夢見鳥1

□第十三夜
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雪が部屋を出て行くと、ルッスーリアが声を潜めて話し出した。


「ねぇ、スクアーロ。雪って何者なの?」

「あァ!?」


スクアーロが声を荒らげるとルッスーリアは耳を塞いだ。
それから言葉を続ける。


「この間ね。ベルちゃんとボスの部屋に行ったのよ。そしてら突然雪が入ってきて…」

「そういや、そういうことあったかも」

「そうよね。それでね、あの子ってばその後ボスのこと名前で呼んだりすごく親しそうに話してたのよ!
 しかも!しかもよ。あのボスに抱きついてたのよっ」


と、やっと機嫌が直ってきたように見えたベルの顔がまた不機嫌に戻った。
しかし、ルッスーリアは気が付いないようだ。


「あの子、一体何者なのよ?」

「知るか!!」

「私はね、どっかの名家の子だと思うのよ。
 たぶん、どこかのボンゴレの同盟ファミリーのね」

「「名家?」」


ベルとマーモンが同時に声を上げる。
スクアーロだけはただ無言でルッスーリアの言葉を聞いていた。


「ボスと顔見知りみたいだったもの。きっと、昔あったことがあったのね」

「ふーん。それで」

「それだけじゃないのよ。あの子、暗殺者にしては物腰が少し優雅でしょ?
 とてもどこかの町娘にはみえないのよ。自作の薬なんて洒落た戦法を使うものね」

「それだけなら、そうとは限らねぇだろぉ!?」


スクアーロは声を荒らげて言った。
ルッスーリアは「そうかしら?」と首を傾げていた。
マーモンはスクアーロが何故声を荒らげたかが不思議だというように彼を見ていた。


「それよりも、スクアーロ。貴方、雪とはどうなのよ」

「あァ!?」


ベルの片眉がピクリと上がる。
口が先程よりさらに不機嫌そうにゆがんでいる。


「貴方、今まで女の部下なんて1人もいなかったでしょ?
 なのに、雪を幹部に選んだのよ。何か、理由があるんじないの?」


ルッスーリアは目をキラキラとさせながら問いかける。
スクアーロは不気味なのか後ろに身を引いている。


「理由があるんでしょ?」

「ンなもんあるか!!あいつは…」


そう言いかけてスクアーロは語尾を濁した。
しかし、ルッスーリアがその言葉を聞き逃すはずがない。


「あいつは?」

「………」


言葉に困っているスクアーロは殺気を感じて慌てて椅子から立ち上がった。
さっきまで自分がいたところにナイフが突き刺さる。
勿論、そんなことをする人物は一人しかいない。


「う゛お゛ぉい!!なにしやがる!!」

「…雪、手伝ってくる」


ベルはそういって立ち上がった。
ルッスーリアもきょとんとして質問をすっかり忘れてしまったようだ。
ベルはスクアーロとすれ違い様に呟いた。


「王子の所有物に手出したら殺すから」


その殺気のこもった声にさすがのスクアーロも一瞬身震いした。
振り返った時にはもうベルは部屋を出ていた。


「…ベルったらどうしたのかしらね」

「知るか!わけわかんねぇ…」


ベルがナイフを投げた理由。
そして、ずっと不機嫌だった理由。
それはベル自身でさえもきちんとわかっていなかった。
だが、分かっている人間がここに一人。


(…ベルは自分自身の気持ちに気が付いていないんだね)


マーモンは心の中で小さく呟いた。



。*'゚'*。*゚'゚*。*'゚'*。。*'゚'*。*゚'゚*。*'゚'*。。*'゚'*。*゚'゚*。*'゚'*。



「これでレモネードと牛乳と自分用の紅茶は完成っと。あとはコーヒーだけだね」


雪は給湯室でなにかの歌を口ずさみながら残りの飲み物の準備に取り掛かった。
ルッスーリアにこの間教えて貰った『インスタントコーヒー』でも良かったのだが、
なんとなくちゃんとしたコーヒーをつくりたかった。


(美味しく作ったら、スクアーロ様喜んでくれるかな…)


そう考えるとなんだか気持ちが愉快になってきて鼻歌を歌いながら準備に取り掛かった。
すると、後ろでドアが開いた。


「あれ、ベル?どうしたの」

「手伝いに来た」


ベルはただ一言そういった。
雪は不思議に思いながらも「ありがとう」と答えた。
準備の続きをしようとしたら、ベルに肩を掴まれた。
ベルはただ無言で雪を見つめている。


「ベル?」


雪はきょとんとベルを見た。
静寂が部屋を包み込み、時計の音さえも耳に届いた。
そのまま1分ほど時間が過ぎる。


「…ベル?」


ベルが何をしたいのかが雪には全く分からなかった。
ただ、前髪に隠れたベルの瞳が悲しそうに揺らいでいるのが見えて動くことが出来なかった。


―ピーッ、ピューッ


「あ!お湯!!」


やかんが沸騰する音が聞こえて雪はベルから離れた。


「危ない危ない。…?」


(やっぱり、今日のベルなんか変だよ…)


振り返ると、ベルはそのまま動かず立っていた。
そう思いながらもさっさとコーヒーの準備をする。
「スクアーロ様に喜んで貰えますように」と心の中で呟きながら。
用意した飲み物と茶菓子を持って、談話室へと戻る。


「できましたよー」

「雪、ベル、お疲れ様」

「クッキーもおいてあったんで貰ってきました」

「気が利くね」


マーモンが早速1つ食べながら言った。
雪はコーヒーに口をつけるスクアーロをおずおずと見守っている。


「…うまい」

「本当ですか!」

「あぁ」

「ありがとうございます!!」


雪は本当に嬉しそうに笑みを浮かべた。
天にも昇れるくらいの嬉しさがこみ上げてきた。


「あら、本当。美味しいわね」

「レモーネードも美味しいね。だけど、金は請求しないでくれよ」

「マーモンじゃないんだから」


雪は苦笑しながらベルに目を向けた。
彼も牛乳の入ったコップに口をつけている。


「ベル、手伝ってくれてありがとう」

「どーも」


ベルは短くそう答えただけだった。
彼の機嫌はまだ良くないらしい。
そんな時、雪のポケットから何かが落ちた。
それを見て雪は大声を上げる。


「あぁ―――!!!」

「う゛お゛ぉい!!うるせぇ!」

「スクアーロ、君も十分うるさいよ」

「で、雪はどうしたの?」


ルッスーリアの問いかけに雪はポケットから落ちたものを見せながら答える。


「資料室の鍵、かけるの忘れてたんです!」

「それはマズいね」

「もう、なんでスクアーロ様教えてくれなかったんですか!!」

「う゛お゛ぉい!!オレのせいか!?」

「ちょっと行って来ます!」

「気をつけてね」

「途中ですっ転ぶんじゃねぇぞ!」

「転びません!」


そう答えた雪だったがドアを出ようとしたところでもう転びかけている。
上体を起こしながら部屋を出て行く雪をスクアーロが溜息をつきながら見ていた。


「あら?あれ、何かしら?」


雪が部屋を飛び出していってからすぐのこと。
ルッスーリアが何かに気が付いて立ち上がった。
そして、扉の近くで何かを拾うしぐさをする。


「まぁ、雪ったら本当に慌てんぼうね」


彼(彼女?)の手の中にあったのは資料室の鍵。
さっきつまずいたときに雪が落としていったのだろう。


「うわー、ばっかじゃねぇの」

「なんとも雪らしいね」


ベルとマーモンはそういって笑っている。

そんな時、カードをきっていたマーモンの手から1枚のカードが落ちた。
それは、先程まで雪の座っていた席の前にハラリと落ちる。


“joker”


トランプの中でも異質なそのカード。
その不気味なイラストがほくそ笑んでいるように見えた。
トランプのジョーカーといえばそんなものだ。
しかし、それを見た瞬間、スクアーロの背筋に悪寒が走った。
同時に、嫌な胸騒ぎがした。


「チッ」

「スクアーロ、どこに行くの?」

「決まってんだろぉ!あの、馬鹿にこれを渡しにいくんだよ!!」


スクアーロはルッスーリアから鍵を奪い取ると部屋を出た。
自然と足が早足になる。


(なんなんだよ…!)


脳裏にちらつくジョーカーの冷笑と、雪の笑顔。
その2つが重なり、スクアーロを駆り立てた。



。*'゚'*。*゚'゚*。*'゚'*。。*'゚'*。*゚'゚*。*'゚'*。。*'゚'*。*゚'゚*。*'゚'*。



(浮かれててすっかり忘れてた!)


雪は資料室までの廊下を必死に走っていた。
これで、誰かが勝手に入ってなにかあったら大変なことになる。


(急がなくちゃ!)


資料室のある廊下に向かうための角を曲がった時。
慌てていたせいか、またも転びそうになった。
今度は走っていたせいか勢いよくつまずく。


「うわっ!」


床が目の前に迫ったとき、ふっと何かに支えられる感触を覚えた。


(え…?)


腕のようなものが自分を支えてくれている。
誰かが止めてくれたかのように。
自分と同じ隊服が見えてそれがヴァリアーの隊員であることが分かった。


「大丈夫ですか?」

「……!!??」


顔を上げて雪は目を見開いた。
彼女の瞳に映ったのは金の髪と、銀灰色の瞳。
そして、爽やかな青年の笑み。


(この人…!)

「どうかいたしましたか?」


雪は元の体勢に戻ったあとも言葉が出てこなかった。


(嘘…)


青年の姿が、そっくりだったのだ。

彼女が幼き頃に見て、ずっと探してきたその人と。



Essere continuato…


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第十三夜終
新キャラ登場
 

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