*想い想われ想えども

□六話
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【六話】


「うーん…」

「ねぇ、ゆめ。まだ?」


私は今、大変困った状況に立たされている。
この間の四年くの一に囲まれた時なりに困った状況だ。


「早くしてよ」

「あたし達、先に行くよー?」

「待って。もうちょっとで決めるから」


大きな溜め息が2つ、後方で聞こえた。
彼女達には悪いとは思ってる。
でも、これはそう簡単な問題ではないのだ。


「全く…たかが夕飯の定食の選択でなにそんなに迷ってんのよ」

「たかがじゃない!大事なことだよ!!」


振り返って声を荒らげれば二人はまた溜め息をついた。
私はまた壁に張られた品書きを凝視する。


「今日、そんな迷うようなメニューだっけ?」

「A定食がハンバーグ。B定食が焼き魚。どっちも月に2回くらいは出るじゃん」

「今日のハンバーグはただのハンバーグじゃない。豆腐ハンバーグなんだよ」


滅多に出ないハンバーグ定食。
私のお気に入りメニューの一つだ。


「じゃあA定食にすればいいじゃない」

「でも、A定食にはないんだよ」

「なにが」

「付け合わせの冷奴が」


そう。それこそが問題なのだ。
A定食を頼むと冷奴が食べられない。
しかしB定食を頼むと豆腐ハンバーグが食べられない。
この場合、出現頻度の低いハンバーグを優先したいところだ。
だが正直、豆腐ハンバーグを食べても豆腐を食べた気にならない。
ここ数日食堂で豆腐が出てなかったので私としては今、猛烈に豆腐が食べたい。
そして今日これだけ豆腐が出るということは暫くはまた豆腐は出ない。
そう考えると冷奴のつくB定食を頼むべきだろう。
でもやっぱり豆腐ハンバーグは捨てがたいものであって…。


「あぁ…どうしよう」

「全く、あんたって子は…」

「はぁ…。わかった。あたしのB定食の冷奴あげる。だからあんたはA定食を頼みな」

「いいの!?」

「ここでこれ以上待たされるよりずっといい」


友人に心からの礼を述べ、おばちゃんにA定食を頼む。
すぐに定食が出てきた。
私達はそれを手に、席につく。
「やっと座れたよ」と文句を呟きながら友人は冷奴を私にくれた。
私は替わりにA定食の付け合わせの煮物の小鉢を渡す。
これで問題は解決した。
持つべきものは親切な友人だ。


「…あぁ、美味しい」


ハンバーグも冷奴もほんとに美味しい。
これならいくらでも箸が進む。


「あんた、ほんと豆腐好きよね」


友人の一人が呆れたように私を見ていた。
「美味しいじゃん」と言うと「そうだけどさ…」とまた呆れられた。
彼女がなにか言いかけた時、食堂の入り口付近から声が聞こえた。


「おい、兵助。早くしろよ」


“兵助”という単語が聞こえた時、思わず箸が止まった。
友人たちもそれに気がついたようで口を閉ざす。


「早くしろよ」

「先行くぞ」

「今、決める」

「たかが夕飯の定食の選択で迷うなよ。雷蔵みたいだぞ」

「たかが!?大事なことだろ!!」

「ハンバーグと焼き魚。どっちも珍しくはないよね?」

「今日のハンバーグは豆腐ハンバーグなんだよ」

「また豆腐…」

「でも、A定食には冷奴がない。俺はどうすればいいんだ!?」

「もう置いていこう」

「なぁ、八左ヱ門!B定食なんだよな。冷奴と煮物を交換してくれないか!?」


「…誰かさんと同じね」

「………」


私はただ俯いていることしか出来なかった。
俯いてただ黙々と箸を進める。
美味しいはずの夕飯の味がいまいちわからなくなっていた。


「普通、嫌いになってもおかしくないけどね」

「自然と思い出すものだものね」

「…なにが言いたいの」

「豆腐と」

「豆腐中毒な彼とあんたの話」


そっと指差された先は見なくてもわかる。
そこには、彼がいる。

「ねぇ、ゆめ。あんた、まだ彼のこと好きなんじゃないの?」


七話

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