勝雪小説

□本の森の眠り姫と内緒の出来事
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正十字学園の高等部専用図書館奥、窓際にある本棚の間に木製の小さな机と二脚の椅子が向かい合うよう置かれた読書スペースが、奥村雪男のお気に入りの場所である。
彼曰く、祓魔に関する専門書が多くて人が滅多に来ないから、静かに読書出来るんだそうだ。
雪男の兄である燐と一緒に学園の中庭で燐特製弁当を食べた後、お気に入りの場所で読書をすることが最近の楽しみのひとつらしい。
この場所を知っている人物は、もう一人いる。雪男の恋人である勝呂竜士だ。
皆に内緒にしている秘密の場所で、恋人同士で秘密を共有している。







勝呂は幼馴染みの志摩、子猫丸と一緒に中庭で昼食を済ませた後、二人と分かれて図書館へと足早に向かった。いつも笑顔で迎えてくれる彼の元へ。
しかし、今日は雪男に笑顔で迎えてもらうことは叶わなかった。



「なんや、眠っとんのか。残念やな……」
図書館へ行くと、暖かな日差しが降り注ぐその場所で、気持ち良さそうに眠っている雪男が居た。
少しずれてかかっている眼鏡姿がなんとも可愛らしい。
彼がこうした場所で気を緩めて眠っていることは非常に珍しいことだ。
周りの人間と見えない壁で距離を置き、決して己の弱さは見せない。それが奥村雪男らしいと言えばそうかもしれないが、せめて恋人である自分くらいには弱さを見せてほしいと思っている。
もしかしたら俺が雪男と恋人同士になれたのも奇跡に等しいかもしれない。



昨夜も任務で帰宅が遅かったのだろうか。もしくは奥村の勉強でも見てやっていたのだろうか。
「おーい。起きひんのか?」
雪男の頬をムニムニと突っ突くが、眉間に軽く皺を作っただけで起きる気配は無い。
偶にはゆっくりさせてあげたいとも思う。しかし、周りの皆に内緒で付き合っている為に一緒に居られる時間が少ないから、構ってほしいと思う気持ちもある。
我ながら女々しいな。勝呂は思った。
(まあ、疲れとんのならしゃあないか……)
気持ち良さそうに眠る雪男の頭を撫で、向かいにある椅子に座る。特にする事もなかったので、雪男の寝顔を観察することにした。



周りの人間が口を揃えて言うように、確かに雪男は人当たりの良い顔をしてると思う。
そうでなければ、あんなに女子に群がられることはない。彼に群がる女子に何度嫉妬したことか。
女々しさ以前に、独占欲が強いことに思わずため息が出てしまった。
(こんな風に思うとるってバレたら、先生は呆れるんやろか――)
わしゃわしゃと髪を掻き回しながら、未だに眠っている雪男を見詰める。
彼のずれた眼鏡の下、左頬に並ぶ二つの黒子を辿るように視線を下げると、白い肌に映えるカタチ良い薄紅色のそれ、程好い厚みをし、マシュマロのように柔らかく甘い唇に目が行った。
「うまそな唇やな……」
こんな言葉が口を付いて出るとは、どうやら俺は相当欲求不満らしい。
彼の半端に開かれたままの唇を指でなぞると、そこから覗く紅い舌に吸い寄せられるかのように顔を近付けた。



(――って、アカン! 寝とる相手に俺は何しようとしとんのや!)
はた、と気付いた勝呂は、煩悩まみれになった自分を戒めるかのように、目の前の机に頭突きを何度も食らわした。
暫く目を覚まさなかった雪男だが、勝呂がガツンガツンと大きな音を立てていたので、目が覚めてしまう。
「ん、ぅんー……なに? 何の音?」
寝起き特有の呂律が回らない声を発し、眠たい目を擦る雪男は十五歳というよりも一層幼く見えた。
普段見ることの出来ない雪男の仕草に思わず凝視してしまう。
ずれた眼鏡を直し顔を上げた雪男は、キスが出来そうなくらいの距離しか離れてない俺と目が合い、ボンッという効果音が似合うくらいの勢いで赤面した。
「すっ、勝呂くんっ!?」
「おっ、おお、おはようさん……」
動揺して慌てふためく雪男に釣られ、俺まで赤面してしまい二人で沈黙する。
非常に気まずい。



「…………」
「……えっと、」
沈黙に耐えられなかった雪男は「何で起こしてくれなかったの?」と、いつもの彼らしくなく子供みたいに唇を尖らせ拗ねた。
この場所が公共の場でなかったら、思わず押し倒してしまいそうになったことを雪男には内緒にしておく。
「あない気持ち良さそに眠られたら起こす方が難儀や。それに、先生のかいらしい寝顔も見せてもろたし、ほんまに良かったで」
「――っ!可愛いだなんて……からかわないで!」
恥ずかしさのあまり途中まで読んでいた本で顔を隠してしまうも、それを意地悪く笑う勝呂に阻止された。
そんなに恥ずかしかったのだろうか、耳まで真っ赤だ。思わず俺の悪戯心に火が付いてしまう。
「本、返して下さい」
「すまんて……そない怒らんといてくれ。なあ、どないしたら機嫌直してくれはる?」
機嫌を損ねてしまった恋人の耳元に唇を寄せ、甘く低い声で囁く。「我が儘、言うてもええねんで……」と。
彼曰く、俺の声は腰にクるらしい。今も身体をビクリと震わせていた。
嗚呼、いとおしい……今直ぐにでも抱きしめたい。抱いてどうにかしてしまいたい。



「キスしたら機嫌直してくれはるん?」
「……えっ?」
俺の提案に、雪男は戸惑いの表情を浮かべながら瞬きを数回。
俺はニイッと口角を上げ、「ほんまは抱きたくてしゃあない」と本音を耳元で囁くと、雪男は頬を紅潮させながら睨んで来た。
そんな表情をしても煽るだけだということを本人は気付いていないみたいだ。
「勝呂くんって、意地悪ですよね」
「先生が相手やから、しゃあないやろ。かいらしい先生が悪いわ」
「ほんっと性格悪いです!」
「ははは、堪忍な。な、キスしてもええ?」
そっと手を伸ばして雪男の白い頬を撫でると、その白は紅潮し小さく頷いた。



勝呂は雪男の柔らかい唇に触れ合うだけの口付けを何度も繰り返す。
口付けは徐々に深いものになっていき、雪男の耳を両手で塞ぎ口内を舌で舐め回すと、ぴちゃぴちゃと水音が響くのか、いやいやと恥ずかしそうに首を左右に振る。
時々、「んっ、」と口端から零れる雪男の声がやけにエロくて興奮した。
調子に乗って角度を変えより一層濃厚な口付けをすると、息が苦しくなったのか俺の胸を強めに押してくる。
唇を離すと、頬を紅潮させハァハァと息を乱しながら潤んだ碧い瞳で見詰めてくるから、もう止まれない。
「勝呂くん、予鈴が……」
「もうちょい……」
「ちょっと、すぐ……ん、ンっ……!」
雪男の抗議する言葉も柔らかい唇ごと吸い付いてやった。
「んんっ……ん、ふっ、」
雪男は立っているのがやっとなのか、崩れ落ちないよう勝呂に一生懸命縋り付いく。それを支えるように腰に回した腕に力を込めた。
「雪男、好きや」
「んっ、僕も好き……」
雪男は勝呂の首に腕を回すと幸せそうに笑った。







「そろそろ、午後の授業が始まってしまいますね……」
「そう、やな……」
雪男に釣られ、既に教室に戻り誰も居なくなった中庭を窓から眺めた。図書館も生徒は俺達以外に誰も居ない。
「俺に我が儘、言うてもええねんで。なんも遠慮することあらへん」
「僕のこの性格はクセみたいなものだから……」
「俺、そんなに頼りないんか?」
「ううん……違うよ。僕が勝呂くんの我が儘を聞きたいんだ。さっきの『キスしたい』みたいなこと、もっと聞きたいな」
「う゛っ……先生こそ意地悪やないか」
「そうかな」なんて言いながらニコニコと笑う。
どうやら俺は先生には勝てないようだ。
はぁ……と大きなため息をつくと、「勝呂くん」と俺の制服をくいっと引っ張ってきた。
「じゃあ……僕の我が儘、聞いてもらってもいいかな?」
「ん? ……おん」
「このまま、次の授業サボっちゃいませんか?」と悪戯っ子みたいな笑顔を浮かべた雪男。「もっと構って下さい」両腕を大きく広げ俺を誘う。
「そないな顔しはって……後悔しても知りませんえ」
「どうぞ、ご自由に」
俺はチャイムの音を遠くに聞きながら、くすりと笑う彼の唇を奪った――







END



==あとがき==

晴悠さん、勝雪webアンソロジー企画にお誘いありがとうございました!


独占欲が強い勝呂と、構ってあげたい雪男の甘々な話を目指してみました。
独占欲の強い勝呂はきっと燐にも嫉妬してるし、煩悩の強さは志摩君並だろうかと…


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