勝雪小説

□もしこの関係に名前をつけるなら
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※勝呂が特進科で雪男と同クラという設定です。



三時限目の授業終わりのチャイムが鳴って、初老の教師が締めの挨拶を手短にすませて教室を出て行く。
統制するもののいなくなった教室では、席を立って教室を出て行くもの。仲の良いグループで集まって友人とのおしゃべりに興じるもの。次の授業に備えて静かに予習をはじめるもの。授業合間の10分しかない休み時間を何に使うかは各々の自由だ。種類の異なったざわめく喧騒が周囲を包んで、自分も次の授業に使う教科書やノートを机から取り出して、そのざわめきの中に身を置こうとした。その時。
「奥村、ちょお話ええか」
「勝呂くん」
等間隔に並んだ机の間を縫って自分の席までやってきたのはクラスメイトの勝呂竜士で、彼が自分の前の席の椅子を引いてそこに座ると(ちょうどその席の持ち主は休み時間ということで席を外していた)それを契機にしたかのように自分達の周囲からひそひそというさざめく声が聞こえはじめる。
自分と彼は、この教室外でも祓魔塾での付き合いもあるので他のクラスメイトよりも話す機会は多い。気安いというほどの親しさはまだないが、このクラスのなかで自分が一番会話をするのは彼だろう。そしてそれは彼にとってもそのようだった。
しかしどうも他人にとっては自分と彼の組み合わせは奇異に映るらしい。
自分と同じように奨学金でこの学園に入学し、授業態度もきわめて真面目で成績だって優秀なのに、彼が周囲の生徒からどこか敬遠されているのは所謂良家の子息子女が多い特進科ではほとんど…というより唯一といっていいような染色した髪だとか両耳にあけられたピアスだとか、少々目つきが鋭くて強面気味な顔つきだとか、彼の容姿にあるのかもしれない。
そこまで考えて、勝呂くんて、外見で損するタイプだよね。と内心でそう呟き、口では「お話ってなんですか」とそう訊ねる。
この教室内では彼は自分のことを奥村、と呼び捨てで呼ぶ。塾のときとは違って敬語も取れるし、接し方も普通の同級生に対するものと変わらない。初日に塾で顔を合わせ、同じ特進科で同じクラスだったというのがわかって、その次の日にはどう接していいのかわからず距離を置かれたようだったが、一週間もすればもうこうだった。塾では確かに講師と生徒という隔たった立場ではあったが、そこを一歩でも出れば自分と彼はただの同級生だ。塾を出てまで堅苦しい上下関係を続けるつもりもなかったし、対等でのやりとりは自分としても望むところなので、彼のそういった姿勢は正直ありがたかった。その点彼と同様に塾の生徒である志摩廉造なんかはこちらの学園側で会っても自分のことを堂々と若先生と呼
ぶが、彼の場合はその持ち前の性格と調子の良さもあってか、その若先生などといういささかふざけた呼び名も、単なるあだなの一種だろうと真面目にはとられず多少のおふざけが許されている節がある。
「祓魔師の称号について、聞きたいんやが」
話の内容と、教室という場所を意識してだろうか、彼の声は普段よりも低まり音量も小さかった。
自分の席は廊下側の一番後ろで、周囲を囲まれているわけではないからよほど耳を澄ませてこちらの会話に注目していなければ、話している内容を拾われることもないだろう。
「いいですよ。なんですか?」
応えるこちらの声も自然と小さなものになる。
「自分、称号を二つ持っとるよな。医工騎士と竜騎士、いったいどちらを先に取ったんや?」
「医工騎士ですよ。僕の専攻はご存知のとおり薬学ですから。竜騎士を取ったのは、その次の昇格試験の時です」
「なら、竜騎士になるための訓練はいつから受けとるんや?初めて銃を握ったんは?」
「銃の手解きを受けたのは僕が9歳のときですが、ちゃんとした実弾を使っての訓練は11歳になって塾に入ってからです。ある程度体が出来あがるまでは負担をかけるのはいけないというのが、僕の師の方針だったので」
「…なるほどな」
彼が頷く。それからまるで苦虫を噛んだように顔を顰めて見せた。自分の手のひらを見つめて、ぼそりと呟いた。
「…俺はまだ、銃を握ったことすらあらへん」
いつになったら、自分はそこにいけるんや。
彼の口から吐き出された言葉に、そういえば彼は、塾生たちのなかで唯一人、複数の称号を―詠唱騎士のほかに竜騎士の称号も―取ろうとしているのだったかと思い出す。
詠唱騎士や医工騎士ならば座学だけでもある程度は身にはなるが、銃火器の扱いに長けた竜騎士になるためには実地での訓練が不可欠だ。才能や知識以外にも特別な技量が必要とされることから、他の称号に比べ、取得するまでにも時間かかる。
焦っている、のだろうか。もしかして。
「…焦ることはないですよ。それが普通です」
より実践的な授業はこれからだ。まだ候補生になったばかりの彼らには、授業にも実習にも専門的な訓練内容は組み込まれていない。今は祓魔師としての基礎を学ぶ段階で、彼の言う竜騎士になるための訓練が授業に組み込まれるようになるのはしばらく先の話だ。
「あと、言ってはなんですが、僕の話は君の参考になるようなものではないと思いますよ」
と聞かれるより先に自分から断りを入れておく。
彼のように目標意識が高く向上心の強い人間に、焦るなと言ったところで効果が薄いのはわかっている。でも、明らかに常人に対し普通ではないとわかっている自分を彼の参考するのは、あまり…というか多大にお勧めできない。
なにより自分は、この特殊な境遇も然ることながら、直接の師が最高位の聖騎士という恵まれた環境にもあったことも大きい。先にも述べたように自分は塾に通いだす前から悪魔祓いの基礎を叩きこまれ、入塾してからも神父の忙しい任務の合間を縫ってではあったがほとんどマンツーマンのような指導を受けてきた。それがあっての自分の今だ。
「君が望むような、実践的な訓練はこれから徐々に始まっていきます。今は基礎を固める段階で、祓魔師になるのに、なにもそんなに急ぐ必要はない」
いつの間にか、同級生でも悪魔祓いの先輩としてではなく、講師として生徒に言い聞かせる口ぶりになっていた。
それに、彼が不服そうに眉を寄せ、ムッとするような顔をする。
タンッと彼が指先で机を叩いた。
「せやけどな。俺は、少しでも早く強くならんとあかんのや。アンタみたいに祓魔師になって、いずれは」
「サタンを倒す、ですか?」
続く言葉を予想して、先手を取って言えば、彼が片眉を跳ね上げさせて怪訝気な表情を浮かべる。
「…それ、奥村に聞いたんか」
「ええ」
以前、自分と同じような目的を持ったやつがいたんだと、兄はそう嬉しそうに語っていた。兄の口から、そのだいたいの事情も聞き及んでいる。
「それ聞いて、アンタも笑うか」
「何故です?」
自嘲するように笑った彼に、ほとんど間をおかずに疑問を返す。何故って…。口ごもった彼に、僕はとても立派だと思いますよ。そう告げた。すると彼の目が疑うようなものに変わる。思わず苦笑した。別に、その場しのぎに適当なことを言っているわけではない。本心からそう思っている。サタンを倒す。結構じゃないか。だが。
「君はきっと、強くなる。それだけの素質も、素養もある。ですが、焦ったところで良い結果がついてくるわけでもない」
「なら、アンタはなんでそないに急いで祓魔師になったんや。その歳でもう称号二つて、なんか理由があるんやろ」
じっと探るような視線を向けられて、その視線を正面から受け止める。彼が疑問に思うのは当然だ。同い年で、それなのに祓魔師の称号を二つ持ち、講師までしている人間に、急ぐな焦るなと言われて簡単に納得できるはずがない。
「…僕には僕の目的があります。君に守りたいものがあるように。成し遂げたいものがあるように。でもそれは、君が知る必要のないことだ」
弱い自分を叱咤し、いつか来る日のために兄を守るための強さを得たいと願ったのは自分だ。自分と同じように悪魔に脅かされ怯える人々を救いたいと願ったのは自分。そしてそれを実現すべく努力したのも自分。自らのためでなく、誰かのために強くなろうとしている点では、自分と彼は似ている。しかしだからといって、べらべらと語って聞かせるようなことではない。
それ以上の追求は受け付けないと、言葉尻を強くし、言い切ることでその意思を暗にこめる。敏い彼なら、気付くはずだ。
「…目的を果たすために強くなりたいなら、今はまだ基本を学ぶことに専念すべきです」
力をつけたいなら、それが一番の近道だ。と言葉を続けて追わせる。
彼は何か言いたげに視線をさまよわせ、…ああ、せやなんやろうな。呟いた。
「アンタが言うこともよくわかる。けどな、俺かてアンタが言うように目的がある。目標がある。悠長にしとるつもりはない」
「勝呂くん…」
「確かに、ただの候補生でしかない今の俺に、サタンを倒すなんて目標は遠いんやろな。…なら俺は、それよりも先に、あんたがいつか背中預けてもいいと思えるぐらい、強くなったる。まずは、そこからや」
「………」
射抜くような強い視線を向けて、彼がそう啖呵をきった。それと同時に予鈴がなって。ガタリ、彼が椅子を鳴らして立ち上がる。背を向け自身の席に戻っていく彼の背中を、何の言葉も返せないまま見送った。まるで自分のことを見返してやるとでも言うような、彼の言葉に、その意図の把握に気をとられて。
それきり彼が何かを言ってくるでもなく、話はそれでおしまいになった。


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