*想い想われ想えども

□十四話
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【十四話】


ゆっくりゆっくりと時間が流れる。
4本目の田楽豆腐を食べ終えたところで手が止まる。
やっぱり、10本は頼みすぎた。
いつもは4本半しか食べないのに10本は欲張りすぎたな。
見ると兵助の手も止まっていた。
彼のお皿には5本残ってる。
兵助と目が合う。


「10本は頼みすぎた」

「私も」

「いつもは、俺が5本、ゆめが4本」

「最後の1本は半分こしたよね」

「そう。ゆめが5本は食べられないけど4本じゃ嫌だって言うから」

「違うよ。兵助が6本食べられないけど5本じゃもの足りないって言ってたんだよ」


思わず笑みが浮かんだ。
兵助の顔にも笑顔が浮かんでいて、嬉しかった。
まるであの頃に戻ったみたいで。

きゅっと胸が切なくなる。
そんな私の顔をみたからか、兵助の表情も翳ってしまった。
視線を逸らせ、兵助はぽつりと呟いた。


「…近いと、見えないんだよな」

「……老眼?」

「違うよ」


このタイミングで上手いボケかまさないでくれよ、と彼は苦笑いしていた。
それから今にも泣き出しそうな、悲しそうな表情で笑う。


「近くにあるほど見えなくて、離れるとやっと見えてくる」

「なんの話?」

「気持ちの話」


兵助は6本目の田楽豆腐に手をつけた。
ちょっと迷ってから彼はそれを食べだした。
まるで、そうすることで落ち着こうとするかのように。


「大きくなりすぎて、ゆめへの気持ちが見えなくなってたんだ。離れて、やっと本当の気持ちが見えた」


空を見ながら、彼は呟いた。


「俺は、ゆめが好きだ」


風が吹き抜ける。
耳を疑った。
今、兵助は何て言った?


「好きな気持ちが無くなったんじゃない。大きすぎて見えなくなってたんだ。
 離れて、やっとそれが見えた」


言葉は何も出てこない。
だって、兵助の言葉が信じられなくて呆然とするしかないんだ。


「離れないと、見えなくなってた。それくらい気持ちが大きくなってた…」


ぎゅっと握られる拳。
なにかを掴むように。
でも、開いたその手の中には何もなくて。
それを見ると、彼の顔は切な気なものになった。


「馬鹿だなって思うよ。我ながらさ」


そう言って笑った兵助は、今にも泣き出しそうだった。
彼の顔を見ると、私も泣き出しそうだった。
言葉を紡ぎたいのに声が出ない。
溢れる気持ちが、上手く形にならない。


「…気持ちの悪いこと言ってごめんな。よりを戻したいとか未練がましいことが言いたかったわけじゃないんだ。
 ただ、俺の気持ちをちゃんと伝えたかっただけだよ」


ごめんな、ともう一度繰り返して彼は立ち上がる。
余った豆腐、よかったら食べてもいいからと言い残して去ろうとする。


――だめ。

―――行かないで。


「兵助っ!」


彼は歩みを止めて振り返る。


「好きじゃ、ない」


苦しい気持ちと一緒に言葉を吐き出す。


「今はもう、兵助のことは、好きでも愛してるんでもない」


哀しげに歪む顔。
その口から紡がれようとする言葉を遮るように叫んだ。


「言葉では、言い表せないくらい想ってるんだ…!!」


好きでもない。
愛してるんでもない。


「どうにもならないくらい、想ってるんだ」


ただただ、想ってるんだ。
宛のない気持ちを、持ち続けてるんだ。


「私はただ…」


言葉には出来ない。
表す言葉はない。
ひたすらに求めていて。
泣きたいくらい、狂いそうなくらい――想ってるんだ。


「ただ…ただ…!!」


言葉は、遮られた。
暖かい温もりが伝わる。


「兵…助……」

「俺もだよ。俺も同じだ」


優しい声。
暖かい温もり。


「傍にいさせてくれないか」


はらはらと、涙が零れる。
止まることなく、流れていく。


「…兵、助……私…」

「もう一回、やり直そう」


十五話

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