぼくはまたひとりになった。
そばにいるって言ったのに。
頭のなかに響く自分の声。なんのことを言ってるのかわからないのに、哀しみだけが心にある。
ぼくはまたすこし歩いた。影はもう表れない。今度こそ真っ暗だと思っていたのに、漆黒の扉が目の前にあるのが見えた。
どうやらぼくには真っ暗という感覚がわからないらしい。
ぼくはその冷たいノブをまわし、なかを覗く。
「そばにいるって言ったじゃないですか」
そこには自分がいた。立っていて、明らかに動揺していて、扉が開かれたことにはまったく興味を示さない。
「うん…ごめん」
そのもうひとりの自分が向かい合っている先に、やっぱりあの人がいる。
ぼくは気にされていないものと判断して堂々となかに入り、扉を閉めた。
「ぼくより大切だって言うんですか?あなたにとってぼくはその程度の存在なんですか?」
「違うよチャンミン、違う…」
ふたりは(と言うと他人行儀ですけど)、お互いに目を合わせていない。ぼくは(と言うとわかりにくいですけど)壁に凭れて右手で額を覆っており、彼は椅子に座って背中をまるめ項垂れている。
いつも底抜けに明るくて聴くだけで笑ってしまうような声が、消え入りそうに細かった。
ぼくが左手で壁を叩く。彼のちいさい体が一瞬跳ねあがる。
「なんでですか、そういうことでしょう?!あなたはぼくには何も言わなかった、つまりそういうことなんじゃないですか」
たぶん怒鳴っているほうのぼくからは見えないだろうが、ぼくの位置からは床に落ちていく雨粒のような雫が見えた。
あの人が零した涙が…。
喉元を締めつけられるような圧迫感。
「チャンミン…」
声が震えて、言葉につまる。その声を聴いても、ぼくの怒りは収まらないようだった。
「なんであなたが泣くんです…ぼくにはわからないって思ったんですか?関係ないって?そうですね、そうなんでしょうね…ぼくにはわかりませんよ」
「チャン…」
「あなたにも、ぼくの気持ちはわからない」
カン、と何かが床に落ちる音がした。
ふたりの哀しい瞳が、転がっていくそれを追う。
そこで急に舞台は暗転した。
ぼくはあの身勝手な自分が抱えていた気持ちだけを受け取って、また暗闇にひとり残された。
忘れてしまいたい。
あの悲痛な瞳も、堪えきれずに零れた涙も、名前を呼べないまま漏れた溜め息も。
どうして何も言ってくれなかったの?どうしてぼくなら平気だなんて思ったの?どうして…
そばにいてくれないなら、あなたがぼくを必要としてないなら、ぼくだってあなたのこと忘れてしまいたいよ。
だけど忘れない。
指環を外しても、あなたをすきじゃないふりをしていても、どんなに平凡に毎日を過ごしていようとも、あなたのことを忘れられるはずがない。
ぼくはどうしてここにいるの?あなたのそばにいたいのに。あなたを守るのはぼくの役目だったのに…
心が孤独に喘いで、冷たい風が首筋を吹き抜けて、叫び出しそうだった。
あんなこと言いたかったわけじゃない。あんな顔させたかったわけじゃない。
もう一度だけ…ねぇ、ほんとうはあなただってわかってたんでしょう?ぼくがあなたを待ち続けるってこと。ぼくの心はあなた以外の人には動かないってこと…