短編
□無人の教室
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私は小さな頃から風景画が好きだった。人が1人も描かれていない、静かなものが特に。真っ白な紙の上に風景を乗せるなんて、最初に考えた人はすごいと思った。
「お前、それで楽しいのか?」
次の週にある遠足に向け、班分けをしているHRの時間。人と関わるのが苦手な私が、いつものように委員長に隠れてこっそりノートに教室の風景画を描いていると、右隣の男子が呟くように言った。あんたに関係ないじゃない。そう言ってやろうとして止めた。そこで言葉を返してしまっては、彼が言ったことを認めてしまうような気がした。
いつの間にか止まっていた右手をまた動かし出す。無視かよ、と言う苛立ったような不貞腐れたような小さな声が隣から聞こえた。うるさいな。あんた、私の名前呼ばなかったでしょ。無視されたくなきゃ、相手の名前くらい呼べっての。頭の中で吐き捨てながら、無人の教室に影を描く。
「言葉」
今度は左隣の男子が小さな声で呟いた。今日は右から左からとうるさい日だ。そういえば左の男子は誰だったっけ。授業中も絵ばっかり描いてろくにクラスの人間の顔を覚えていない。絶対に知っているはずなのだが、いまいち顔が思い出せない。取り敢えず名前を呼ばれたから、と理由を付けて左を見る。あ、そうか、剣城か。
「何?」
「お前、絵上手いな」
彼のその言葉は意外だった。てっきり右の男子のように茶化すのだろうと身構えていただけに、反応に困る。あまり絵を見せたりすることはなかったので、初めて誉められた、というのもあって余計だった。
「いつも風景画ばっかだけど、人は描かないのか?」
「無人の風景画が好きで、だから人は描かないの」
人がいると、なんか騒がしい絵になるから、と付け加えると、剣城はふーん、と私の手元に目を落としながら返事をした。
「でもまぁ、俺もそういう静かな絵は好きだな」
私はそっか、と小さく答えた。
無人の教室
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