空と海と青い春。

□チョコレートはもらえなかったそうです
1ページ/1ページ



さてどうしたものだろうか、と心の中で呟きながら彼女は紅茶を啜る。
職員室で丁度目の前に座る彼は、不機嫌オーラ全開だった。
どうしたのか訊いてください、という無言の圧力に負けて彼女は口を開く。


「どうしたんですか、ファイ先生」


彼は、顔をあげて都子を見た。
それからわざとらしくぷいっと顔をそむけて見せる。


「べっつにー。なんでも無いですー」

「そうですか」


やっぱり面倒くさくなって彼女は自分の仕事に戻る。
そうすれば再び、不機嫌オーラが前方より放出されだした。
いい迷惑である。


「…はぁ。なんで、そんなご機嫌斜めなんですか?」

「なんでだと思う?」

「知りませんよ。そんなこと」

「今日は何日ですか。都子先生」


頬杖をついて、相変わらず不機嫌そうな表情を浮かべながら彼は問いかけてきた。
意味あわからないな、と思いながら都子は机の上のカレンダーに目を落とす。
日付は、2月の18日を示していた。


「2月18日ですけど、それがなにか?」

「2月最大のイベントと言ったら?」

「は?あー…節分ですか?」

「違うよ」


彼は立ち上がると、自分の手帳をバッと都子の前に広げて見せた。


「あら。ファイ先生って意外と出張多くて大変なんですね」

「そこじゃなくてっ」


ここ!とファイはある日付を指さす。
そこには、ピンクの文字でこう印刷されていた。


「バレンタイン…あぁ、そんなイベントもありましたね」


すっかり忘れていたが、そういえば数日前にそんなイベントで学園中が盛り上がっていた。
彼女も何人かの女子生徒にお世話になっているからとお菓子をもらった。
ホワイトデーに返すのを忘れないようにしなければ、とぼんやりと思いだす。


「で。それがなにか?」


そのバレンタインとファイの不機嫌とどういった関係があるのか都子にはいまいち呑み込めなかった。
女子生徒から圧倒的な人気を誇るファイだ。
きっと、たくさんのチョコを貰ったことだろう。
それでは不機嫌になる理由にはならない。
もしや、チョコが多過ぎて困ってるとかそういう話だろうか。
いや、しかしファイは甘いものが嫌いではなかったはず。
だとしたら何なのだろうか。


「オレ、待ってたんですよー」


唇を尖らせながら彼は席に着く。
何を、と首をかしげる彼女にファイは言葉を続ける。


「チョコを」


嗚呼。と彼女は納得する。
つまりは彼は、都子がバレンタインにチョコをくれなかったので不機嫌なようだ。


「私なんかにもらわなくても、ファイ先生は女子生徒からいっぱいもらってるんでしょう?」

「それとこれとは別なんですー」

「あんまりチョコ食べると太りますよ」


ファイ先生はもっと太ったほうがいいと思いますけど、と呟いてから彼女は再び答案用紙に視線を戻す。
ファイはまだむくれている。


「都子先生のチョコ欲しかったなぁー」

「少し残った板チョコならありますけど、いります?」

「バレンタインに都子先生の作ったチョコがほしかったなぁー」


駄々をこねる姿はまるで子供のようで。
都子は小さくため息をついた。


「そんなにおっしゃるなら、来年はお渡しします」

「本当に?」

「はい」

「わーい」


ぱっと彼の表情がいつものよう明るくなった。
単純な人だ、と呆れたそのとき、チャイムが鳴った。


「あ。オレ、次授業だ。じゃあ、都子先生。楽しみにしてるからね」

「来年の話ですよ…」


打って変わってにこやかな表情でスキップまでもしながら彼は職員室を出ていく。
ふぅ、と小さく都子は息をついた。
それから、そっと机の引き出しを開ける。


「渡さなくていいの?」

「ひぃっ!」


後方から突然声をかけられ、思わず悲鳴を上げる。
大きな音を立てて引き出しが閉まる。
危なく指を挟むところだった。


「ちょ、ユゥイ先生…忍者みたいに突然背後に現れないでくださいよ…」

「ごめんごめん」


へらへらと笑う彼は、先ほど職員室を飛び出たファイとそっくりの表情を浮かべていた。
一瞬ファイかと思って都子もドキッとしたが、違うとわかって安心した。


「で。渡さなくていいの、それ?」

「…………」

「美味しかったよ?」


都子はそっと引き出しを開け直す。
そこに入っているのは、ラッピングされたチョコケーキ。
丁度4日前から彼女の引き出しの中に隠されている。


「もう随分日も経ちますし、お腹壊されちゃ困ります」

「ちゃんと当日に渡せばよかったのに」

「…タイミング逃しちゃったんだから、仕方ないじゃないですか」


14日、彼女だって本当はちゃんと用意していたのだ。
ファイの分、そしてユゥイや黒鋼の分も。
ただし、ファイだけには渡せなかった。
どうにもこうにもタイミングが合わなかったのだ。
あの日彼は、たくさんの女子生徒に囲まれていた。
職員室でもほとんど会えなかった。


「いっぱいもらってたみたいですし、いいんですよ…」

「自分に言い訳なんて、都子先生らしくない」


そんなこと言われても、もうどうしようもないのだ。
そんな彼女の心情を察してか、ユゥイはポンポンと彼女の頭を優しく叩いてくれた。


「来年はちゃんと渡せるといいね」

「…はい」


引き出しからチョコケーキをとりだす。
食べてみたら、なんだか切ない味がした気がした。




*あとがき*
「もし、都子先生がファイ先生に恋しているなら…」なifの話。
もしかしたらのちのち、連載本編に組み込まれることもあるかもしれません。
でも現時点ではif。
ファイ落ちかユゥイ落ちかとか、そもそも落ちなってあるのか未定ですので。

タイミング逃したりして、渡しそびれちゃったチョコ。
どうしたらいいか困りますよね。
私の場合、それは弟の腹の中へと消えていきます。
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ