夢見鳥1

□第二十五夜
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「死ねぇッッッ――!!」

「っ…」


雪の前を一陣の風が横切る。
それと同時に彼女の体が宙に浮いた。
雪は閉じていた眼をそっと開く。


「う゛お゛ぉい!!」


聞きなれた濁音混じりの重低音。


「コイツを攫うだなんていい度胸してるじゃねぇか!?」


長く美しい銀の髪。


「今すぐに3枚におろしてやる」


大切な、大切な人。


「スクアーロ様っ…!!」


「てめぇも勝手に攫われてんじゃねぇ!!」


頭上に降ってきたのは鉄拳。
甘い言葉でも何でもないけれど、彼なりの優しさが伝わってきて嬉しくて。


「何笑ってやがる!?ってか、泣くか笑うかどっちかにしろぉ!!」

「だって安心しちゃって…」

「ったく、てめぇは…」

「ごめんなさい。スクアーロ様…」

「あァ゛ン?」

「ありがとうございますっ…」


スクアーロは何も言わずに少し口角を上げ笑った。
そして雪の髪をぐしゃぐしゃと撫でる。


「う゛お゛ぉい!!逃げようとしたって無駄だぜぇ!?」


ドアからひっそりと退散しようとしていたジョーカーは立ち止まる。
そして剣をこちらに構えた。


「おまえら、そんな小娘1人に何してるんだ!?俺の計画を無茶苦茶にしやがって!!」

「それはこっちの台詞だぁ!こっちだって忙しいんだよ!!
 それにコイツはただの小娘なんかじゃねぇ!」

「ファルファッラの1人娘だもんな!オレと同じで身代金でも強請る魂胆だってか!?」

「違ぇ!コイツはオレらの――」


「オレらの仲間だぁ!!!」


「スクアーロ様…」


雪を腕に抱えたままスクアーロは左手の剣を振るう。
ジョーカーの腕に鮮血が滲む。


「クソッ、ここまで来たらおまえら2人とも消してやる!!」


とうとう血迷ったのかジョーカーは意味不明な言葉を叫びながら襲い掛かってきた。
血迷った男1人倒すことなどスクアーロには造作もないことだった。


「う゛お゛ぉい、雪」

「は、はい」

「もしまた釣られんなら次はもう少しまともな男にしとけぇ」


スクアーロが勢いよく剣を振る。
仕込み火薬がジョーカー目掛けて飛んでいった。


―バァンッ!!


火薬が勢いよく爆発する。
その威力に攻撃を放ったスクアーロ自身も驚いていた。


「…う゛、う゛お゛ぉい、雪」

「はい。今度はなんでしょうか?」

「確かに爆力は相当だが…コイツは暗殺には向いてねぇ。改良しとけぇ」


雪は苦笑しながら頷く。
爆発の煙が消えると彼は近づいた。
ジョーカーの体はもう動いていなかった。
彼はただの屍と化した。


―ザシュッ


止めといわんばかりにスクアーロが彼の体に剣を突き刺す。
それを抜いてから雪に目を向ける。


「もっと切り刻んでおくかぁ?」

「いいえ。もう十分です。スクアーロ様の剣が穢れちゃいます」


1度は恋に落ちた相手のはずなのにこうも冷静に彼の屍を見れる自分が少し怖い。
でも、それが暗殺者なのだ。
彼はもう過去の者。
彼女の心には残っていなかった。


「ったく。こんなにされちまいやがって…」


ジョーカーに踏みつけられ痣になってしまった頬をスクアーロが撫でる。
安心してまた涙が滲んできた。


「スクアーロ様」

「あ゛ン?」

「ありがとうございます…大好きです」


突然の告白にスクアーロは面食らう。
困惑して声を張り上げようとしたが雪は気を失ってしまったらしい。
起こす気にはなれなくてスクアーロは小さく言葉を返した。


「オレも、好きだぜ」



「…うっわ、こっぱずかしい瞬間見ちまった」

「スクアーロ、君って案外恥ずかしいことするんだね」


ドアに寄りかかってベルとマーモンがこちらを見ている。
スクアーロの頬が真っ赤に上気する。


「おっ、おまえらぁ!!!!」

「あんま叫ぶなよ。雪が起きちまうじゃん」

「残りの奴らの始末は終わったよ」


恥ずかしくてなんともいたたまれない。
というか雰囲気ぶち壊しだ。


「てめぇら!!後始末はやっておけぇ!!!」


スクアーロは赤面したまま窓から外へと脱走した。
マーモンの「面倒くさいから嫌だよ」という言葉はきっと耳にも入っていないだろう。


「…いいのかい、ベル」

「いいんじゃね」

「本当に?」

「……オレ、王子だから」

「…はい、今回は特別にタダで使わせてあげるよ」

「何だよこれ。ティッシュ?」

「顔、拭きなよ。レヴィがきたら見られちゃうよ、泣き顔」

「…うるせ」


。*'゚'*。*゚'゚*。*'゚'*。。*'゚'*。*゚'゚*。*'゚'*。。*'゚'*。*゚'゚*。*'゚'*。


冷たい夜風が頬を撫でる。
雨は戦闘をしている間にやんだらしい。
雨の香りを少し含んだ爽やかな風が吹いている。
雪は彼の腕の中で安らかな寝顔を浮かべている。


(こんな幸せそうに笑いやがって…)


自然と彼の顔にも笑みが浮かんできてしまう。
金の髪が風に揺れている。


「雪」


あの時と変わらない。
糸のように細くて美しい金の髪。
雪のように白い肌。
閉じられた瞼の上には長い睫。
まるで人形のように美しく、可憐。
さらにそれに艶やかさが増したような気さえする。


(コイツがこれだけ成長してれば、ロリコンとは言わねぇよな…)

(って、何考えてんだぁ!!)


ふと思い浮かんだ邪念を払うように頭をブンブンと振る。
ただ、やはり彼は自覚せずにはいられなかった。
彼女が好きだ、と。
幼い子や年下が好きだとかそういう感情ではなく純粋に1人の人間として彼女に惹かれている。


(伝えるのか?)


彼のボス、ザンザスは雪の婚約者。そしてザンザスは彼女を好いている。
スクアーロは彼に忠誠を誓っている。
その彼から雪を奪うような形になるのだ。

忠義の念をとるか、自分の気持ちに正直になるか。

それは正直彼もかなり頭を悩ませた。
だが、


(もう、譲らねぇ)


1度彼女を手放して、傷つけることとなった。
次はもう放さない、傷つけないと決めた。
例えそれでザンザスを裏切ることになろうとも。


「雪、オレは…」


独り言のつもりで口を開いたその時。
少女の瞼がゆっくりと開かれた。
スクアーロが驚かないはずがない。
彼は足を止めて彼女を見つめた。


「っ…!!」

「………」


つかの間の静寂。
相手の息遣いが、胸の鼓動さえ聞こえる気がする。


「…やっと、見つけた」


数瞬の間をおいて桃色の艶めいた唇から言の葉が零れ落ちる。
涙が一滴白い頬を伝う。


。*'゚'*。*゚'゚*。*'゚'*。。*'゚'*。*゚'゚*。*'゚'*。。*'゚'*。*゚'゚*。*'゚'*。


すごくすごく長い夢を見ている気がした。
ザンザスがいて、ベルがいて、マーモンもいる。
ルッスとレヴィ様も一緒にいる。
みんな笑っていて、幸せそう。
そして私の隣には…


。*'゚'*。*゚'゚*。*'゚'*。。*'゚'*。*゚'゚*。*'゚'*。。*'゚'*。*゚'゚*。*'゚'*。



目が覚めると真っ暗な世界と丸い月が見えた。
暖かな温もりを感じてふと顔を上げると、ぼんやりとした世界の中に人影が見えた。



それは、月に反射して輝く金の髪。


あの晩見た、金色。



「…やっと、見つけた」



間違えるはずがない。
髪の長さが変わっていようと、それはあの晩みた彼のものと同じ。
銀の髪は月光を浴びて眩しく金色に輝いて見える。
そっと手を伸ばし長く美しい髪を梳く。


「こんなに近くに、いたんですね…」

「…あ゛ァ」


彼の答えが何よりの証拠。
また、嬉しくて涙が滲みそうだ。


「スクアーロ様」

「なんだ」

「あの時も、それから今も助けてくれて有難う御座います。それと…」


やっと見つけた愛しい人。
少女は二度、同じ男に恋に落ちていた。


「私」


昔助けてくれたから、それだけじゃない。
今助けてくれたから、それだけじゃない。
過去の事がなくても、彼女は彼に恋に落ちていて。
今のことがなくても、彼女は彼に恋に落ちていて。


「スクアーロ様のことが」


もう、迷ったりしない。
ようやく分かった。
自分の一番大切な人が。



「世界で一番、大好きです」



今度の想いに間違いはない。
これは本当に本物の、誰にも否定できない気持ち。


「…それだったら」

「?」

「オレは宇宙で一番おまえを愛してるな」


真っ赤な顔でそっぽを向いて、普段とは違う囁くような声。
そんな彼の姿についつい笑みが零れる。


「スクアーロ様って、意外と恥ずかしいこと言うんですね」

「てめっ!人が折角…」

「でも、すごく嬉しいです。スクアーロ様にそう言って貰えるなんて、私は宇宙で一番の幸せ者ですね」


満面の笑みを返せば恥ずかしがって顔を背けるスクアーロ。
「そういう台詞はプロポーズの時に返せよ」なんてまた恥ずかしい台詞をさり気無くはいている。
そんな彼がやっぱり恋しくて。


恋に落ちたあの晩と同じように月が優しく雪を照らしていた。



Essere continuato…


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第二十五夜終
やっと言えた
 

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