シリーズ

□水面に投げられた小さな石
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「もう無理。もう限界。これ以上頭使ったら爆発する。せめてあと半年早く勉強し出しとけば良かった…」


とか言いながら勉強していた高校3年生の私とおさらばし、早丸1年。雷門大学の2年生になった。学科は経済学部。ここはそれなりにランクの高いところで、いやはや入るのに苦労した。そこら辺は思い出したくもない記憶なので何も言わないでおこう。まあ順調に大学生活にも慣れ、人生の夏休みを満喫しているわけである。

ところで、私には中学生時代の頃に、とある集団と仲が良かった。私は元々帰宅部だったのだが、それではつまらないだろうと、ある先輩が親切にも要らん気を利かせ、私を臨時マネージャーに抜擢してくれやがったのだ。そのマネージャーを務めたところが、雷門サッカー部という有り得ない超人共の部で、とある集団というのはこのサッカー部の面々のことだ。このサッカー部、少々どころかかなり超次元な部で、ボールが燃えるわ時空が歪むわどこからともなく水が湧き出るわ。しかもよく分からない大人のイザコザにも巻き込まれ、部の崩壊にまで至ったことがあった。少し話が反れたが、まぁ紆余曲折を経て中学生を終えたわけだ。色々あった中学生時代だったと今思い出しても涙がほろり。あまり深くは突っ込んで頂きたくない。そのときに仲良くなった同学年の子達とはよくある話で、バラバラの高校に進学することになったのだが、まったくもって世界とは狭いものだと今になってもつくづく思う。私が血反吐を吐く思いで受かった大学に、その懐かしい友人も学科は違えど進学していたのだ。しかしそれを知ったのはつい先週のこと。中学生時代のそのサッカー部の先輩に、南沢というナルシ…げふん、内申厨な先輩野郎がいやがる。残念なことにその人とは高校も同じで、大学も同じという地味に深い関係なのだが、この間2人で飲みに行ったとき(勿論、そのときは私はまだ未成年だったので飲酒はしていない)に、そういえば、という軽いノリでその事実を知らされたのだ。彼とは時折会って遊んだりはしていたのだが、進学については一切話したことがなかった。私にとって耳の痛い話だったので、あえて避けたというのもあったが。とにもかくにも、そこで初めて私は彼の進学先が自分と同じ大学であることを知ったのだ。そのことを伝えると、南沢はその場に彼を呼んだ。剣城 京介その人を。


「あ」


今日の授業も終わり、この後はどうしようかとケータイを指先で遊ばせながら歩いていると、ついこの間に出会った懐かしい友人の後ろ姿を見付けた。中学生の頃も思っていたことだが、彼はやはり背が高い。それでいて目立つ容貌をしている。どうしてこれほど目立つ人物の存在に1年間も気付かなかったのだろうかと首を捻りたくなる。


「剣城、帰り?」


そーっと後ろから近寄り、ポンと剣城の肩を叩く。彼は少し驚いたのか、細い肩が跳ねた。それから私の存在に気付き、言葉か、と小さく呟き肯定の声を上げた。


「お前も今帰りか?」

「うん」

「そうか」


暫く2人で並んで歩く。そうだ、と思い出したように剣城が口を開いて立ち止まった。やや遅れて私も立ち止まる。


「これから松風のところに行くんだが、お前も来るか?」


まつかぜ、と言えば天馬が思い出された。元気な子だったが、そういえばあの子とは本当に中学を出てから一度も会っていない。私の高校が天馬のところから随分離れていたので、会う機会がなかったのだ。


「天馬かぁ。剣城とはたまに会ってたけど、天馬とは本当に中学以来だわ。久々に顔見たいかな」


私の言葉に剣城は頷くと、今まで歩いていた道を反れ、駅とは違う方に歩いていく。あれ、天馬の家ってこの近くだったっけ?取り敢えず置いていかれたくないので後を着いていく。少し歩くと、大学の駐車場に到着した。


「あのー、剣城ってもしかしなくても車通学の人?」

「ん、あぁ。お前は…電車か?」

「うん。へぇー、車かぁ。私も、一応免許は持っているんだけどさ、まだ自分好みの車を見つけてなくて。どれが剣城の車?」


とことこ歩きながら聞くと、あれだと黒色のクーペを指差した。え、なにこれかっこいい。こいついつもこんなの乗り回してんの?


「親戚に俺と兄さんをよく可愛がってくれていた人がいるんだが、その人が兄さんの退院祝いにくれて。でも兄さんは乗らないからって俺にくれたんだよ。それでありがたく乗させてもらっているんだ」


ほー、世の中いい人は以外といるもんだ。そう言うと、まったくだ、と剣城も笑った。それから乗れよ、と言う。えっ、乗れよって?


「天馬のとこに行くんだろ」

「行くには行くけど、えっ、送ってってくれんの?」

「行くとこ一緒なんだから、一緒に行った方がいいだろ。そもそもお前、天馬の家知ってんのか?」

「知らなーい」

「だったらつべこべ言わずにさっさと乗る」

「ふわぁーい」


小さな頃から車で移動する習慣が付いていたが、一人暮らしを初めてからめっきり車に乗ることがなくなった。最後に乗ったのは教習所の車だ。

乗用車より若干低い位置にあるドアを開け、中に乗り込む。クーペって本当に車体が低いわ。今まで乗用車しか乗ったことのない私からすると、なんとも奇妙な感じがした。




水面に投げられた小さな石



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