勝雪小説

□飛行機と雲と隣の彼
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2人で飛行機に乗る、なんてシチュエーションがあるなんて思ってもみなかった。
1年前に祓魔師になった勝呂くんとたまたま同じ任務に割り当てられて、任務先がたまたま鍵の使えない辺鄙な土地で、交通手段がたまたま飛行機しかなくて。
偶然に偶然が重なって、今僕は、勝呂くんと隣同士で飛行機に乗り合わせていた。


「初めてやないか?奥村先生と任務が同じになるゆうんは」


卒業と同時に祓魔師としての道を歩み始めた勝呂くんは、僕が受け持った生徒の中では珍しく、敬語を使わずに話してくる。
その理由は、特進科のクラスメイトだったから、これ以外にない。
学校では先生と呼ばず敬語もやめてほしいという僕の言い分に、勝呂くんは敬語を使わないという部分だけ承諾してくれた。
学校では敬語を使わず、祓魔塾では敬語を使う…生真面目な性格の勝呂は上手く使い分けができず、結局、僕と接する時は敬語を使わないということで落ち着いた。
同級生に敬語を使うのはおかしいと、学校での僕の体裁を考えてくれての配慮だった。
そのスタンスが、もう3年近く続いている。


「そうですね。僕はシュラさんと組まされることが多いので」
「霧隠先生か。元気…に決まっとるな」
「えぇ、もう少し静かにしていてほしいと思うくらいには元気ですよ」
「はは、奥村先生は霧隠先生にとって絶好のからかい相手やからな」


笑われたことにムッとしたけど、事実だから反論できない。
認めたくはない事実だけど。


「そういやな、…こん話、あんまツッコミ入れんと、聞いてもらえるか?」
「え?はい」


よく分からない前置きをした勝呂くんは、僕にしか聞こえない声量で話し始めた。
それと同時に、飛行機が離陸態勢に入る。


「うわっ、すごいスピード…」


思わず声が漏れた。
加速すると共に体がシートへと押さえつけられて、見えない力に襲われている気分だ。
そのまま機体は空へと飛び立つ。
窓を覗き込んでみれば、ぐんぐんと地上が離れていっているところで、車なんてまるで模型みたいに小さい。
あんなに大きいと思っていた正十字学園も、飛行機という乗り物に乗っただけでああも小さく見えるだなんて、何だか可笑しい。
まるで巨人にでもなってしまったような…。


「…奥村先生?」
「あ…すみません。何の話でしたっけ?」


心配げに呼ばれた名前に我に返り、勝呂くんの話を聞くところだったと思い出す。


「今から話し始めるとこやったんやけど…そんなんより、大丈夫か?ぼーっとして。耳でも痛なったか?」
「あぁ、いえ。大丈夫ですよ」


20歳目前のこの年で、たかが飛行機に乗ったくらいで内心とても楽しんでしまっているなんて、他人に知られたくはない。
真面目な模範生として敬ってくれている勝呂くんには、特に。


「それで、話とは?」
「…俺、前に一回だけ飛行機乗ったことあってな。小学生の頃や。そん時に何気なしに窓から外見たら、雲が一面に広がっとってな」


その言葉にもう一度窓を覗き込んでみたけれど、眼下には小さくて精巧な模型しか見られなかった。


「今までは見上げるだけやった雲が下にあるし、しかもなんやふわふわで…思わず、雲に乗りたい――そう思ってもうてな」
「雲に乗りたい…?」
「はは、笑えるやろ?笑ってええで、こんなんもう笑い話や」


苦笑いを浮かべる勝呂くん。
その行動に、僕は内心首を傾げる。
だってそれは小学生の頃の話じゃないか、そう考えたとしても、どこもおかしくはない。


「その頃にはもう知識として知ってたんや、雲が何でできとるかくらいな」


…成る程、そういうことか。
雲なんて言っても所詮は大気中に浮かぶ水滴でしかなく、乗るなんて不可能だ。


「小学生のくせに夢もあったもんやないて、自分で悲しなったもんや」


小学生の頃くらい夢を見てもいいじゃないかと思わないでもない。
でも、僕だってどちらかと考えるまでもなく勝呂くん思考の人間だ、『雲に乗りたい』なんて、まず考えもしないだろう。
それはそれで、やっぱり寂しいのかな。


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