美しい名前

□夢現
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白髭の部屋をでると夜の戸張はすっかり身を潜め、朝の凛と澄んだ爽やかな空気が私を包んだ。

遥か遠くに見える水平線に向かって思いっきり深呼吸する。

白髭が私を信じてくれた。

それだけで十分だった。

恐ろしい未来が訪れても大丈夫、怖くないって思えた。


ふっと視線を戻すとそこにはエースが長い手足を投げ出して座っていた。

「エースさん…待っててくれたんですか?」



「……………フガッ」

…………………?!

「寝てた!!」


「寝てたんかいっっ!」

思わず突っ込みをいれてしまった。

エースはまた屈託なく笑った。

「おまえ、本当におもしれーな。」

「…おまえじゃないですっっ!
ユリアってよんでほしい…デス…」


「わかった!ユリア!
オヤジと何話してたんだ?」

「うーん…内緒です!」

「そっか!まぁいいさ。
じゃぁ朝飯食いにいこうぜ!」

エースは私の手をひいて駆け出した。

熱い手だった。

エースは私を食堂に連れていってくれた。

ジョズやティーチ、サッチは既に座っていた。

マルコ、白髭はいなかった。

今ごろ白髭がマルコに話をしているのかもしれない。

エースは大きな声で私を前につきだしながら
「おぅ、みんなこいつはユリア! 」
と紹介してくれた。

騒がしかった食堂が急にシーンとなる。

「あっ…ユリアです!みなさんよろしくお願いいたします!!」

勢いよく頭を下げた。

すると海賊たちが一斉に騒ぎだした。

かわいいねー

こっちおいでー

等々…

お祭り騒ぎのなか、ティーチが口をモゴモゴ動かしながら手を差し出してきた。

「よろしくな!」
歯の抜けた顔でにっと笑う。

「ティーチサンですね?あなたはジョズさん、そして…サッチさん?」

私はそれぞれと握手した。

「さっきから思ってたんだがユリア、俺たちの名前何で知ってるんだ?」

エースが不思議そうな顔をした。

「そりゃあ俺たちが名のうれた天下の白髭海賊団だからに決まってるだろーっ!」

ガハハと笑うティーチ。

笑ってるはずの目がなぜかわらってないように見えて私はティーチに底知れぬ恐ろしさを感じた。

「そうか」
納得するエース。

「まぁこまけえことはいいさ!それより座っておまえも食えっ!」

ティーチは隣の椅子をバンバン叩いて座るように促した。

私は黙ってそれに従いパンと見たこともないピンクの果実を食べた。

皮をむいて中の実を食べようとする私をエースは笑った。

そしてこれは皮を食べるんだと教えてくれた。

ピンクの果実は甘酸っぱくてとても美味しかった。

「さて、俺は寝るとすっか!」

たらふく食べたエースは食器をきちんと戻すと立ち上がった。

「ユリアはどうする?」

「あっ…私はマルコサンを待ちます!」

「…マルコ??わかった。じゃあまたな!」

エースはあくびをしながら軽く伸びをして食堂を出ていった。

残された私は海賊たちに質問攻めにあった。

どこからきたのか?

海賊なのか?

目的は?

仲間になるのか?

スリーサイズは?

彼氏はいるのか?

あたふたと困っていたら「もういいだろ!飯くらいゆっくり食わせてやれ!」とサッチがいってくれた。

渋々といった感じでみんなは私を解放してくれた。

サッチさんの温かい人柄がじんわりと伝わってきた。

ティーチは私たちの話を聞いてるのか聞いてないのかひたすらデザートのチェリーパイを頬張っていた。

じっとみていると一切れ差し出された。

「おまえも食えっ!もっと食って出るとこ出さねえとマルコに女ってみてもらえねえぜ!」

ゲヘヘと下卑た笑いだった。

ってなんでマルコ!?

私は焦って水の入ったグラスを倒してしまった。

サッチがさっとそれを拭いてくれる。

「あっ!すみません…」

サッチはにっと笑った。

本当にいい人なんだなぁ。

サッチととりとめのない話をほのぼの話しているとバンッと扉が開きそこにマルコがいた。

マルコは親指をたてて扉の外をさしながら「ユリア、ちょっと外に出て話せるかよい??」と言ってきた。

私は慌ててチェリーパイを口に押し込み立ち上がった。

すると一斉に周りが騒ぎ出す。

「たいちょーっっ!愛の告白っすか!?」

「ユリア!うちの隊長振るんじゃねえぞーっ!」

「隊長!抜け駆けはだめっすよ!」

またまたお祭り騒ぎだ。

「ちょっ…みんなー」

そんなんじゃないってばー…

「おまえらなぁ…そんなんじゃないよい。大体、俺はこういうのはタイプじゃないよい!」

シーン…

一斉にみんなわらいだす。
「ちげえねえ!」

「うちの隊長たちはみんな巨乳好きだからなぁ!」

みんな納得してしまったようだ。

ひ、ひどいっ。

そりゃ私はムチムチボインな体じゃないし色気もないですよーだっっ。

隊長たちはってことは…エースもだよね。

こんな子供体型で童顔な私なんか…

顔で笑って心で泣いて…

私はマルコと一緒に部屋を出た。

「ここで話すのはちょっとまずいよい。船の外についてきてくれるかよい?」

私は頷きマルコの後についていった。

モビーディックは漫画でみて想像するよりはるかに大きかった。

船の外にいくとは…

つまり…
この大きな船をロープを伝っておりていき、下に繋いである小舟に乗り込まなければならない。
…ということ。

高所恐怖症の私は足がすくむ。

こんなに高いところから命綱もなしにこんなに細いロープ一本で降りる…

正気の沙汰ではない。

さっさと降りたマルコが「早くしろよい!」
私を急かす。

ヤバイ…

降りなきゃ。

これくらいできないと私はエースを救えない。

ここで命をかけられないなら私にここにいる資格はないっっ!

怖い。

でも……………

よしっ!!

覚悟を決める。

恐る恐るデッキに足をかける。

深く息を吸い込む。

下をみない!

手を離さない!

ゆっくり慎重に!

よしっ!

やっと覚悟を決めたその瞬間だった。

「ユリア!下に降りんのか?どっか行くのか??まさか帰るのか?」

エースだった。

少し眠そうな目を擦りながらそこにエースがたっていた。

「あっ!オハヨウゴザイマス!あのっ、今からマルコさんと…」

エースは興味なさそうな顔でデッキをのぞきこみ下のマルコをみた。

「へー…マルコとねー。」

エースは私に背中をむけいきなりかがみこんだ。

えっっ!!??

私が動けないでいるとエースは
「ほらっ!のれっ!おりれねえんだろ!」と促した。

「とっ…とんでもないですっっ!そんなことエースさんにさせられませんからっっ!!」

慌てて首をふる。

その様子がおかしかったのかクックッと笑うエース。

なんか私ってエースに笑われてばっかりだ。

「ほら、遠慮すんな!マルコが待ってるぜ。あぁ見えてマルコはせっかちなんだ。おいていかれるぞ!」

再度、促されて私はのろのろとエースの背中におぶさった。

「重いですよ!!大丈夫ですか??」

心配そうな私にまた笑う。

逞しい熱い背中に私は胸がドキドキした。

「昔、こうやってよくルフィをおぶったっけなぁ。あっ!ルフィってのは俺の弟なんだ!ってユリアはどうせ知ってるんだろ?」

皮肉っぽくほのめかす。

「もちろん知ってますよ。私はエースさんのことならなんでもね」

私の言葉にエースの背中がビクッと反応した。

私、エースに言わなくていいこと言ってしまったかも…

自己嫌悪に陥っているとエースはいくぞといって…


飛びおりたっっっ!!

ヒィーッッッッ!??!

声にならない叫びを押し殺し私は夢中でエースの背中にしがみつく。

気がつくとそこはもう小舟の上で目の前にはあきれがおのマルコがいた。

「オヤジの覇気をものともせず覇王色の覇気が使えるってやつがこんなこともできないのかよい…」

「すっ、すみません!エースさんもどうもありがとうございました!!」

「気にすんな!」

エースはにっと笑って隣に停めてあったストライカーに乗って去っていった。

どこに行くんだろう?

私がつけてしまった肩の爪痕が妙に生々しくて泣きたくなった。

「さて、俺らもいくかよい。」

動力源はわからないが小舟はスムーズに動き出した。

「この話は誰にも聞かれたくないよい。ユリアもそうだろ?」

私は頷きエースが消えていった方の海をぼんやり眺めた。

ストライカーがのこした泡が少しずつ波に消えていく。

マルコは小舟を走らせ、
モビーディックが見えなくなるとおもむろに切り出した。

「ここまで来たらさすがにティーチにも聞こえてないよい。
まぁオヤジとお前の話を聞かれてるかもしれないけどな。
…で、話はオヤジから全部聞いたよい。」

「そうですか…いきなりこんな話信じられないですよね…
私には真実だと証明する方法がなくて…」

マルコは首を左右にふった。

「俺はオヤジが信じるものを信じるよい。だから…ユリアの話を信じるよい。」

私は泣きたくなった。

そしてマルコからこんなにも信じられている白髭を改めてすごい男だと思った。

「でもよ、おまえはその…それでいいのかよい??他に方法…」

「いいんですっ!」

私はマルコの言葉を遮った。

「他の何を犠牲にしてもエースさえ生きていてくれたら…
だからオヤジさんに話した方法が一番…確実なきがするんです。」

マルコは静かに目をふせた。

何か考えてるのだろう。

「わかったよい。
それを…
おまえの覚悟を聞きたかったんだ。
こんなとこまでつれだして悪かった。」

マルコはモビーディックに小舟を戻し始めた。

モビーディックにつくとエースも今しがた戻ったようでストライカーを直そうとしていた。

「よおっ。なんかうまいもん買ってきたか?」

おなかが空いてるらしい。

私の代わりにマルコが答える。

「町にはいってないよい」

マルコはそういってさっさと上に上がってしまった。

残されたのは私とエース。

波の音がやけに耳に響く。

「じゃあ俺と町に行くか?」

それはごく普通に、まるで今日は晴れですねと同じような感覚の誘いだった。

「はいっ!」

私はとても嬉しかった。

「よしっ!じゃあいくか!」

エースはなおしかけていたストライカーを再び海に浮かべた。

そしてもたつく私の手をグイッとひっぱって乗せてくれた。

「ありがとうございます!」

「ユリアはすげえ素直だな。笑ったり、泣いたり…」

エースは寂しそうに微笑んだ。

そんな寂しそうな顔しないで…

私はエースを抱き締めたかった。

抱き締めて抱き締めて。

生まれてきてくれてありがとうって言いたかった。

あなたがここにいま生きていてくれるから、私は幸せなんだって伝えたかった。

そんなこといきなり見ず知らずの私から言われてもエースの心に何にも響かない、何にも変わらないってことはわかっていたけど…

エースの心を救えるのは私じゃない。

だから私はエースの命を救いたい…

いつかエースの愛する誰かがエースの
心を救ってくれますように…

孤独な心を癒してあげて下さい…

私はソッと神様にお願いした。
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