夢見鳥1

□第十七夜
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最後の銃弾が切れるのと同時に部屋を静寂が包みこむ。
部屋に生き残っているのは雪だけになった。
部屋には紅い色と薬の強いにおいがこびり付いていた。
頬に飛び散った血飛沫を手で拭い部屋の外に出る。


「任務終了しました」

「分かりました。引き上げましょうか」

「スクアーロ様への報告は如何しましょうか?」

「…私が、やっておきます」


なんとなく、いつもみたいに笑えなかった。
本部へ帰ろうと外に出ようとすると後ろから人影が近づいてきた。


「雪様、お疲れ様です」

「ジョーカー…貴方も、お疲れ様」


振り向いて彼の元へ歩み寄ろうとすると目眩がして足元がふらついた。
ジョーカーの腕に優しく受け止められる。


「お疲れですか?」

「っ…ううん。大丈夫」


銀灰色の瞳は優しげにこちらを見つめている。
重ねるつもりなんてないのに無意識に重ね合わせてしまう。


(私の、バカ…)


この場にはいないはずのあの人の、五月蝿いのに妙な心地よさを覚える濁声が聞こえた気がした。
そんな自分がバカらしくて自嘲気味に笑うしかなかった。

今日の任務にスクアーロは同行していない。
部下を通して雪に「おまえが指揮をとってこい」と、それだけ。
まさか、そこまで避けられるとは思わなかった。


(これからも、ずっとこうなのかな…)


もう、あの舞のように美しい剣捌きを目にすることは不可能なのだろうか?
罵りながらも心配をしてくれることも無いのだろうか?
そう思うと胸が苦しくなった。


「雪様、本当に大丈夫ですか?」

「うん。ごめんね、心配させて」


余所見なんてしてる余裕はないはずなのに、いつの間にか視線は、別の方向を見ていた。

ジョーカーを裏切るなんてできない。

スクアーロの側にいたい。

ザンザスと昔のように接していたい。

ベルとも元通り友達でいたい。


どれもかけがえの無いものだから、放すなんてできなくて。
でも、そんな傲慢なことが許されるわけもなくて。



。*'゚'*。*゚'゚*。*'゚'*。。*'゚'*。*゚'゚*。*'゚'*。。*'゚'*。*゚'゚*。*'゚'*。



「じゃあ、俺はこれで」

「うん。おやすみなさい」


ジョーカーと分かれて自室へと戻ろうとする途中。
ポケットから何か小さなものが転がり落ちた。
屈んで拾おうして、手を止めた。
ポケットから落ちたのは指輪。


(ザンザス…)


切ないほどに会いたくなった。
話を聞いて、優しくなくてもいいからなにか言ってほしくなった。
指輪を拾い上げ両手で握り締める。
フラフラと無意識のうちに足が進んだ。


「ザンザス…」

震える手で、彼の部屋のドアを叩く。
人のいる気配もする上に声だって聞こえているはずなのに、答えは返ってこない。
指輪を握り締めてもう一度搾り出すように名前を告げる。


「ザンザス」

「………」

「ザンザスっ…」

「答えは出したのか」


ようやく返ってきた低いトーンの声にはっと顔を上げた。
扉の向こうに確かにいるのだ。


「…ねぇ、なんでこんなことしなくちゃいけないの?昔みたいににはいられないの?」

「…答えを出しにくるまでは来るなと言っただろうが、カス」

「質問に、答えてよ…」


今頼ることができるのはザンザスだけ。
そんな彼を頼ることさえも許されないのだろうか?


「さっさと失せろ、カス」

「ザンザス、お願い…少しでいいから話しをさせて」

「妻になる気がねぇおまえには興味がねぇ」


その一言が鋭い刃のように突き刺さった。
スクアーロに拒絶されたときとそっくりだった。


「…失礼、しました」


(会いになんてこなければ良かった)

(さっさと報告をすまして部屋に戻ろう…)


このまま今度はスクアーロに会わなければならないのかと憂鬱になりながら廊下を進んだ。
胸が痛い上に、気分までもが悪くなってきた。


(あとちょっとだから、報告だけでも済ませなきゃ…)


頭ではそう考えながらも、体は言うことを聞いてくれはなしかなかった。
あと数メートルでスクアーロの部屋に辿り着くというところでプツンと意識が途切れた。


。*'゚'*。*゚'゚*。*'゚'*。。*'゚'*。*゚'゚*。*'゚'*。。*'゚'*。*゚'゚*。*'゚'*。



報告はまだ来ないのかとスクアーロは部屋で苛立ってていた。
もうとっくに任務は終わっているはずだ。
遅いにもほどがある。

そんな彼の耳に届いたのは廊下から聞こえるルッスーリアの声。


「あら、雪。こんなところで寝ていると風邪引くわよ?」


雪という単語を聞いてスクアーロはイライラと踏み鳴らしていた足を止めた。
「廊下なんかで眠りこけやがって。バカかぁ…」と小さく呟く。


「雪…?」


ルッスーリアの声が妙に慌てているように聞こえてスクアーロは異変に気が付いた。
嫌な予感がした。


「雪、どうしたのよ。雪!?」


ルッスーリアの声が悲鳴に近いものとなったとき、耐え切れずスクアーロは廊下の外へと飛び出した。
扉から少し離れたところにルッスーリアが屈みこんでいた。
床には青い顔で倒れた雪がいた。


「ちっ…」


スクアーロも雪の近くに駆け寄る。
ただ眠りこけているのとは違う。
苦しげに荒い息をしている。


「スクアーロ!?」


ルッスーリアの呼びかけに答えることも泣くスクアーロは雪を抱えあげた。
医務室へと続く廊下を足早にかける。


(ジョーカーの野郎は何してやがるんだ…!!)


側にいればこんな状態になるまでに嫌でも異変に気が付くはずがない。


「スク、アーロ様…」

「!!??」


名を呼ぶ声がして思わず足を止めた。
雪は未だ苦しげな呼吸をしながら目を瞑っている。
ただのうわ言だったのだろう。
スクアーロは雪を抱える手に力をこめた。


(オレだったら気が付かないはずがなかったつうのに…!!)


思わずそんなことを思いながら駆け足で医務室へと進んだ。



。*'゚'*。*゚'゚*。*'゚'*。。*'゚'*。*゚'゚*。*'゚'*。。*'゚'*。*゚'゚*。*'゚'*。



瞑っていた目を開くと視界が明るくなる。
明るさに目が慣れてくるとジョーカーの姿が目に映った。


「雪様っ、お目覚めになられましたか!?」

「ジョーカー…?」

「良かった…心配したんですよ…」


状況がつかめないままジョーカーに強く抱きしめられる。
まだぼんやりとした頭で雪はジョーカーの柔らかい金髪を撫でる。
あたりを見れば怪我人などが運ばれる医務室にいることが分かった。


(私ってば、また倒れたんだ…)


スクアーロの元へ書類を持っていこうとした途中から記憶が途切れている。
風を引いたときに続いて、またも廊下で倒れこんでしまったようだ。


「…ごめんね」


雪が謝るとジョーカーは腕を放して力なく微笑んだ。
彼の目の下には濃い隈があった。
ずっとおきて側にいてくれたのだろう。


「ジョーカーが連れて来てくれたの?」


雪の問いかけにジョーカーはただ静かに微笑んで見せた。
雪は「ありがとう」と彼に笑いかけた。
――本当に彼女をここまで運んでくれたのが誰かということも知らずに。


「もう、こんなに心配かけないで下さいよ?
 雪様が倒れたって聞いて俺、死ぬかと思ったんですよ…」


再度ジョーカーの腕の中に包まれる。
暖かくて、胸がいっぱいになった。


(嗚呼、ジョーカーはこんなに私のことを想ってくれてるんだ…)

(いかげん私も答えなきゃ、ずるいよね)


ようやく気持ちは決まった。
もう迷ってなんていられるものか、と。


「ジョーカー、ありがとう。大好きだよ…」


雪は自らもジョーカーの背に手を回した。
そして、ひしと抱きしめた。


―ガチャッ


「「!!??」」

「雪、目が覚めたのね!!…ってお取り込み中だったかしら…?」


突然ドアが開いて2人は息を呑んだ。
ルッスーリアは抱き合う2人を見て微妙な笑みを浮かべた。
どちらからとも知れず慌てて腕を放す。


「ルッスーリア様がいらっしゃったんなら、俺は席を外しますね!」

「あら、気なんて遣わなくていいのよ?」

「ジ、ジョーカー!ありがとう!」

「いえ。では、失礼します。雪様、お大事に」


ジョーカーは慌てて立ち上がると一礼して逃げるように扉から出て行った。
雪に優しく微笑みかけるジョーカーを見てルッスーリアが微笑を浮かべる。


「優しい子じゃない」

「うん」

「ところで、体調はどう?」

「気分はまだそんなによくはないけど、取りあえず大丈夫だよ」


「心配かけてごめんなさい」というとルッスーリアは「いいのよ」と笑ってくれた。
それから急に表情を引き締めた。


「雪、なにか悩み事でもあるの?」

「え?」

「医者が言ってたわよ。貴方が倒れたのは精神状態が不安定で体調が悪くなったからだって。
 なにか、悩んでることでもあるんじゃないの?」


雪は無言で俯いていた。
いえるわけがない。
スクアーロやザンザスとのことを悩んでいたなんて。
それに、もう吹っ切りはついたのだ。


「悩みなんてないから大丈夫だよ」

「…本当に?」

「うん」


笑顔を浮かべてもルッスーリアの表情は冴えない。
むしろ、眉間には皺がよっている。


「スクアーロと…」

「!?」

「スクアーロと貴方、最近話してないわよね?なにかあったの?」


こんな勘が鋭いなんて、ルッスーリアは侮れないなと雪は心の中で呟く。
そういえば、雪自身が自覚するより先に彼女の恋心に気が付いたのもルッスーリアだった。

もう全て諦めようとした矢先だというのに。
口が勝手に開いた。


「あのね。私…」


―ガシャンッ!!


外でものすごく大きな物音がした。
ガラスが割れたような音だ。


「何の音かしら?…ちょっと見てくるわね」


ルッスーリアが眉を顰めて立ち上がった。
そして、扉の向こうに消えていく。


(何が、あったんだろう…)


少しすると外に響く喧騒の音までもが耳に届いた。
雪は耳を澄ました。


「やめなさい!!……!」


(ルッスが止めに入ってるのかな…?)


―ダンッ!!


雪のいる部屋の壁に何かがぶつかるような音がする。
壁越しでも分かるようなほどの振動を与えるところからして、人がぶつかったのだろう。


「ちょっと、それ以上やったら死ぬわよ!?スクアーロ!!」


ルッスーリアの悲鳴に近い声が聞こえて雪は思わずベッドから飛び降りた。
そして、扉を勢いよく開いた。


「!!」

「雪!?」


廊下に広がる情景を見て雪は息を呑んだ。
廊下に佇んでいたのはルッスーリアと数人の隊員たちと、ルッスーリアに腕を押さえられているスクアーロ。
そして、血を流して壁に寄りかかるようにしているジョーカー。
見慣れたはずの光景と大して代わらないはずなのに思わず息を呑んだ。


「ジョーカー!!」


雪はジョーカーの元へと駆け寄る。
割れた窓から冷たい夜風が吹いてくる。


「ジョーカー、ジョーカー…!」

「雪様…」


血まみれのジョーカーが力なく雪に微笑みかけた。
雪は震える手でジョーカーの手を握った。
誰が彼をこんな状態にしたかは一目瞭然だった。
彼女は振り向くと鋭い目つきでスクアーロを見た。


「スクアーロ様!!なんでこんなこと…!!」

「………」

「なんで…!!!」


叫ぶのと同時に疲労と血の臭いにやられてか意識が遠くなる。
ルッスーリアの悲鳴が耳に届いた。



Essere continuato…


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第十四夜終
こんなこと、望んではいなかったのに
 

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